表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/99

61、最後の試練



 皆回復し、先に進むと、そこには黒くて分厚い金属の扉があった。

 きっとここまで逃げて扉を閉めると、スライムが遮断されて助かる、という扉だろう。

 静かな後ろを確認してから、セイジは一番乗りで扉の先に足を踏み入れた。


 その場所は、この神殿の一番初めに入ってきた場所と酷似していた。

 ただ祈りの言葉は壁にはなく、天井に文字が描かれている。


「ここで己の限界と対峙せよ……」


 セイジがその文字を読み上げると、明るかったはずの部屋がゆっくりと闇に落ちていった。

 じっと動かず辺りを観察していると、しまいには手先すらも見えないほどの闇に包まれていく。手をあげて手のひらを見下ろしている動作をしていると頭ではわかっていても、視線の先には黒しかないのが酷く違和感だった。

 そんな中、一つだけ闇の中に浮かぶ紋様が視界に入った。


「そこに行けってことか?」


 光に惹かれるように、セイジは一歩足を踏み出した。




 瞬間、とんでもない圧と爆音が身体を包む。

 咄嗟に辺りを見回すと、「ルー!」と号泣したくなるほどに懐かしい声が自分を叱責した。


「よそ見は厳禁よ! どうしたの一体!」


 魔法で迫りくる火球を弾き飛ばしながら、隣から声をかけてきたのは。


「……サラ?」

「何よ、寝ぼけたみたいな顔をして。ほら、魔王の手が伸びてきてるわよ。しっかりして!」


 長い髪をなびかせながら、ところどころ傷を負ったサラが、にこ、と笑う。

 そしてまた前を向いて、次々特大の魔法を飛ばしていく。

 セイジもそれにつられるようにして視線を動かすと、アルが魔王に剣を向け、エミリも剣を構えて跳躍しているところだった。


「これは……」


 ここはまるで、あの・・

 魔王討伐のシーンじゃねえか……!

 セイジは唸り、指を動かした。

 次々強力な魔法陣魔法を繰り出していく。しかし目の前に迫る魔王はそんなもの効いていないかのように反撃してきた。まるで骨などないかのような手を鞭のようにしならせ辺りを崩し、落ち窪み仄かに赤黒く光る眼から魔力の塊が飛び出す。咆えると地面が揺れ、闇が吹き出してくる。

 まるで、なんて物ではない。あの時そのままの空間を切り出したような景色だった。

 

「試練って……これかよ」


 今度こそ魔王を倒せ。なのかもしれない。

 セイジは魔法陣魔法を飛ばしながら舌打ちした。


「目が覚めた? じゃあ、ルーもガンガン魔法打ってね」


 戦闘中にも拘わらず、サラはふふっと軽やかに笑った。

 その顔が少しだけ歪むのが視界の隅に入り、そういえばこの後サラは魔力切れに近い症状がでるんだったと思い出す。

 神殿に入った時と同じ格好の自分は、どうして違和感なくこの場に溶け込んでいるんだろう。

 セイジはカバンの中から、マックから受け取ったマジックポーションを取り出した。


「サラ! 後ろに下がってこれ飲め!」

「ありがと。喉が渇いてたのよ」


 セイジの差し出した物を受け取ったサラは、セイジの背中に隠れるようにして、瓶を飲み干す。そして感嘆の声をあげた。

 その間にもセイジは次々大ダメージの魔法陣魔法を飛ばしていく。

 アルの攻撃に合わせ、その剣に大きな雷の塊を纏わせる魔法陣、魔法陣から魔素の檻を作り、魔王の動きを鈍らせる魔法陣。皆と別れた後に考えて、改良していった魔法陣を惜しみなく出していく。

 スッと横に立ったサラが、それを見てまたも軽やかに笑った。


「土壇場で強くなるなんて、もしかしてルーが一番英雄の素質があるのかしら。さっきのすごく美味しかったわ。しかも効果がすごい。身体が軽いわ」


 そこからはまた皆でひたすら攻撃し、セイジはサポート兼用で魔王の体力を削り、時に回復に回る。

 持ち込んだアイテムも使い果たし、それでもまだ魔王は身体半分を溶かしながらも、変わらず威圧を放っていた。

 

