67、獣人の村へ
石像から本来の毛並みに戻った狼の獣人は、セイジから酒を受け取ると、全身にそれを振りかけた。
そして、どっかりとその場に座ってしまう。
『酒はもっとあるか?』
「ああ、たんまり持ってきたぜ」
セイジが追加の酒を取り出すと、狼獣人は相好を崩して、それを受け取った。
今度は口に含むと、美味そうに飲む。
ぷは、と息を吐いて、美味え、と一言呟いた。
『元気そうで何よりだ。一緒に酒盛りしねえか?』
「それもいいな」
セイジも獣人の前に腰を下ろすと、更に酒を取り出して、自身が飲み始める。
こうして、奇妙な酒盛りが始まった。
「そういや、幻の獣人の村に、俺らが行けるようになったってエミリから聞いたんだが」
『そうだな。人族全員を連れていくわけじゃねえけど、そろそろ時代は変わってきたってところだな』
「変わっていけねえのは俺くらい、ってところか」
『お前さんは今はまだ変わっちゃいけねえだろ。それもまた一つの人生なんだよ。それに、それは俺らだって同じだ。お前さん以上にな。でも、周りは否応なく俺らを巻き込んで変わっていくんだよ。それを見守るのもまた楽しいもんだ』
遠くに視線を向けて、狼の獣人がしみじみと語る。
確かに、ここ数年は怒涛の様に国全体が様変わりした。
まるでそれは、澱が溜まって停滞していた川が急激な雨で激流に変わるかのように。
その激流は目の前の石像をも巻き込んでいたようで、狼の獣人は瓶を傾け喉を鳴らすと、まるで安堵するかのように息を吐いた。
少し残った酒を頭に掛けた狼の獣人は、セイジに礼を言うと、ちょっと待ってろ、と瓶を足元に置いた。
すると、目の前に狐の獣人が現れた。
「呼んだかい? ジャル様」
『おう。賢者殿を村に案内してくれ』
「賢者?」
狐の獣人は首を傾げると、セイジを見た。円らな瞳にセイジの姿が映っている。
獣人の姿は異邦人で見慣れていたが、こうして本物を間近で見ると、所作や感じられる魔力にまったく違和感がないのが異邦人との違いだとはっきりと分かった。
「すげえな」
思わず呟くと、狐の獣人は首を傾げて「何がだ?」と顔を覗き込んできた。
狐の獣人はセイジの手を取ると、サッと手を動かし、魔法陣を描いた。その魔法陣にセイジの目が吸い寄せられる。
一瞬にして、辺りの風景が森に変わった。
「ここいら辺の森はまだ浅いから大丈夫だけど、もっと奥に行くと魔物も強いから気を付けな」
「わかった」
手が離れると、狐の獣人はこっちだ、とセイジを案内し始めた。
「帰りはここに来ると陣が反応するから、勝手にさっきの所に帰れるよ」
「陣が反応?」
「ああ。来るのは大変だけど、向こうに行くのは実は簡単なんだ」
ニヤッと狐の獣人が笑う。
先程狐の獣人が描いた魔法陣魔法がとても高度なものだということは、ずっと魔法陣魔法を愛用してきたセイジはすぐに気付いた。そして、自身の能力よりも狐獣人の方が魔法陣魔法の造詣が深いことも。
「ところで、兄ちゃんはここに来て何をしたいんだ? ジャル様のお墨付きだから連れて来てみたし、嫌な感じはしねえけど」
丈の長い草の間にある細い道を歩きながら、狐獣人が訊いてくる。セイジは狐獣人の後を追いながら、小さく笑った。
「昔な、あの石像に助けられたことがあるんだ。その石像の故郷に行けるなら、行ってみてえな、って思ったんだよ」
「ジャル様にか。ジャル様が助けたんなら兄ちゃんは俺らの仲間のようなもんだな。あんた、すっげえ魔力あんだろ。さっきの魔法陣魔法覚えたんなら次からは勝手に来ていいよ。いちいち迎えを待つのもダルいだろ」
「いいのかよそれで。俺がお前らを害したら、とか考えねえのかよ」
「っつうかこの話をしてる時点で俺らの心配しかしてねえ兄ちゃんが何かをどうこうするなんて、全然思わねえっての。俺ら獣人は、向けられる悪意は大抵のやつが感じ取れるから、わかるんだよ。兄ちゃんも、不用意に悪意なんか向けるんじゃねえよ」
「忠告サンキュ」
悪意を感じ取る、ということになるほど本物だ、と納得したセイジは、遠くに見えてきた集落のようなところに視線を向けた。
村の中では、獣人たちが歩き、畑を弄り、立ち話をし、取っ組み合いをし、子供たちが走り回っていた。とても長閑な普通の村そのものだった。
「他にも村はあるんだけど、とりあえずはこの村な。あとは好きにしな。泊まるところとかは特にねえんだけど。そこらへんにいるやつらに声でも掛けてみろよ。独り身なら泊めてくれるから」
「おう。何から何までサンキュ。ところで」
離れて行こうとする狐獣人に、セイジは口を開いた。
「あんたから魔法陣魔法を教えてもらいたいっていうのはアリか?」
セイジの言葉に、狐獣人は首を傾げた後、「別にいいけど。対価を要求するかもよ」とニヤリと笑った。悪い笑顔を浮かべようとして、浮かべきれなかったようなおかしな顔になっている。
「俺が出せるもんなら何でも」
「んじゃあ……」
セイジが頷くと、狐獣人が考えるそぶりをして、そうだ、とパッと顔を綻ばせた。
「今度ここに来た時、なんか人族の所で手に入るお菓子を沢山持ってきてくれ」
狐獣人の返事に、思わず顔が綻ぶ。それが対価でいいのか、とセイジは可笑しくなった。
「甘いもんが好きなのか? 大量に持ってくるよ」
「俺も好きだけど、そうじゃなくて、俺の息子が甘いもん好きなんだよ。でもあんまりこの村にはお菓子がなくてなあ。異邦人が食ってるお菓子ってほら、ふわふわで甘くてなんか可愛いだろ。見てるだけで楽しくなるみたいなそんなお菓子を食わせてやりてえんだよ」
へへ、と笑った狐獣人は、俺の家はこっちだ、とセイジに手招きした。




