70、姿のないBOSS
ドウランが何も見えない宙に爪を立てる。
確かな手ごたえがあるのに、目には何も映らないという違和感の中、皆がてんでバラバラにおかしなところを攻撃する。
手ごたえを感じるところ、全くの空振りに終わるところを報告し、大体の魔物の位置を特定する。しかし、魔物も動いているせいか、精度は低い。
「なんとかならないのかな……! 姿が見えないと魔法の照準も合わせられないよ……! もし魔法が貫通したり、反射したりしたらやだし!」
LLの叫びに、トレジャーがハッと動きを止める。
「確か……先週の光化学の講義でこんな感じのを詳しく習ったような……光の屈折率がどうのとかだから見えなくするとかどうとか、光の電磁波を制御するとかどうとか」
「戦闘機のステルス性能とかそっち方面な技術?」
「どうなんだろ。あんまりまともに聞いてなかったんだよ」
「じゃあ意味ねえじゃん! うわ!」
フジが宙を飛ぶ。一人で勝手に飛んでいったように見えて、魔物の恐ろしさを再確認した。
「ってことはだ。光の屈折率を変化させれば見えるのか?」
「わかんねえ! 真面目に講義きいときゃよかった! そんなん役立つのかよなんて思ってたけど!」
「わかった、トレジャーの知識が役立たずだってことはわかった」
「じゃあ雷魔法とか? 電磁波ってくらいだし」
「僕雷魔法打てないんだけど! 覚えてないんだけど! 屈折がどうのっていうのなら、屈折率が変わる水の中なんてどうかな!」
異邦人たちが自分たちにはない知識を披露しているのを聞いて、セイジは溜め息と共に雷魔法の魔法陣を描いた。まだまだ世の中わからないことだらけで嫌になる、と思いながら。
特大の雷は、見えない何かに直撃した、らしい。
バチバチと激しい音を立てた電気の流れが、おかしな具合で何かを伝って下に伝わっていく。その伝わった場所が焦げて、黒い線となる。
雷による火傷の痕で、ようやく魔物の大きさ、及び位置が把握できた。
「うっわ、すげえデカい蛇……」
ボス魔物は、皆のすぐ前におり、とぐろを巻いてなお森の木の高さほどの身体があり、そこから皆を見下ろしていた。先程フジを攻撃したのは、尻尾だったようだ。
『ゴオオオオォォォォォ!』
魔物が咆哮する。
赤い目が光った瞬間全身から光が発せられ、傷口以外は全てまた見えなくなる。
「これだけ火傷痕があると、スイカみたいだな」
とぐろを巻いた身体に黒い縦縞で、確かに金狼が呟いた状態になっていた。
皆、場所が分かったので今度こそ真剣に攻撃を開始した。
HPバーが一本なくなるごとに、魔物は咆哮を上げ、回復魔法を唱え、完璧に姿を隠してしまう。
HPバーが黄色になると、今度は長い身体を使って、透明なまま木に囲まれた広い部屋を縦横無人に移動開始し、ますます攻撃がしづらくなった。LLの光魔法により、辛うじて異邦人はマップで魔物の位置が把握できるけれど、頼みの綱はそれだけというかなり厳しい状況を、セイジたちは強いられた。
「くそ、ほんと厄介だな」
セイジの放つ魔法陣魔法は、高確率で跳ね返されてしまう。それはドウランの魔法陣魔法もLLの魔法も同じだった。魔法防御に優れているうえ、身体全体が魔法を跳ね返す状態に強化されているようだった。
「それにしても、『乱反射』でも姿が見えないなんて、反則級だよね」
「尻尾と噛みつき攻撃と薙ぎ払いと魔法攻撃しか攻撃方法がないのが救いか」
「それ全然救いじゃないから」
こんな憎まれ口をたたく余裕があるのは、音が消えていないからだった。魔物が地面を移動するザザザザ、という音だけは、消すことが出来ないらしい。その音を頼りに、皆が間一髪で致命傷を避けていた。
