65、聖獣と共に
一度散りかけた命は、元の様に戻るまでは少しの時間を要した。
その間トレの雑貨屋の奥で過ごしていたセイジは、代わる代わる顔を出すクラッシュとエミリに苦笑しながら、本棚に入っている本を読み漁っていた。
神殿を終えて手に入れた物は、ピアスと、結晶。サラが錬金で作った結晶だと思ったそれは、戻って来てみると、当時のそれとはまったく違うものだった。
日に透かすと、薄いグリーンの結晶がキラキラと光る。
クラッシュは首にかけており、エミリは手にしている様子もなかった。
「あ、それ、使っちゃうとなくなっちゃうんで、俺は首から掛けてたんですけど、他の人たちは全員使いましたよ」
部屋に入って来たクラッシュが、セイジの手を見て首もとの結晶をセイジに見せる。
「じゃあ、俺も使うかな」
「お好きに。体調はどうですか?」
「かなりよくなったよ」
目の前に食事を置かれて、セイジは苦笑した。
「まるで病人みたいだな」
「まるで、じゃなくてそうなんです。死にかけたんですからね、セイジさんは。マックが蘇生薬を完成させてなかったらどうなってたことか」
「蘇生薬……か」
セイジは結晶を弄びながら、小さな薬師を思い出していた。
あれだけ探してもなかなか見つからなかった蘇生薬のレシピをあっさりと探し出してしまったマック。セイジは自身が頼んだことをふと思い出して、口元を綻ばせた。サラを助けるため、蘇生薬を作ってくれ。無理難題だとはわかっていても、マックは気負うことなく、了承の意を示した。そんなに簡単に返事して大丈夫なのか、なんてあの時は思ったっけ、と肩を揺らす。それが、こんな風に完成を見せつけられるなんて。
これで、また一歩あの約束に近付いた、とセイジは手の平の結晶を握りしめた。
瞬間、結晶が割れ、光が身体を覆っていく。
そして、何が変わったのかはわからないけれど、どこかが確かに変わったことを感じた。成長が止まっているはずのこの身体の、どこかが。
すっかり体調が良くなると、セイジはまたも積極的にシークレットダンジョンを探し始めた。
蘇生薬も、仲間たちが育てている共に戦う者たちも、揃おうとしている。あとは、クリアオーブをそろえれば、乗り込めるんじゃないか。そして、サラをあの冷たい穢れた大地から連れ帰れるのではないか。少しだけ希望が膨らむ。
「よっしゃあった」
街道から少しだけ奥まったところに見える亀裂に、思わず声を出す。
辺りを見回して、一緒に行ってくれそうな人を探していると、なんだかよくわからない生き物が木の間から飛び出してきた。
魔物の雰囲気ではなく、でも獣の形の、よくわからない生物。
セイジはじっとその獣を見つめた。
その獣も、セイジの視線に気付いたのか、顔を向ける。
その後ろから、「ノワール」という声が聞こえて、獣は後ろを振り返った。
異邦人4人が獣に近寄り、撫でた。
「おもしれえ」
ついつい呟くと、その獣を撫でた異邦人と目が合った。
「なあなあお前ら、今手が空いてるか?」
声をかけたのは、異邦人が獣を可愛がっているのがわかるから。
「何かあったのか? 今は移動がてらレベル上げ中だから大丈夫だ」
獣を横に従えた異邦人が答えたので、セイジは自分の横を指さした。
「ここにシークレットダンジョンがあるんだが、一緒に行ってくれねえ?」
セイジがそう言うと、異邦人たちは皆一斉に驚いた顔になった。
「ダンジョンサーチャー……?」
「マジ?」
「あ、俺行く行く」
「ノワールどうする?」
『主が行くなら我も行く』
それぞれの答えに、今度はセイジが目を見開いた。
黒い獣が人語を話したからだ。
「そいつ、喋るのか」
「ああ。聖獣ってやつなんだ。名はノワール。すげえ強いぜ」
にこやかに主と呼ばれた異邦人が紹介すると、ノワールはフン、と鼻を鳴らした。
四人と一匹を引きつれて、セイジはすぐにシークレットダンジョンに潜った。
中は黒い岩が聳え立つ、砂地だった。
