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6、違う街にて


「やっぱり砂漠は暑いなあ……」


 ローブを頭からすっぽりとかぶり、セイジは道なき道を進んでいた。

 南方に位置する砂漠地帯である。

 ここを抜けると、オアシスを主体とした砂漠都市が結構な規模で展開されているのだが。

 そこにたどり着くまでにはかなりの労力を使う。

 周りの景色は常に砂地だけになり、方向を指し示す道具を持っていないと砂漠都市までまずたどり着けない。砂漠都市から、砂漠中腹までは砂漠専門の警邏隊かなりの頻度で巡回しているので、そこまで運が悪くなければ干からびて死ぬことはないが、稀に流砂に吞まれたり熱射病で倒れて警邏隊の巡回に行き会わなかったりすると、命を落とすことになる。

 そしてもう一つ。砂漠の砂の中には、かなり大きな魔獣が巣くっていた。

 あまり表層に出ることはないが、たまに降る砂漠のスコールの時には表層に現れて、体内にある水袋に水分を貯めると言われている。が、あまり詳しいことはわかっていない。人を襲うことはないのだが、砂の上に顔を出し、大きな口を開けた時に運悪くそこを旅していたりしたら、その口に吸い込まれてしまうのだ。そして、一度でもその魔物を傷つけてしまうと、暴れ始めて手が付けられなくなる。ゆえに、人々は手を出さなければ害のないその魔物を、敢えて捉えたり討伐したりはしていなかった。

 

 セイジはいったん足を止め、手にした方位磁針に魔力を通し、針の動きを目で追った。

 顔を上げて、その針の挿した方向に足を向け、またも歩み始める。

 が、少ししたところでまたも足を止めた。

 しかし、視線は方位磁針に向けるのではなく、何もない砂地に向けられていた。


「こんなところに……」


 ため息とともに呟き、あたりを見回す。そして、人の影どころか魔物の影すらも見当たらない一面の砂に、もう一度重い溜め息を零した。

 

「目印、ねえじゃん」


 あたりは一面の砂。山になっている斜面は、天候によって一瞬にして変わるので目印にすらできない。しかし。


「なんでこんな分かり辛いところにあるんだよ、ダンジョン」


 他の人間には特に何もない風景も、セイジにははっきりとダンジョンの入り口である霧状のものが見えていた。

 いつもダンジョンを見つけると、その場所や目印を記憶して、転移でそこに飛んでいた。すると、通常では入れないはずのダンジョンの中に降り立つことが出来た。

 その仕組みは、セイジでもいまいちわからない。ダンジョンにセットされているであろう魔法陣の何らかの力が転移とダンジョンの接触の何かに加わっているのはわかるが、いまだその魔法陣を解き明かせていないことに歯噛みするセイジだった。

 だからか、このように目印もない記憶も出来ない場所にひょっこり入り口を見つけてしまうと、そこから一歩先に転移でもしない限り、到底入ることが出来なかった。


 セイジは諦めて、バッグの中から布を一枚取り出した。

 頭にかぶり、顔までしっかり日陰になるように、その場に座り込む。

 風で飛ぶことがないように片手で抑えると、誰かが通りかかるまで待つ姿勢に入った。

 幸い、食べ物は有限でも、水だけは魔法陣から溢れる様に出てくる。しかし出しすぎると地中の魔物が水めがけて這い上がってくるのはわかっていたので、最小限に。


 じりじりと布越しに陽に焼かれながら、セイジはそこに座り続けた。

 誰にも会うことなく、陽が傾き始めた。

 砂漠の夜は気温が50度近くまで上がる昼と違い、氷点下まで下がる。

 今はまだ陽が暮れていないが、もうすぐここにじっと座っているだけで命の危険すらある時間帯になるのを肌で感じていたセイジは、ハッと目を見開くと、腰を上げた。


 そして、くるりと後ろを向き、大きく息を吸った。


「おおーーーーい! そこの奴らーーーー!」


 腹の底からの大声である。

 その声に呼応するように、砂丘の向こうのほうに、小さな、本当に小さな人影が数人分、現れた。

 周りに建物などがないので、声はかなりの範囲に届く。

 その人影も、進行方向からそれる形になるセイジの声のしたほうに向き、進み始めた。


「誰かいるのかーーーー!」

「ここだーーーー!」


 かなりの距離を大声でのやり取りである。

 セイジは気付いて近づいてきたパーティーをしっかりと視界にとらえ、口角を上げた。


「なんとなく頼りないが、まあいないよりはましか……」


 聞こえないように小さく呟く。

 手を振ってそのパーティーがセイジのもとに来るのを待ちながら、少しだけ遠見の魔法陣を描いて、向かってくる人物たちの人相を見ていた。

 剣士風のこわもての狼獣人の男、人族の優男、弓を持ったエルフ族の女、もう少し小さいエルフ族の女の計4人。

 女二人はちょっとクリアが難しいが、男二人は何とかなりそうだったけれど、あたりダンジョンだった場合はちょっとヤバいな、と冷静に判断する。

 まだ距離が遠いこともあり、セイジはどうするかな、と少しだけ逡巡した。

 しかし、実際一人では絶対に入ることのできないダンジョンが目の前にある。

 しっかりと手助けすれば何とかなるかと判断し、その場にとどまり向かってくるパーティーを待った。

 

 セイジと合流したパーティーは、一つのパーティーではなく、実は2人ずつのパーティーが意気投合し、一緒に夜の砂漠の魔物を狩って経験値を積もうとしているところのようだった。