それでも、皆何度も薙ぎ払われ、大きな牙に掠られ、防具はボロボロに近い。
そんな状態でも、未だに致命傷は与えることが出来ていない。
HPバーは残り一本半。先は長い、と思われた。
そんな中、LLの魔法が跳ね返され、地面に大きな穴が開いた。
「この世の熱という熱を統べる炎の聖霊よ、あまねく万物のすべてを呑み込み、己が身体で溶かし尽くせ! 溶岩地獄!」
やけくそで放った大魔法が発動し、周りから溶岩が吹き出す。
「わ、バカ! 攻撃しづらくなるだろ!」
「これじゃ近付けねえじゃん!」
前衛仲間からブーイングを受けて、LLが「だって全然HP減らないんだもん!」と言い返していると、いきなり『ゴオオオァァァァ!』という咆哮がフロアに響いた。
皆がハッと声のした方向に目を向けると、地面に開いた大穴の中で、魔物が黒く燃えているのが、皆の目に映った。
流れた溶岩が、魔物が身を隠していた大穴に流れ込み、ダメージを受けているらしい。
「直接魔法じゃなければ効くのか」
皮膚を黒く焦がし、所々溶けながら溶岩から抜け出した魔物は、満身創痍状態でまたも悲鳴のような咆哮を上げた。
溶岩に触れたところが炭化した魔物は、もう目に映らないということはなかった。
二次災害を防ぐために溶岩を水魔法で固めた一同は、一斉に魔物に剣を向けた。
キラキラと魔物が宙に消えていくのを目の当たりにすると、セイジとドウランを含めた全員が盛大に息を吐いた。
溶岩が固まり黒くなった地面の上にしゃがみ込む『獣同盟』の横を通り過ぎ、セイジは魔物がいた場所に足を進めた。
「あ、どうだった、オーブ。当たり? 外れ?」
ヘタっているLLが、セイジに声をかける。セイジは身を屈めると、顔を上げて笑みを浮かべた。
「俺にとっての『当たり』で、お前らにとっての『外れ』だな」
そう言うと、透明なオーブを掲げた。
トレの雑貨屋、クラッシュの店に入ったセイジは、ボロボロの装備に心配そうな眼差しを向けるクラッシュに「お土産」と言って魔物素材をごっそり渡した。
そして、わけもなくクラッシュの癖のある髪を手でわしわしと掻き混ぜる。
「今回は蛇しか出てこなかったから、素材が偏ってるけど、まあ、なんかの足しにしてくれ」
「だから、そういうのはセイジさんが自分のために使ってくださいって。俺だって結構稼いでいるんですよ」
「最近店を閉める時間が早いらしいじゃねえか」
「仕入れたものが売り切れるからです。客が来ないから閉めるわけじゃないから大丈夫ですよ。経費の節約しているだけですから」
「そういや、最近店を閉めてから色んなもんに手を出してるってのはエミリから聞いてたけど。若いうちに色々楽しむのはいいことだから、たまには遊べよ」
「それはそっくりそのままセイジさんに返したいですけど。……やけに上機嫌ですね」
にこやかに話すセイジに、クラッシュが伺うような視線を向けると、セイジはスッと視線を落とした。
目を細めて、一瞬だけ何かを考えるような表情になったセイジは、次の瞬間にはいつもの顔に戻った。
「6個目のクリアオーブが手に入ったんだ。あと一つ。あと一つで、俺は」
ぐ、と手を握りしめるセイジの後ろで、クラッシュが目を見開く。
何かを言いたげに口を開き、一度閉じる。そして、クラッシュは笑顔を浮かべた。
「おめでとうございます。でもあんまり無茶はダメですよ」
いつもの口調でそう言いながら魔物素材を抱えたクラッシュは、「お金に換えてきますね」とセイジに背を向けた。
振り返った瞬間思いつめたような表情になったクラッシュに、セイジは気付くことが出来なかった。




