66、古書とアーティファクト
トレに戻り、拠点の雑貨屋に顔を出す。まだ閉店時間には早い時刻にも拘わらず、店は閉まっていた。
裏口から中へ入ると、クラッシュは留守のようだった。
店の方に回ってみると、あまりにもガラッと空いた棚に、閉店の理由が理解できた。どうやら、店は繁盛しているらしい。
セイジは手持ちのハイポーションをある程度並べると、まだまだ空きのある棚に不満を抱きながらも、奥に引っ込んだ。
今日の素材を並べればいい、とカバンから次々魔物素材を取り出す。
そこに、ふと、見たこともない物が入っていることに気付いた。どう見ても、今日の戦利品ではないそれは、カバンから取り出した瞬間ただならぬ魔力を放っていた。
「なんだこれ……」
手にしたのは、一冊の古書だった。
その古書を見て、思い出す。
ノヴェ付近でシークレットダンジョンを捜し歩いていた時、いきなり手の中に何かが出現したことがあった。
本当にいきなりで、少しだけ驚いた記憶がよみがえる。
それは、とても透明な結晶のついたアクセサリーだった。
鑑定を使ってみると、中に魔力を貯めることが出来るものらしく、その時は空の状態だった。
特に呪いなども付いていなかったので、面白いからと身に着けていたら、魔法を使うたびにそこに魔力が蓄積され始めた。いまだに、どうして手の中にあったのか、どこから手に入れたのか全く分からないというそのアイテムを、セイジはアーティファクトの一つとして扱っている。
ぶら下げたその結晶を胸元から引っ張り出し、鑑定してみると、【2119/5013】となっていた。基準がわからないから何とも言えないが、上限がこの5013らしい、というのはわかる。特に害はないので、ぶら下げたまま今に至る。
これと同じような物だろうか。やはり出自がわからない本を、セイジは躊躇いなく開いてみた。
中身は古代魔道語で書かれているそれは、セイジが開いた瞬間暴れ出した。
魔力が膨大に膨れ上がり、中の文字が宙を舞い、文章が書き換えられていく。
が、しかし、文字が本に触れようとして触れられないのか、戸惑う様に宙を舞っている。
「マジかよ……」
魔力の渦が生み出す強い光の中、惑う文字を見上げながら、セイジの表情は険しくなった。
しばらく戸惑うような動きを見せた文字群は、グルグルと宙を舞うと、光が落ち着いていく中、今度は惑うことなく本に戻っていった。
開いたページは、最初と同じ文章を刻んでいる。
表紙には『イ・ソラ大国の歴史』と書かれている。
「あれだけ魔力が溢れたのに、変化なし、か?」
ふむ、と一つ息を吐くと、セイジはそれをもう一度カバンにしまい直した。
気付かないうちにこれがあったということは、この古書はセイジの元でこそ意味があるアーティファクトということだ。
今開いても、またきっと文字列は変わりない。
もしかしたら、とセイジは頭をガリガリと掻いた。
「俺の身体がこれを覚える容量がない、ってことか」
成長しない身体は、何か新しい物を覚えることが出来ない。そのせいで、さっきの文字が変わらなかったのではないか、と当たりをつけたセイジは、溜め息と共に素材の選別に戻った。
クラッシュの顔を見ないまま店を出たセイジは、その足で冒険者ギルドに向かった。
受付でエミリを呼び出すと、奥に案内される。
こちらです、とドアを開けてもらったので中に入ると、エミリはいつものごとく書類とにらめっこをしていた。
「よ、エミリ。精が出るな」
「あら、セイジ。いらっしゃい。元気そうで何よりよ。あの後全然顔を出さないってクラッシュがごねてたわよ」
「さっき店に行ったらいなかったぞ。すれ違いだな」
「あの子なら、ヴィルと一緒に最近色々してるわよ。店を閉をめた後、ギルドの講習を受けたり、遠出したり」
「ヴィル……、ああ、あの『デプスシーカー』か。何でまた」
差し入れ代わりにスタミナポーションをエミリに渡すと、エミリは手元の書類を横に置いて、椅子を立った。
どうぞとセイジを来客スペースに案内する。
「あの店今異邦人から絶大な人気を誇ってるから、すぐに品薄になっちゃうのよ。だから閉店時間を早めて、その分色々好きなことをしているみたい。年相応になって母は嬉しいわ。たまには遊んでもいいと思うのよ」
「ギルドの講習が遊びか?」
肩をゆすりながらセイジがエミリの言葉に突っ込む。
エミリもつられるように声を上げて笑うと、セイジと共に座り心地のいいソファーに腰を下ろした。
「それで、今日はどうしたの?」
エミリの秘書が二人の前にお茶を置いて出ていくのを見送った後、エミリが口を開いた。
瞳にセイジを心配する色が宿っている。
その瞳に、セイジは軽く肩を竦めた。
「いや、たまに情報を仕入れないとと思ってな。世間から離れて活動しすぎた。門には異邦人じゃねえ獣人が立ってるしよ」
「情報……そうね。色々ありすぎて何から伝えればいいか。そうそう、各街の冒険者ギルドに転移の魔法陣を設置したのは知ってる?」
「知らねえし。なんだそれ」
「獣人の一人が描いてくれたのよ。何なら登録する?」
下の奥の部屋にあるわよ、と軽く言われて、セイジは眉を寄せた。
「転移魔法陣……? っつうか俺を誰だと思ってんだよ。登録はいらねえよ。でもなんでそうなったんだ。経緯を知りてえ」
「とうとう獣人たちが引きこもることをやめた、ってところかしら。無理やり異邦人に引き摺り出されたような感じだけど。あとはね、アルに聞いたかもしれないけれど、ようやく騎士団の待遇が向上したわ。あなたも憂いていたでしょ」
「っつうかあの後アルの所に顔を出してねえ」
「もう、薄情ね。アルも心配してたのよ。あなたが無茶してないかって」
「っつうかそうか。ようやくか」
「アルとジャスミンが動いてようやくよ。ほんと、もう王制を廃止すればいいのに。責任感のない王なんて最悪よ」
本音の漏れたエミリにセイジがひとしきり笑う。
ほんとにな、と心からの同意をして、セイジは他には、と話を促した。
「獣人の村に行けるようになったわよ。行ってみたらどう? もしかしたら、向こうにもあるかもしれないわ、次元の亀裂が」
「そうだな」
エミリに獣人の村の行き方を聞いたセイジは、酒を片手に、深夜、狼の獣人の石像の前に立った。
辺りに人の気配はない。
石像に酒を掛けると、石像の毛並みが生きたそれに変わっていった。
『よう、久方ぶりだな、賢者』
セイジを見下ろす狼の獣人は、低い声を響かせて、ニヤリと口元を持ち上げた。




