62、それぞれの戦い
アルは前に対峙した魔王と、またしても向き合っていた。
周りには一緒に神殿に入った者たちの姿はなかった。
かといって、前に一緒に戦った仲間の姿もひとつもない。
ただ一対一で、この空間に立っていた。
「最後は個人で試練ってことかよ……今までの協力はどうなったんだ」
『オオオオォォォォォォォォォ!!』
威嚇を放つ魔王を見上げながら、アルは自身の身体の動きを確認した。
若いころの最高のコンディションに加え、あれからずっと鍛錬してきた熟練度がしっかりと身の内に積み重なっていることに口元が緩む。
それに比べて目の前の魔王は、全く変わりないように思えた。
「成長はしねえってことか。わりいな、今回は俺の勝ちだ」
不敵に宣言し、アルは剣を構えた。
死闘は苛烈を極めた。
腕を上げたとはいえ、一対一。
4人でギリギリ倒せなかった魔王に今度は一人で戦うということは、無謀を通り越している。
アルは魔物の攻撃を受け流しては反撃し、致命傷を受けることなく剣を揮った。
魔物を刻むたびに気分が高揚していく。
「おらおらおらぁ!」
気合いと共に剣で魔王を刺した瞬間魔王の手が伸び、鎧の肩部分が飛んでいく。
一撃を受けるとそこが大破し、防御が崩されていく。
それでもアルの顔には笑みが浮かんでいた。まるで、この瞬間を夢見ていたかのように。
「ってかこの試練ってのはなかなか気が利いてるな……こいつの体力が見えるなんてよ……!」
アルの目には、魔王の頭上に浮かんだ一本のバーが目に入っていた。攻撃を加えるとそれが少しずつ減っていく。
異邦人たちが言っていた、魔物の体力がわかるバーとはこれのことか、と感心しながら剣を揮う。
「確かにこれだったら、魔物の討伐も簡単だな!」
魔力を剣に乗せ魔王に振るうと、そのバーは面白いくらいにぐっと減った。
思わず視線をそこに固定してしまうと、それが隙となってしまったのか、横から飛んできた魔王の手に薙ぎ払われ、胸当て部分にひびが入ってしまった。アルはすぐさま起き上がり、くくくと笑った。
「そうだな。そっちじゃなくて、お前を見ねえと終わらねえなァ!」
気合いを込め、魔力を込めた剣を、アルはもう一度握り直し、足を踏み出した。
魔王が光となって消えていったときには、アルの見た目はズタボロだった。
鎧が鎧の形を成しておらず、息は切れ、腕と脇腹からはかなりの出血をしている。
戦闘中は手にする暇もなかったな、と息を吐きながらアルは腰にある小さなカバンに手を伸ばした。
そこには、薬師マックが渡してくれたハイパーポーションが入っていて、これはやはり神殿の試練だということを知らしめていた。
「ん?」
ハイパーポーションを傷口に掛け、瓶をカバンに戻そうとすると、入れた覚えのない物が入っていることに気付いた。
何かの魔物のドロップ品か? と頭を捻りながらそれを取り出すと、それは、燃えるような赤の水晶が付いたアクセサリーだった。
持ち上げてそれを見上げた瞬間、目の前が暗転した。
そして、ゆっくりと風景が変わっていった。
一方、エミリも景色としてはセイジ、アルとほぼ変わりない場所に立っていた。
空が淀み、空気が重くのしかかってくるような気持の悪い気が身体に纏わりついてくる。
エミリは目を見開いて、目の前の信じられない光景を直視していた。
目の前に立ちはだかる、巨大な魔の気配。
その姿は、何もかもが黒く変色した、サラの姿だった。
「嘘……、嘘よ、何で……っ!」
『エミリ……』
発する声も、もはやサラの面影などない程のしわがれた声。
ゆらり……と身体をゆらし、それはエミリに手を伸ばした。
