74 、厄介なボス魔物
ボス魔物がいるフロアには、大きな蛇の魔物が陣取っていた。
セイジは思わず半眼になり、魔物を見上げる。
「また蛇かよ……」
幸いにも、その呟きは誰にも拾われることなく、全員が戦闘態勢に入った。
フロアがそれほど大きくないのか、魔物が大きすぎるのか、とても周りが狭く圧迫感を感じる。これでは魔物もあまり身動き取れないんじゃないかとふと思うが、油断は禁物、とセイジは気持ちを入れ替えた。
巨大な蛇の魔物の身体には、オレンジ色の模様が刻まれていて、魔物がどこにいるのかわからないなんてことはないようだった。
「逃げ場がねえな」
陽炎の呟きに、皆が一斉に頷く。
狭いフロアで巨大な個体の時は、大抵部屋の隅まで魔物の攻撃が届く。今回がまさにそれだった。
「でもここまで来て逃げまどう人なんていないだろ」
『リターンズ』の魔法使いが笑いながら、杖を構えて詠唱に入る。
前衛組はすぐさま剣を構え、攻撃できる隙を見ている。
セイジはいつものように後ろに陣取って、サポートに回った。
ヴィデロと陽炎が攻撃を開始する。クラッシュは魔法を詠唱し、剣に魔力を纏わせている。
セイジは弱体化の魔法陣魔法を描いて魔物に飛ばすが、オレンジに光る模様がひときわ輝き、魔法を打ち消した。
魔法防御は高いらしい。
魔法使いが大きな雷を落としても、模様が光り、魔法が打ち消されていた。
その間にも、前衛が剣で応戦する。
魔物は剣をかいくぐり、前衛を巻き込むかのように動き出した。
ヴィデロは間一髪後ろに下がるが、先に軌道を塞がれたエリモはまんまと魔物に身体を拘束されてしまった。
「エリモ!」
「やべえ、逃げらんねえ……!」
手に持った剣を鱗に刺しても、魔物は意に介さずエリモをギリギリと締め付ける。その間周りに攻撃を与えられるが、致命傷は全くなく、物理防御力も高いということを伺わせた。
苦しそうに呻くエリモに、マックがすかさず回復の聖魔法を飛ばしていく。
どれだけ剣で切られようとエリモを放そうとしない魔物に舌打ちしていると、魔物の身体を伝っていく白い生き物が目についた。
リザは魔物の身体を素早く駆け上がり、蛇の眉間に立つと、口から魔法の球を吐き出した。
超近距離魔法は、魔物の眉間に被弾した。途端に魔物が咆哮を上げてのたうつ。
エリモを掴む胴体も力が緩み、ようやくエリモが魔物の拘束から逃れることが出来た。
「うああ危なかった。もうすぐでHPなくなるところだったぜ……リザ、サンキュ」
ゼーゼーと息を乱しながら、エリモが魔物から離れる。
「ああ、なるほど。弱点は額にある模様か」
クラッシュの言葉に、その言葉が聞こえた全員が注目した。
周りの視線など意に介さず、クラッシュが眉間だけを注視する。
「どうやってあそこを攻撃すればいいんだ」
咆哮と同時にリザを振り落とした魔物は、苦しいせいか頭を引っ切り無しに動かしている。
魔法で狙うには少しばかり難しかった。どうするかな、とセイジが考えていると、クラッシュが魔法陣を描き始めた。その内容に目を瞠る。
魔法陣を描き終えたクラッシュの身体が、宙に浮いた。
なるほどな、と思わず口笛を吹く。やってみる価値がある、とセイジは嬉々として、クラッシュの描いた魔法陣に少しだけ手を加えて皆に魔法陣を飛ばした。
皆の身体も、クラッシュの様に浮く。
皆の口から歓声が上がり、それぞれが魔物に攻撃を開始した。
フロアがそこまで大きくないのが幸いし、壁を蹴ることによって高速での方向転換や勢いをつけての攻撃が可能になったボス戦は、ぐいぐいと魔物の体力を減らしていった。
「沈めえ!」
クラッシュの放った魔法剣が見事に魔物の眉間にヒットし、魔物が苦し気に咆哮を上げる。
「よっしゃ、HP赤になった! もう一本!」
