63、サラの生存とセイジの帰還
ようやく涙を止めることが出来たエミリが、足元に落ちていた結晶を拾うと、すぐさま目の前の景色が変わった。
そこには一緒にこの洞窟に入ってきた者たちが思い思いの場所で座っていた。
クラッシュがエミリの姿を確認した瞬間に駈け寄ってくる。
心配そうな顔で「大丈夫!?」と訊いてきたので、エミリは笑顔で頷いた。
身体中の傷に、クラッシュが傷薬をかけてくれるのを見ながら、エミリはホッと息を吐いた。アルの大きな背中と、心配そうに自分を覗き込むクラッシュがいたことが、何よりの救いな気がした。
しかし、辺りを見回しても、セイジの姿はなかった。
「この試練、セイジにとってはキツいかもね」
「セイジさんが?」
エミリの呟きにクラッシュが顔を顰める。
その首もとに、見たことのあるような結晶がぶら下がっているのを見て、エミリは目を細めた。
「だって私、サラと戦ってきたのよ。サラの姿をした魔王と。私でもちょっと攻撃するのを躊躇っちゃったわ」
「そうなんだ……でも、母さん。試練は一人一人別物らしいよ」
一度目を伏せたクラッシュは、努めて明るい声を上げた。
エミリが驚いたように目を見開くと、クラッシュは口元を緩めた。
「俺は、父さんを助けて来たよ。見てこれ。昔母さんに貰ったんだって、父さんにお礼だって渡されたんだ」
「クラッシュ……」
エミリは得意そうなクラッシュの顔を見上げると、そっとその背に腕を回して抱擁した。
アルの隣に腰を下ろすと、アルはお疲れ、と一言つぶやいた。
「あんな試練二度と受けたくないわ」
愚痴の様に漏らすと、アルはくっと笑った。
「俺はあのでか物をぶった切ってきたが。エミリはサラの姿だったのか。くくく、サラはもしかして魔王を取り込んで前よりさらにパワーアップしてたりしてな」
「それはそれで素敵ね。でも」
視線を下げたエミリは、震えそうになる手をギュッと握った。
「サラは……まだ本当に生きてるのかしら……」
俯いたエミリにアルが口を開こうとした瞬間、後ろから声が飛んできた。
「生きてます!」
その声に、その場にいた全員が声を発したマックに視線を向けた。
「サラさんは生きてるんです! そして、サラさんなりに皆に力を貸そうとしてるんです! 俺の試練だって……」
マックの言葉が不自然に途切れる。口は動くのに、声が出ないような、そんな感じだった。
マック自身も自身の違和感に眉をひそめた。
「あれ、声が出る……だから、サラさんは……ああ、もう、言えない! じれったい!」
またしても不自然に声が途切れたマックが、吐き捨てるようにそんなことを言う。
もしかして、とエミリとアルは顔を見合わせた。
サラは旅の途中、サラを口説こうとして下卑た言葉を投げかけた男に魔法をかけたことがあった。ある特定の言葉だけ口に出せなくなるという魔法だった。その男も今のマックの様に不自然に声が出せなくなったり喋れるようになったりしていた。
もしかして、ともう一度マックを見ると、マックは言葉に出すことを諦めて、ただまっすぐエミリを見ていた。
確信した。
サラは、何らかの力を使って、マックに干渉したんだと。
不意に笑いがこみ上げそうになった。
「もしかして、サラに会った?」
マックにそう訊くと、マックはうんうん頷いた。どんな風に干渉してきたのかは、魔法が掛かっていてわからない。でも、確かにマックはサラに会って、その存在を確認したんだとわかった。
きっとサラに綺麗な笑顔で「内緒よ」と言われたんだろう。そういう変なところで繊細な魔法がとても得意だったから。
エミリは、そこにサラの面影を見た気がして、目頭が熱くなった。
ワイワイとまだ帰ってこないメンバーを待ちながら雑談をする者たちを見ながら、エミリとアルとクラッシュはただ静かにセイジの帰りを待った。
ただただ無事に帰って来て欲しかった。
ふと、目の前に誰かが現れた。
残りは、セイジと、ヴィルの二人。
現れたのは、セイジだった。
アルが立ち上がり、セイジが現れた場所に足を向ける。遅れてエミリも近付いた。
「遅かったな」
「ああ……」
セイジが顔を上げる。
その顔色は、白を通り越して、青いほどだった。
見た目に傷もなく、装備がボロボロになっているわけでもない。
アルが目を細めた瞬間、セイジの身体が傾いだ。
「セイジ!」
手を伸ばし、セイジの身体を支えたアルは、あまりにもセイジの呼吸が浅いことに気付いた。
「わりぃ……」
身体を支えられて、セイジが顔を上げる。そこには、心配そうなアルとエミリ、そしてクラッシュが並んでいた。
セイジは自分の胸を片手でギュッと握りしめると、息切れした時の様な短い息を吐いた。
「ちょっと、サラの代わりに……ここに、魔王を取り込んできてよ……」
「お前、あの時の……」
「嘘……!」
二人が同時に息を呑む。
あの時のサラを見ていた。あの巨大な悪の塊を胸に取り込むサラを。セイジの試練はあの時の再現だったと知り、2人は知らず顔を顰めた。一番きつい試練は、セイジ、いや、ルーチェだったんではないか。胸を押さえて苦しむ目の前のかつて一緒に旅をした仲間を見ると、それでもセイジは口元を緩めた。
「やったぜ……今回は、あいつを結晶に押し込めることなんてなかった……っ」
「お前がこっちに持ってきちまったからな」
「サラに貰った結晶……アル、ちょっと持っててくれ……」
「セイジ、どこかおかしいならまずは回復だ。何が必要だ? ポーションか? キュアポーションか?」
セイジの握りしめられた手が持ち上がり、アルの手に近付く。
すると、その手から、ポロリと、大事な結晶が落ちていった。
その後、その手も力なく落ちていく。
「セイジ!」
「セイジさん!」
「ルーチェ……!」
三人の悲痛な声が、洞窟内にこだました。
セイジは、意識を失ってなお、胸元をきつく握りしめていた。
セイジの身体を支えていたアルは、ゆっくりと慎重にセイジを地面に寝かせると、手を優しく退かし、服をはだけた。
「……!」
その胸元を見て、誰もが息を呑んだ。
セイジの胸は、真っ黒に変色していた。しかもそれは、じわじわと身体中を蝕んでいた。
「こいつ、ほんとに取り込んできやがった……!」
「あいつを取り込んだから……!?」
アルが舌打ちし、エミリが貌を歪める。
いち早く動いたのは、クラッシュだった。
「マック! 早く! 聖水!」
クラッシュの声にこたえるように、マックが聖水を取り出す。
今ではほぼ手に入ることはなくなった、けれど、マックが自作した、最高ランクの聖水を渡されたクラッシュは、躊躇いなくそのアイテムをセイジの胸元にかけた。
すると、ジュウウ……と何かが蒸発するような音を立てて、黒く広がった肌の色が戻っていく。
クラッシュが更に黒いところに聖水をかけていくと、程なくして、セイジの胸は元の肌色に戻っていった。
それでも、セイジの意識は戻らない。
目を開けなかった。