 また、倒せない。

 限界に近いアルを見て、次いで、地面に倒れ必死で起き上がろうとするエミリを見る。 

 また。


「ルー、何か、あの大きな物をどうにかする案はないの……?」


 何度も何度も回復し、そのたびに枯渇寸前まで魔力を惜しみなく魔法に変えていくサラは、もう残り数回度程しか魔法を打つ力は残っていなそうだった。

 セイジ自身も限界に近い。それでも、やはり最後のあの忌々しい魔法陣を描くだけの魔力を残してしまっている自分自身に反吐が出る。

 何度も何度も考えた。終わってしまってからも考え続けて、でも、あれ以上の最善案が見つからなかった。

 セイジは、あの時と同じように、ギリ、と歯を食いしばった。


「……ねえって言ったら」

「あのねルー」


 纏っている装備品も大分くたびれ、ところどころ破れたローブを纏ったサラが、呆れたような溜め息を吐く。


「ルー、あなたが色々考えてるのはわかってるわ。なんかこの最悪の状況を打開できる知恵があるんでしょ。さっさと言いなさい」


 肩で息をし、顔色も悪く一目で魔力の枯渇がわかるサラが、それでもその苦しさを表情に出すことはなく。

 どうしてそんな顔をして、あの時と同じ言葉を言うんだよ。

 セイジも肩で息をしながら込み上げる何かを必死でいなした。


「言いたくねえ」

「バカね。早く言っちゃった方があなたのためだってわかってるでしょ。ほら早くいいなさいな、ルー」


 穏やかな声で「ルー」と呼ばれる幸せと、これから訪れるその幸せを一瞬で黒く暗く消し去ってしまう程の最悪なこと。

 普段だったら絶対に天秤にかけるようなことはしない天と地ほどに差のある二つを比べ、セイジは色々なことを振り切るように雄叫びを上げた。


「サラ、前に作った水晶を出せ」

「いいわよ」


 サラは首から掛けて装備の中にしまっていた水晶をスッと取り出した。

 前線ではアルとエミリが必死で魔王と戦っている。飛んでくる魔王の魔法を都度跳ね返しながら、セイジはじっとサラを見つめた。

 あの時と全く変わりない、泣きたくなるほどに愛しい笑顔。


 あの時俺は、確か泣きながらサラに伝えたんだったか。思い出すと、それだけで胸がギリギリと締め付けられる。

 神殿の試練だということも忘れそうになる。

 セイジの返答一つ違えば、少しだけ違う答えが返って来るのが、その場に自分が戻ってきているんじゃないかと錯覚させられる。

 もう一度アレをサラに取り込ませるのが試練か。違うだろう。それじゃあ自分に打ち勝つ試練にはなりえない。

 セイジはゆっくりとサラの髪に手を伸ばした。

 そして、指で梳く。昔と変わりない手の感触に、セイジの心は決まった。


「こいつを使って、あのクソ野郎を封印する」


 サラの胸元に掛けられた水晶を手に取って、セイジはニヤリと笑った。前は滂沱の涙を流しながら言ったんだったか。思い出して笑いそうになる。


「私に取り込めばいいのね」

「サラになんて誰も言ってねえだろ」

「少し考えればわかるわよ。だって私の身体が封印に一番適してるんだもの。ルーが取り込んじゃったらその後の封印を誰も出来なくなるしね。いいわよドーンとやっちゃって」

「だからどうしてそう躊躇いがねえんだよサラはよ」

「当り前よ。そんなことで皆が助かるなら、全然問題ないわ」

「俺の心は死ぬけどな」

「何言ってるのよ。ルーは、今度こそ魔王を倒せる人たちを連れて、この封印を解きに来てくれるんでしょ。私それまでちゃんと待ってるから。だから、ほら、やっちゃって」


 切羽詰まった状況でも笑って背中を押すサラは、本当に何一つ変わらなかった。

 その豪快さ、決断の早さ、状況把握の正確さ、そして、優しさ。

 セイジが声を出して笑うと、サラもつられるように笑った。


「なんか、ルーがルーじゃないみたい。どこか大人になっちゃったみたいな感じね」


 笑いながら呟いたサラに、セイジは「まあな」と一言返した。


「んじゃ、やるか」


 サラの後ろに立ち、肩を抱き締めるように水晶を魔王に向ける。

 水晶を掲げたまま、もう片方で魔法陣を描いていく。

 あの時と同じように、アルを見据えていたはずの魔王がこっちに視線を向けた。

 オオオォォォォ……ッ! 

 雄叫びをあげながら、魔王が迫る。

 

「悪かったな、前より改良されてるんだよ。てめえが苦しむようにな……!」


 魔法陣を描き切ると同時に、セイジはサラの首から水晶についていた鎖を引きちぎり、抱きしめていた身体を突き飛ばした。


「ルー!」


 地面にたたらを踏んだサラが振り返った時には、魔王は半分ほどセイジの身体に吸収されているところだった。


「ルーチェ! サラ!」


 駆け寄ってくる二人に「あとで会おうな……」と囁くように声をかけて、セイジは身体の力を抜いた。

 腹の奥からドロドロと渦巻く何とも言えない物がとんでもなく気持ち悪かったけれども、それでも倒れ込んだ自分の頭を膝に乗せて泣くサラを見て、満足する。

 腹のドロドロに色々な物が次々と破壊されているのがわかる。サラはこんなものを今現在もあの細い腹に取り込んでいるのか。

 自分の浅慮に反吐が出そうになるが、未だにあれ以上にいい案は出ていなかった。全ては、自分たちの力不足。だからこそ、こんな神殿にも縋っている。

 手の中の水晶の感触を確認しながら、サラの髪に手を伸ばそうとした瞬間、目の前が真っ暗になった。










 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