75、取り引き
前衛の攻撃が通り易くなるよう宙を動く。
魔物の視線を誘導しながらセイジが宙を移動すると、前衛の攻撃がまた当たる様になってきた。時折尻尾が全体を攻撃するも、皆空中から攻撃しているので、一気に全員が攻撃されるということはなくなった。
魔物の鱗がボロボロになり、動きも精彩を欠いているのが目に見える。
そろそろ終わりだ、というところで、リザがまたしても口から光球を吐き出し、それが眉間に炸裂した。
その光球が止めとなり、ボス魔物はついに地面に伏し、尻尾から光となって宙に消えていった。
リザが鼻息荒くエリモの元に飛んでいく。
『ケガレモノ、タオシタ』
リザがエリモにぐいぐい頭を押し付けるのを見ながら、地に足を下ろす。
陽炎とヴィデロが魔物のいたところに屈むのを窺いながら、セイジも足を進めた。
陽炎が掲げたオーブは、白いオーブだった。
「ああ、光属性か。結構苦戦したからちょっと期待したんだけどな」
でも、まあそうだろうな、とセイジは苦笑する。
「残念だったな、セイジ」
「いいさ、まだ時間はある。気長に行くさ」
「また何かあれば声をかけてくれよ」
「何もなくてもお前らのことは忘れねえよ。特にリザ」
セイジに名指しされたリザは、自分のことだとわかったらしく、円らな瞳をセイジに向けた。
内包された魔力の多さにセイジは目をすがめた。
マックから渡された薬の効能は今だ切れておらず、セイジの目には、リザがとてつもなく眩しく映る。
貰ったアイテムの名称は『神経研磨薬』。もともと特殊能力をその目に有していたセイジには、リザの内包魔力までしっかりと見えていた。
魔力の光がリザの身体を大きく映し、セイジの目にはリザが羽の生えた光のドラゴンに見えていた。
「どんな風に成長するのかすげえ気になる。この間一緒にダンジョンに入った『ディー』とか言う聖獣もなかなかに強かったしな。回復魔法とか攻撃魔法とかガンガン使いまくるくせに、爪の威力も半端ねえんだ。なかなか面白かった」
それと『ノワール』も、とセイジはここ最近一緒にダンジョンに入った聖獣たちを思い出していた。ノワールとディーは、落ち着いた雰囲気を持ち、すでに成体であることをうかがわせるが、このリザはまだまだこれからという感じだった。きっと成体になるとこの光の様になるんだろうと思わせるその魔力が頼もしい。たどたどしい言葉もまた、まだまだ幼体だということをうかがわせる。
皆がオーブ内の魔法を覚えても、オーブはまだ消えなかった。見守っていると、リザもぺたりとオーブに触れる。すると、今度こそキラキラとオーブは消えていった。
リザは首を傾げ、数度瞬きすると、口を開けた。そこに光が収束する。
リザが光を吐き出すと、その光はパッと宙で弾け、光の粒子となった。その粒子はまるで己の意志を持つかのように流れ、集まり、霧散していく。セイジの目には、光の粒子一つ一つがまるでナイフの様に見えた。なかなかに強力な魔法のようだった。
覚えられないもどかしさと、諦め。それでもこの目じゃないとサラの元に辿り着くことは出来ないジレンマ。
あと一つ。
アルは未だ自らを磨き、更に腕を上げている。
エミリは魔法を使えなかった刻を取り戻すかのように、練度を上げている。
前を走っていく二人に、まるで追い付けていない自分。それを辛いと音を上げるのは許されない。自身が選んだ道だから。
時折上げる心の悲鳴は、2人の背中を追うのではなく、並んで彼女を迎えに行きたいと願う悲鳴。
もう一つ。もう少し。
想いを振り切るようにゆっくりと瞬きしたセイジは、顔を上げて皆を見回した。
「んじゃ戻るか。手伝ってくれてサンキュな。ヴィデロにクラッシュも」
報酬がねえのが辛いところだ、と苦笑したセイジの腕を、クラッシュが掴んだ。
さっきまでの笑顔とは対照的に、どこか思いつめたような顔をしていた。
「セイジさん」
「どうした。何かあったのか? あんまり嬉しそうじゃねえなクラッシュ」
声をかけると、更に腕を握る手に力がこもる。
クラッシュはセイジの瞳を見て、口を開けては閉じ、ふう、と息を吐いてから、「渡さないといけないものがあるんです」と言葉を発した。