足元の砂は熱く熱され、少しでも手をついたらそれだけで火傷しそうな温度で、ただ立っているだけでも汗が噴き出そうな悪条件だった。
「あっちい」
「ノワール、足の裏大丈夫か?」
『この程度の温度、我にはどうということもない』
「今、支援魔法をかけるから」
ノワールは平気そうにサクサクと砂を踏み、ローブを羽織った男がすぐさま全員に暑さ軽減の魔法をかけた。
「ノワール、尻尾は避けろ、先に毒がある」
「くそ、直接攻撃通りにくすぎだろ! 手ごたえ岩だぜ!」
「離れろ、範囲魔法飛ばすから!」
出てくる魔物は岩を纏った魔物ばかり。
今は全部で10匹ほどが五人と一匹を囲んでいた。
物理攻撃は効き辛く、かといって属性の弱点も特にはなさそうな魔物は、一見動きはゆっくりに見えるが、動き出すとかなりの速度で移動していた。
「けんたろ、岩と岩の間に剣を突き刺せ! 角度間違うと剣が折れるから気を付けろよ!」
「無茶言うなよ! あいつらウロチョロしやがるんだよ!」
『我が足止めしよう』
けんたろが叫ぶと、ノワールの身体がぐぐぐ、と大きくなった。
セイジの二倍程度の大きさになると、ノワールは岩が揺らぐほどの咆哮を放った。
威圧にやられたのか、その咆哮で魔物はぴたりと動きを止めた。
その大きさの変わる聖獣の姿を面白いと思いながら、セイジは皆に即座に指示を出した。
「霧吹、土魔法使えるなら足埋めろ! スノウグラス、けんたろに筋力強化の支援を! ヨロズ、斧で首叩き落とせ!」
やってやるよ! とすぐさま全員が動き出す。
セイジもひたすら魔法陣を描き、支援魔法や攻撃魔法を繰り出していく。
集団で現れる岩も魔物を何とか蹴散らし、ボスフロアに着いた頃には、すでに全員の装備がボロボロだった。
「ボスはどんなだ? もう火を吹く岩蜥蜴は勘弁」
「俺、溶岩の上でも平気で歩く奴も嫌い」
「っつうかそろそろ武器の耐久値がやべえ」
「そろそろMPが尽きそうだよ」
岩陰からボス魔物をチラチラと観察しながら皆がぼやくのを、セイジが苦笑しながら聞く。
腰までの大きさに戻ったノワールが、ヨロズの尻に頭突きをかました。
『まだ武器があるだろう。替えろ。あの魔物にその武器では歯が立たない。主は魔法を主流とする姿勢なのだから、前に出過ぎるな。けんたろ、いいか、死ぬ気で主を守れ。スノウグラス、支援は切れる直前に掛けろ。切れた瞬間が弱点となる。特に動きをよくする支援は。タイミングを見計らえ』
ノワールの助言に、パーティーのメンバーが素直に頷く。
「主導権を握ってるのはノワールかよ」
セイジが呆れてそう突っ込むと、ノワールは胸を張って『我が一番戦闘経験が深いからな』と答えた。
ボス魔物は、今まで出てきた魔物を大きくしたような魔物だった。
直接攻撃はあまり効かなかったが、セイジの物理防御力低下の魔法陣を弾き損ねてからは、面白いように攻撃が通った。
支援役であるスノウグラスのMPと、魔導士である霧吹のMPが切れる寸前、ヨロズの斧がクリティカルを出し、大きな魔物は光となって消えていく。
全員が肩で息をしながら、その光を見送った。
魔物が消えた後に残ったのは、赤いオーブ。
「火かよ」
セイジはそれを拾うと、小さく溜息を吐いて、それを霧吹に渡した。
「お疲れさん、そしてサンキュ。わりいな、報酬はそれだけだ」
「何よりだ。噂のオーブがこの目で見られるなんて。これ、覚えられるのか」
早速オーブの中の魔法を覚えた4人は、まだ消えないオーブに視線を落として、首を傾げた。
「まだもう一人覚えられるらしいが、セイジ……?」
「いや、俺はそのオーブに認識されないから、違うな。いるだろ、もう一人、っつうか一匹」
セイジがノワールに目を向けると、皆もつられたようにノワールに目を向けた。
今度は子犬のような大きさになっていたノワールは、円らな目を瞬かせた後、小さな手をそっとオーブに添えた。




