58、最悪のトラップ
「ユーリナ、こういう罠の解析ってのは出来ねえのか? 今まで解除してきたどの罠と同じ種類なのかとか」
セイジが問うと、ユーリナが困った顔をして「そんなこと……」と無理よ、と口だけが動き、ユーリナの目が見開かれる。
「あ、嘘、出来る。ちょっとやってみるね『罠解析』……って失敗。まあそうよね、レベル低いし。『罠解析』あ、また失敗。レベル上がったけど、解除レベル58で解除できないトラップをレベル2で解析しようなんて思うほうがおかしいのよね。ごめん、力及ばず」
申し訳ない、と項垂れるユーリナに気にすんな、と返すと、セイジは唸った。
壁の光は二本停滞している。ここと、他のどちらかが手こずって先に進めていないということだ。
セイジは顔を上げると、隣に立って壁を見ていたマックに声を掛けた。
「こういう時ってあのなんだっけ、ちゃっととかいう念話は出来ねえのか?」
あの念話なら状況把握できるだろ、と見下ろすと、マックは少し宙を操作して、すぐ手を下ろした。がっくりと肩を下げて、首を振っている。
「チャット機能は封印されてます」
「封印?」
「使えないみたいです。だから連絡が取れません」
便利だと思ってたけど、案外不便だな、と気落ちしたマックに大丈夫だと声を掛けて宙に魔法陣を描いた。
クラッシュに教えた念話の魔法陣を、二人同時に出来るようにするには。
頭を回転させて、途中の古代魔道語を変えて描く。
魔法陣が宙に光ったので、セイジは「アル、エミリ」と声を掛けてみた。
『お、なんかセイジの声が聞こえたぞ』
『セイジ? どうしたの?』
二人から返答が来て、魔法陣が成功したことを確認したセイジは、「状況が知りてえ」と口に出した。
『俺んところはさっきから変なの三匹と戦ってる。こいつら異邦人みてえに倒しても倒してもすぐ復活しやがるんだ。しかも物理攻撃があんまり効かねえと来てる。なかなかに神殿は手厳しい』
『今のところ順調よ。でも出てくる魔物、ほとんど魔法攻撃が効かないのよ。だから私と海里ちゃんで先頭に立って進んでるわ。問題はないわね』
「わかったサンキュ。こっちはトラップだらけでユーリナ一人が奮闘中だ」
『セイジは見物か』
「ああ、俺は専門外だからな。でもま、流石に一人に任せてんのもあれだし、やるかね」
『頑張れよ』
『気を付けて』
通信が途切れると、セイジはふらりとユーリナの方に向かって行った。
トラップ解除は力技で行くことになった。
セイジが防御の魔法陣を飛ばし、そのトラップを物理的に作動させて排除する。
危険だったが、スムーズに解除できない今、それが一番手っ取り早かった。
セイジが物理防御の魔法陣をトラップまわりに飛ばすと、ユーリナがそれに呼応するように矢を射る。一応「リリース」と罠解除のスキルは使うけれど、一つ目の罠はやはりというか失敗し、防御魔法陣の中で爆発した。
残り二つ、とセイジがもう一度魔法陣を飛ばす。
壁に付けられたカンテラを魔法陣が包むと、先程と同じ流れでユーリナが矢を射る。
カツンと音がしてカンテラに矢が刺さり、壁から取れたカンテラが地面に落ちる。
途端にそこから黒い靄が防御魔法陣を越えてブワッと吐き出された。
「やべえ、魔法陣すり抜けて来やがった……」
瞬く間に広がった黒い靄は、逃げる間もなくセイジたちを包み込んだ。
途端にセイジの身体の中に鋭い痛みが走る。それと同時に倦怠感が身体を襲う。
頽れそうになりながら黒い靄の晴れた周りを見ると、クラッシュが地面に倒れているのが目に入った。
「クラッシュ……! どうした、クラッシュ」
痛みを我慢しながらクラッシュに近寄り、抱き起こして頬を叩くが、クラッシュは意識がなかった。
「『複合呪い』とステータスに書かれている。複合呪いなんて物もあるんだな。クラッシュは大丈夫か?」
自身も立ち上がれそうもない状態で、ヴィルがクラッシュの心配をする。しかし、セイジはヴィルの言葉を聞いて呪いとは別に眩暈がしそうだった。