「渡さないといけないもの? 俺に?」
心当たりのないセイジが首を傾げると、クラッシュはしっかりと頷いた。
腰のカバンに手を入れて、何かを取り出す。そして、それを目の前に差し出した。
それは、どう見ても、クリアオーブだった。
「クラッシュ……それはどこで」
絞り出すようにして疑問をぶつけると、クラッシュは躊躇いながらも口を開いた。
「目の前に、飛んできました。王宮で保管していた魔大陸の遺物だそうです。先見の魔術師が王宮内の遺物を必要な人に必要な物が渡る様にと魔法を唱えて、俺の所にはそれが。母さんもアルさんも、何かを手に入れていました」
「エミリとアルも……」
魔大陸の遺物……と口に出し、セイジはハッと顔を上げた。
いつの間にやらカバンの中に入っていた古書、そして、いつの間にか手の中に出現していた結晶のアクセサリー。
魔大陸の遺物、と聞いて納得した。
この国ではありえない古代魔道語の古書。そしてその仕掛けが、魔大陸で製作された物だったのなら、納得できる。
魔大陸がまだ人の住める時代に使っていたのは、古代魔道語だったはずだから。
「なるほどな。ようやく納得がいった」
だったら、クラッシュの元にクリアオーブが行ったことには意味があるということだ。自分の元にではなく、クラッシュの元に行った意味が。
自分の元に来た結晶も、きっと意味がある。クリアオーブと似たような性質を持つその結晶は、すでにかなりの魔力が溜まっている。
「このオーブ、ずっと渡そうか悩んでいて」
「クラッシュの所に飛んでったってことは、クラッシュが持ってることに意味があるってことだろ」
「そうですね。それなんですよ。だから、これはきっと取引するべきものだと思って」
キッと顔を上げたクラッシュは、取引? と怪訝な顔をするセイジに、いい笑顔を向けた。
「これを渡す代わりに、俺を、セイジさんたちが行こうとしている場所に連れて行ってください!」
「……っ」
クラッシュの申し出に、セイジは目を見開いた。
背後でヴィデロとマックが「クラッシュ!」と咎める声がする。マックはセイジが魔大陸に行こうとしていることを知っている。ということは、情報源は。
セイジが二人に視線を向けると、二人は顔を青くして愕然としていた。どうやら、違うらしい。
それでも、例えセイジたちが何をしようとしているのか知ったとしても、あんな場所にクラッシュを連れていくことは出来ない。
「ダメだ」
「ダメだって言われたら、このオーブは渡せません」
強気な発言に、なるほど取引か、とセイジの口角が上がる。流石トレの雑貨屋を継いでいるだけはある、とこんな場面でも笑いたくなった。
「でもダメだ。あそこは連れて行けねえ。ってかその情報、どこから手に入れたんだよ……」
「ヴィルと一緒に色々歩いていると、今まで知らなかったことがかなり見えてくるんですよ。あいつ、ピンポイントでそういうのにぶち当たるんで。だから、セイジさんたちが何をしようとしているのかも、わかってます。だから、俺も、今度こそついていこうと思って。前は幼すぎたので」
誰一人会話しない中のクラッシュの言葉は、ダンジョン内によく響いた。
セイジは盛大に溜め息を吐くと、もう一度首を横に振った。
「ダメだ。それだったらそのオーブは受け取らねえ。俺がまた異邦人たちに手伝ってもらって自分で取って来るだけだ」
「でも! 俺、母さん並の魔力になったんですよね!? だったら、俺だって行けるんじゃないですか!」
「専用魔道具で調べねえと何とも言えねえ」
何せあの魔素は、ただ立っているだけで身体を圧迫するほどの高濃度であり、その高濃度の魔素が全て毒を纏っているようなものだから。
行ったことのある者だけがわかるあの状態は、とても「じゃあ行くか」なんて気軽に誘えるものじゃなかった。
セイジは溜め息を吐くと、その魔道具でもし魔力を測ることが出来て、規定値に達していたら連れていく、と肩を竦めた。
王宮の魔道具など、そう簡単に使えることはないし、あの王がそんな簡単に『平和になったこの世の中』であんなものを貸し出すはずがないから、と。




