7、サイレントゴーレム
一方、セイジの腕に掴まった瞬間、周りの景色が変わったことに、二人は気付いた。
砂漠にいたはずが、ダンジョンの中に立っていた。
「え……転移魔法なんて、聞いたことないよ……?」
先ほど男からニーナちゃんと呼ばれたエルフの女が、あたりをきょろきょろ見回しながら、困惑の表情を浮かべている。
もう一人の人族の女も同様だった。
セイジは、説明する前に連れてきてしまったことを少しだけ悪いと思いながら「あ~……」と歯切れの悪い言葉を発した。
「了承する前に連れてきちまって悪いな」
改めて謝ると、目の前の二人は慌てて首を振った。
「いいの、あなたの腕に掴まったのは、自分の意思だから」
「ところで、君は本当に噂のダンジョンサーチャーなの?」
噂の、というところにちょっと引っかかるものがあるセイジだったが、溜め息を吐きつつ肯定した。
「改めて、俺はセイジって言うしがないダンジョンサーチャーだ。どんな噂か知らねえがな」
「私はニーナ。エルフ族で始めた魔導士です」
「あたしは瑠璃。狩人なんだけど、一応剣スキルも伸ばしてる」
改めて自己紹介をすると、セイジは素直そうな二人に、上の二人を置いてきて正解だったな、と内心喜んだ。
「実はこのダンジョンの奥のボスを倒すのを手伝ってほしいんだ。もちろん無理そうならそう言って欲しい。しっかりと防御の膜を張っておくから。ただし、その膜を張ったらもちろん魔物から貰えるものも貰えなくなるし、強くなることも出来ない。実際に二人にはこのダンジョンは少し難しいんだ。どうする?」
「もちろん、一緒に戦うにきまってるじゃない。ね、瑠璃」
「レベル上がるんでしょ? もちろん、頑張る」
セイジの問いかけに二人はノリノリで答えた。
その答えに笑顔を見せたセイジは、よかったと呟いた。
そして、「じゃあ」と指を一本立てた。
「まずはこのサイレントゴーレムを一緒にぶち壊すとするか!」
そういうなり、指から魔法陣がボワンと現れて、二人の間をヒュンと通過する。次の瞬間、地響きと破壊音が真後ろから聞こえ、次いで爆風が来た。
「きゃあ!」
爆風に押される形になって、瑠璃がセイジの方に押し出される。
「おらおら、まだまだいるぜえ? 休んでる暇はねえよ」
「ちょ、先に言ってよ!」
楽しそうに指から魔法を次々飛ばすセイジに文句を言いつつ、すぐさま瑠璃が矢を番える。
ニーナは金属の杖を構えなおし、あたりに視線を巡らせた。
「森羅万象あらゆる事象をこの目に表せ! サーチ!」
ニーナが杖を構えたまま、詠唱をする。
すると、今迄闇にしか見えていなかったところが光り、姿を変えた。
暗闇が、形をとっていく。音もなく、しかし自身の重量のある体を重そうに動かしている。
「うわあ、結構いたなあ」
「ナニコレ、闇に潜んでて気配もないゴーレムとか、おかしくない?!」
目視が出来た瞬間弦?を弾き矢を射た瑠璃は、ダメージを与えることすら出来ない自分の攻撃に愕然とした。
「遍く火の聖霊よ、塊りて解き放たれよ! ファイアロック!」
杖から炎の塊がサイレントゴーレムに向かって飛んでいく。しかし、それもほぼサイレントゴーレムにはあまり効いていないようだった。
「いくら擬態性能が高くてもゴーレムは基本鉱物の塊だから矢とか火なんて効かねえよ。魔法使うなら風使えよ」
セイジがひっきりなしに魔法陣を描きながら、そう助言を飛ばす。
ニーナは飛んでくるゴーレムの拳を後ろに飛ぶことで避けると、さらに素早く後退しながら「わかった!」と答え杖を構えた。
「静謐なる風の聖霊よ、刃となりてすべてを切り裂け! ウインドカッター!」
杖から風の刃が繰り出され、ゴーレムの腕に傷が入る。しかし削れたHPは一割にも満たなかった。
そのことに舌打ちすると、セイジも魔法陣を描き始めた。
一瞬で完成した魔法陣が光り、そこからいくつもの緑の刃が飛んでいく。
先ほどニーナが放ったウインドカッターを強く複数にしたものだった。
「じゃあ私も!」
瑠璃も一歩遅れて、行動を開始した。
矢をしまい、剣を手にして、サイレントゴーレムに向かっていく。
「隠された力よ、今こそ解放せよ! アタックブースト!」
ニーナの詠唱によって、瑠璃の体が少しだけ光を帯びる。
「サンキュ、ニーナ!」
攻撃力上昇のバフを受けて、瑠璃が剣を振りかぶり、サイレントゴーレムの胴を薙ぎ払った。