「試練……これは、試練でしょ……。でも、こんな……っ、どうしたらいいの!」
最後はもう悲鳴に近い叫び声を発するエミリに、サラのようなものは少しずつ近付いていく。
『エミリが来てくれて、良かった……私を……ケシテ……』
「無理よ! だってあなた、サラでしょ!? 消せるわけない!!」
『お願い……だって、あるトるーハヤサシスギテ……私に止めをサシテはくれないの……』
「迎えに来るって約束したもの! 一緒に、帰るんでしょ!」
『そうね……そうできたら、ヨカッタ……でも、エミリ、お願い……私、あの二人を殺したくない』
そう言いながら、サラの周りに黒い禍々しい球が何個も浮いていく。
エミリの足が一歩下がると、何かに足をとられてハッと視線を下に向ける。
そこには、アルが横たわっていた。少し離れたところには、ルーチェも。
『コロシタクナイ……だから、だからエミリ! 私を……ケシテ!』
中に浮いた黒い球が、一斉にエミリに向かう。
エミリはとっさに剣でそれを弾きながらも、まだサラに剣を向けるのを躊躇っていた。
「サラ……っ! どうして……!」
『ココノ、ケッショウヲ……」
サラが自身の胸に手を置き、人ならざる響きを持つ声を絞り出すように『外して……』とエミリに訴える。
その間にも次々と魔法が生成され、それがエミリに向かっていく。
『エミリにしか、頼めないの……』
雑音とサラの声が融合しているかのような響きが、耳に飛び込む。
エミリは飛んでくる魔法を片っ端からいなしながら、奥歯を食いしばった。
サラの形をした魔の何かの目から、何かが光って見えた気がした。
「……ほんっと、試練って……最っ低の最悪な試練だわ……でも」
きっと目の前のサラは、もう一緒に旅をした頃のサラには戻れない、ということは感じ取れた。
「これが試練で良かった。本当は、今もあの地で眠っているんでしょ……サラのまがい物を倒して、本物のあなたを絶対に迎えに行くわ。待ってて」
目の前のサラにではなく、自分自身に言い聞かせるように呟くと、エミリは熱くなった目元を無造作に手の平で拭って、剣を構え直した。
躊躇うことを止めたエミリは、その後は最大級の力を出し、サラと対峙した。
剣で手ごたえのほぼない身体を刻み、魔法で辺りを吹き飛ばす。
それでも、サラはなかなか消えなかった。
「ほんっと、あなた手強いわ……っ、もう、お願いだから光になって……っ!」
剣で身体を貫きながら、目の前のサラの目を覗き込み、エミリが呟く。
攻撃をするたびに、友を自分の手に掛けることへの拒絶感が胸の痛みを訴え続ける。
全力を出しながらも、エミリの口は、弱音を吐きだしていた。
昔から、サラにだけは弱音を吐けた。他の誰でもない、サラにだけ。
そのことが、本音を吐かせる。
弱音を吐くと、サラは決まって笑いながら大丈夫よ、と背中を叩いてくれた。
『エミリナラ……大丈夫ヨ……』
「どうしてそんな風になっても同じことを言うのよ……っ!」
耳に入った懐かしい言葉に、たまらずエミリが叫ぶ。
表情の見えないサラのその顔が、微かに笑ったような気がした。
自身の身体に刺さったままの剣を手で掴み、引き抜き、胸に当てる。
何かの力がエミリの手を動かし、胸に当てられた剣はサラの身体に沈んでいった。
『アアアァァァァァ!』
剣先が何か硬質な物に突き刺さったと感じた瞬間、サラの身体が徐々に光と化していった。
カラン、と剣が地面に落ちる。
宙に散っていく光を見上げながら、エミリは堪え切れずに滂沱の涙を流していた。
「こんなこと、二度と、させないで……!」
消えていったサラの足元に落ちている結晶を拾うこともせず、エミリは声を上げて泣いた。