「ところでこんなところで一人で、何してるんだ? 見たところ魔法使いみたいだけど、迷ったのか?」


 獣人の男がだいぶ砂にまみれたセイジの格好を見て、眉を寄せる。


「迷子じゃねえんだけど。ちょっと助けてほしくて」

「あたしたちでよければ」

「いいよ。困ったときはお互い様だもんね」

 

 女の子たちが、笑顔でセイジの言葉を軽く了承する。

 それに、男二人が難色を示した。


「迷子じゃねえなら、こいつこんなところ一人で怪しくねえか?」

「でも困ってるって」

「ニーナちゃんは優しいから。でも男はみんな狼なんだぜ、俺みたいによ」


 狼の獣人がニヤリと笑って自分を指さすのを、セイジは目を細めて見ている。

 昔読んだ本の中の獣人は、もっと寡黙な種族だったはずなんだけどな、と思いながら。

 人族の男に「そのネタもう飽きたから」と突っ込まれ、ようやくセイジは口を開くことが出来た。


「一緒にちょっと行ってほしいところがあるんだけどな」


 男二人が、「ん?」と怪訝な顔をする。


「なんだよ怪しい話かよ。俺らここにレベル上げに来たんだけど、それより重要な話か?」


 重要、と聞かれ、セイジは首を捻った。自分にとっては重要だけれど、目の前の人物の言う「レベル上げ」というものをこよなく愛する異邦人からしてみたら、ちょっと知らないやつとダンジョンに入るより、レベル上げのほうが重要かもしれないからだ。 


「それは、人によると思うけど。ちょっと俺とダンジョン探索を一緒にしてくれねえかなと」


 セイジは言いながら、これじゃまんま怪しい奴だよな、と少しだけ肩を落とす。

 でもここで了承してもらえなかったら、またいつ通るかわからない冒険者をここでずっと待つことになるんだと思うと、少しだけうんざりしていた。


「ダンジョン……」


 しかし、セイジの一言で、2組のパーティーの顔色が変わった。

 もしかして、とエルフの女の一人が口を開く。


「ダンジョンサーチャー……?」

「まさか、こんなところに……」


 その言葉に、セイジを含めた全員が黙り込む。

 こんな通りすがりの異邦人にまで自分のことが知れわたっていることに、セイジは少しだけショックを受けていた。

 もっと秘密裏に、こっそりと活動したかったからだ。

 それが、こんなまだまだ頼りないパーティーにまで知られてるとは、とさっきとはまた違った意味で肩が落ちる。


「『高橋と愉快な仲間たち』と消えてから行方が分からなかったとか掲示板では書かれてたけど、砂漠で迷ってたんじゃ仕方ねえよな」


 はは、と嘲るように優男が嗤う。

 やめなよ、と女の子たちに注意されても、狼獣人と優男の視線は少しだけ嫌なものが含まれていた。


「一緒にダンジョンに入ったら、オーブくれるんだって? イイよ入ってやるよ」

「そう思ってたけど」


 ニヤニヤする優男に向きなおると、セイジはまっすぐ目を見ながら、口を開いた。


「なんか、ちょっと考えさせてくれ」

「なんだと?!」


 セイジの言葉に、優男が腰のレイピアを抜く。


「せっかく一緒に行ってやるって言ってんのに、何言ってんだよふざけんな!」

「NPCのくせに生意気な!」


 狼獣人もそう言って腰の獲物を抜いた瞬間、二人の体は後ろに弾き飛ばされた。

 10メートルほど飛ばされ、砂まみれになりながら立ち上がると、さっきまでとは全く違う表情のセイジがそこにいた。


「ふざけんな。誰がNPCだって?」


 砂まみれの二人が、その言葉に驚愕する。


「えっ?! ってじゃあプレイヤー? ってことはダンジョンサーチャーじゃなかったのかよ?!」

「嘘、俺らの勘違い?」

「プレイヤーってなんだよ。俺はしがない魔導士だけど。でも、もうお前ら二人には頼まねえからさっさと消えろよ」


 一連のやり取りを、隣にいた女二人が黙って見ている。

 というよりも、セイジの手元に見とれていた、という感じだった。

 セイジの繰り出す魔法陣がとても珍しく、そして綺麗だったのだ。

 

 異邦人の中の魔法とは、その魔法をまず体得し、そして頭に描き、その魔法の名称を口に出すことで発動され、その都度体の中の魔力が消費される。

 大事なのは、その魔法を体得していること。それが出来ていないと、魔法は発動しない。そして、体内魔力が低くても魔法の発動は難しい。例えば、炎の玉を想像して「ファイアボール」と口に出せば、その魔法を体得している者はそれだけで発動することが出来る。もし想像力が乏しかったら、それを補うための詠唱をしないといけない。


 魔法陣で魔法を発動するなど、今まで聞いたことも見たこともなかったのだ。

 二人は意気投合したパーティーが飛ばされることよりも、魔法陣のほうが気になっていた。


 セイジの指がまたも魔法陣を紡ぐ。

 途端に、男どもとの間に、砂の壁が出来上がった。

 次の瞬間、セイジに手を差し出される。


「もし手伝う気があるなら、掴まれ」


 掴まれと言われても、仲間を飛ばされたばっかりだし信用できないし、と思ったのは一瞬だけだった。

 その時見たセイジの表情が、まるでいたずらっ子がいたずらを見つかって小言を言う母の後ろでベロを出してるような顔に見えたので、思わず二人ともセイジの手に掴まっていた。

 楽しそう、と思ってしまったのだ。


 砂壁の下、二人は差し出されたセイジの腕に掴まった。



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