ガキィン! と硬い物を叩いたような音が響き、サイレントゴーレムの胴部分が抉れていく。
「狙うなら胸元の紋章みたいなの狙えよ。大抵の無機質なもんには核ってのがあってそれを叩きゃいちころだからよ!」
「わかった!」
瑠璃の返事に満足したセイジは、一体を二人に任せると、さらに後ろに動き出しているサイレントゴーレムに向きなおった。
図体は大きいのに、音がないのが不気味だった。
「んじゃ俺もやるか」
セイジは静かに腕を振り回すゴーレムの攻撃範囲内に入らないように走りながら、魔法陣を描き始めた。
一瞬後に出来上がった魔法陣から、炎の弾が飛ぶ。
壮大な破壊音とともに、セイジに相対していたゴーレムの足が吹っ飛び、巨体が床に沈んだ。
それでも痛みというものを感じないゴーレムは、腕を振り回し、侵入者の駆逐を履行する。
さらにもう一つ火弾を飛ばし、ゴーレムの胸部分に風穴を開けると、ようやくそのサイレントゴーレムは動かなくなった。
少し遅れる様にして、二人が戦っていたサイレントゴーレムも瓦礫と化していく。
「残り一体、お前ら倒すか?」
「やらせて! これ一体でいきなりレベル上がったから!」
瑠璃が動きを止めずに最後の一体に向かっていく。
サイレントゴーレムは手を振り回し、足を持ち上げては振り下ろし、瑠璃を排除しようと攻撃を仕掛けてくるが、瑠璃のほうが数段動きが早く、攻撃が当たることはない。
「踏み込んでる時も全然音がしねえってのは面白いよな」
腕を組み、ニーナの後ろで立ちながら、セイジがそんなことを呟く。
「ほんとにね。どういう原理なのかな」
首を傾げるニーナに、セイジがニヤリと笑う。
「あの胸の紋章あるだろ。あれな。魔法陣なんだよ。滅音、気配消し、でもって力上昇の紋が彫ってあるんだよ」
「え、嘘。すごい」
「嘘だと思うなら、あの紋章を完璧に覚えて装備品にでも彫ってみろよ。ある程度気配消せるようになるから」
「うんわかった。やってみる。スクショとっとかないと」
「……スクショ?」
よくわからない単語にセイジが首を傾げていると、最後のゴーレムが盛大な音を立てて瓦礫となった。
「このサイレントゴーレムは倒しても消えていかないんだね」
瓦礫だらけになったダンジョン内を見回して、ニーナが驚いている。
本来だったら、斃された魔物は光となって消えていく。
しかし、倒したはずのゴーレムは、瓦礫の山となっている。
「うわあ、剣の耐久値一気に半分になったよ。あとで鍛冶屋に磨いてもらわないと」
手に持った剣を見ながら、瑠璃が二人のもとに戻ってくる。
その剣を見たセイジは、ああ、と顔を顰めた。
「その剣、スティングソードだろ。そんなんでゴーレム倒すとか、無茶するよな。こういう堅物を相手取る場合はもっと剣幅の広い、硬い素材でできた剣を使わないと。ってもその細腕じゃ幅太めの剣は扱いが難しいか……」
「え、なんでわかるの。そうなの。最初のキャラメイクでエルフなんて選んじゃったから、剣振り回したかったのにちょっと重いのだと制限付くようになっちゃったのよ。それに種族補正かかるの魔法と弓だし。失敗したなあって。あ、見た目は気に入ってるんだけどね」
「見た目、ねえ」
細い腕を見せる瑠璃に、セイジが苦笑した。
種族を選ぶとか何とも怖い響きだが、気に入ってるなら何よりだ、と頷く。
「そのまま剣を伸ばしてみろよ」
弓よりも剣のほうがどう見ても強くなりそうな感じの瑠璃に、セイジが言葉を投げる。
「でもって、持てるなら予備の得物も持っとけ。壊れたら無手、なんてなったら目も当てられねえ」
「あ、大丈夫。かなりインベントリに入ってるから」
ポンポン、と腰の小さなカバンを叩く瑠璃に、セイジは肩を竦めた。前に一緒にダンジョンに入ったやつのかばんをちらっと見たことがあるが、ふたの裏側に空間を司る魔法陣が焼き付けられているのは見たことがあった。少しだけ興奮して、自分専用に魔法陣を弄ってみたこともある。その集大成が自分の持っているカバンなのだが。異邦人以外が空間を弄るなどしたことがなかったので、自分でも使えるようになったことは誰にも秘密にしている。
エミリになんか知られた日には、大量に作れと迫られ脅され、クラッシュの店の奥で毎日内職に追われそうで怖かった。そしてその売り上げはすべてクラッシュのもとに行き、セイジのもとには雀の涙ほどしか入ってこないのは目に見えている。絶対に知られちゃいけねえ、とセイジは再確認した。