陽炎がぐっと拳を握り、剣を構え直す。次の瞬間身体が重くなり、次々皆が落下していく。魔法陣の効果が咆哮によってかき消されたらしい。
セイジは舌打ちし、もう一度魔法陣を描こうとすると、すぐ隣でしりもちをついたマックの様子がおかしいことに気付いた。
落ちてきたリザを受け止めた体勢のまま、微動だにしなくなったのだ。
『ココ! ウゴカナイ!』
リザの声で、セイジはハッと魔物を見上げ、またマックに視線を移す。
「石化かよ! 厄介だな!」
慌てて石化解除の魔法陣を飛ばすと、フッと身体の力を抜いたマックがきょろきょろとし始めた。動き始めたことで石化が解かれたのはわかったけれど、どう対処するかセイジは頭を悩ませた。
「今のって石化だったんですか?」
「ああ。身体が硬くなることを総合して石化って呼ぶんだよ。って、陽炎もか」
セイジが魔法を飛ばすと、陽炎も今何が起きたのかわからないような表情になった。
石化の状態異常を使う魔物は、大抵視線が合うと状態異常を引き起こす。魔物を見ずに攻撃となると、今まで以上に苦戦するのは目に見えていた。
「目を見るなよ」
セイジは、そう忠告すると、次々石化する者たちの解除をするために前線に向かった。
後ろから飛んでくる魔法は、命中率がぐっと下がった。当たり前だ。魔法は視線が向いている方向に飛ぶからだ。視線で狙い定めて初めて、命中率が上がるのは、魔法でも弓でも同じだった。
前衛も、魔物が首を回すたびに不自然に顔を逸らすため、隙が生じている。魔物がそれを逃すはずもなく、反撃を始めた。
魔物は自分が見られているとわかるのか、的確に視線を向ける者を石化し始めた。これで、魔物の体力を削る難易度はいきなり高くなった。
石化自体は動きが止まるだけの単純なものなので、魔法陣でもキュアポーションでも解除できるが、声も出なくなるので自分で解くことも石化したことを伝えることも出来ないのが痛い。
セイジは、これは全体を見回すやつが石化したら終わりだな、と溜め息を呑み込んだ。
手がないまま皆の石化を解いていると、後ろで「あ!」というマックの声がした。
振り返ると、マックが何かを手に持っている。それを、セイジに差し出した。
サッとセイジが鑑定を使うが、見たこともないアイテムだった。
「セイジさん、何も言わず、これを飲んでください」
「なんだこれ」
「俺作アイテムです。例の」
蘇生薬を作ることが出来る薬師の、いや、錬金釜を扱うことが出来る錬金術師の新薬らしい。すでに自身で飲んで、効果を確かめているようだ。すごいです、と興奮気味だった。
何が凄いんだ、と期待半分面白さ半分で出されたアイテムを飲むと、ふわっと目の前が眩しく光った。
そこから目に入るのは、光のライン。
魔物の目からすべての者に光の線が繋がっていた。
その線を追って魔物に視線を向けると、ラインがひときわ眩しくなる。すると、魔物の頭がそのラインに向かう。
「なるほどな。こりゃあいい!」
セイジは呟くと、魔法陣を描いた。
あのラインのつながりを断つと、きっと石化されることなく攻撃に転じることが出来るんじゃないか、と遮断の魔法陣を飛ばす。
魔物の目の前で固定された魔法陣が、しっかりとラインを遮断した。魔物は何が起きたのかわからないのか、いきなり途切れた気配に苛立ち咆哮を上げた。
「お前ら今だ! 今なら目を向けても攻撃されねえから!」
やっちまえよ! と前衛に発破をかけると、セイジは身体を宙に移動した。
固定された魔法陣から外れる様に動き、魔物の注意を引く。
ラインが復活すると、魔物がセイジの方を向いた。
魔物の意識をひきつけ、前衛へ視線が向かうのを阻止していく。石化のリスクはあれど、思い通りに視線を動かす魔物に、セイジの口角が上がった。