『複合呪い』。それは、教会の中で聖魔法を極めた者だけが解ける重複した呪いだった。今はもう、複合呪いを解ける聖魔法使いはいない。
呪いの痛みだとしたら、ハイポーションでも治らないだろうな、とセイジはギリ、と奥歯を噛み締めた。
「くそ痛え……。よりによって一番ヤバいの来てねえか……? 解呪とか出来るやつ、もういねえだろ」
「あたし「不幸」と「魔香」ってなってるんだけど。「魔香」ってアレだよね。魔物が好きな匂いを出す奴だよね!? ここ、魔物いないよね! 魔物が出る状態だったら、あたしすっごく魔物にとっていい匂いしてるよね! ちょっとどんだけ酷い呪いなの……!」
ユーリナが天を仰ぐと、ヴィルが「ディスペルハイポーションは持ってきたんだが」と瓶を取り出した。
それを見てセイジが首を振る。
「ヴィル、それじゃ複合呪いは解けねえよ。クラッシュの店で買ったんならランクBだろ」
ディスペルハイポーションが店に出始めた当初、セイジは一本買い取って鑑定をしていた。ランクBは「呪いを解くアイテム。複合呪いは解けない」だったはず。そして、どの街の店で売っているディスペルハイポーションも、最高ランクはB。セイジはギリギリと絞られるような痛みを発する腹を手で押さえながら、今後はこの状態で目的の物を探さないといけないのかと、少しだけ絶望感に包まれた。
すると、マックが立ち上がり、カバンから瓶を取り出した。説明をしたいんだろうけれど、声が出ない呪いなのか、口だけが動いている。
マックは皆の目の前でその瓶を一気に飲み干すと、視線を動かして、「よし」と声を出した。
「大丈夫ですよ。『複合呪い』ならすぐ解呪できますから」
にこやかにそう宣言したマックに、セイジは目を剥いた。
渡された瓶を飲んだ瞬間、気を抜くとのたうち回りたくなるほどの激痛だったはずの腹が、スッと楽になった。そしてすべてのやる気をそぐほどの倦怠感も、綺麗さっぱりなくなった。
解呪された、ということだ。
ありえない。ありえなかったが、実際に身体はしっかりと治っている。
「マジかよ……。一瞬で呪いが消えやがった」
信じられない思いでセイジが呟くと、ユーリナも驚いたように宙を見ていた。
「ほんとだ。複合呪い、消えたよ。複合呪いに掛かったら一番初めにやることは「諦めること」だって前に勇者に言われたことあったのに」
しゃがみこんでいたヴィルも、呪いが消えたのかスッと立ち上がった。
マックはセイジの前にしゃがみ込むと、セイジが抱え込んでいるクラッシュの身体にもディスペルハイポーションを掛けた。
すると、ピクリとも反応しなかったクラッシュの目が、ゆっくりと開いた。
「あ、れ? 何で俺セイジさんに抱えられてるの……?」
「呪いは消えたか?」
「呪い……? あれ、呪いだったんですか? 一瞬で目の前が真っ暗になって……」
「よりによって複合呪いだったぜ……魔物が出るより本来は厄介だったはずだ」
クラッシュはセイジの言葉に目を剥いた。「ありえない」と呟きながら、もう一度自分の身体を見下ろす。
「ありえねえよな。ははは、普通はありえねえ。でも、マックがいきなり解呪アイテム出してきやがった」
セイジの言葉に、クラッシュは目の前にいたマックの腕をガシッと掴んだ。
そして、マックをじっと見ている。言いたいことが沢山あるけれど、言葉が出てこないと言った様子だった。
マックはその視線をどう思ったのか、さらにカバンから瓶を二本取り出して、クラッシュに渡した。
「何かあった時用にあげる。一本は自分用、もう一本は自分で掛けることが出来ない呪いに掛かった人用。クラッシュの店に卸してもいいけど、高濃度魔素の水で作ったランクS聖水を使ってるから、作れる人は殆どいないと思うよ」
「いやいやいや、卸さなくていいから! そんなのを俺の店で売ったら、教会に何言われるか」
「でも今教会は立て直しが滞ってるから、そこまで手が回らないんじゃないかな」
「逆だよ逆。今滞ってるってことは、ろくに教会として機能してないんだろ。そんなとこにこんな餌みたいなの売ってたら、絶対に教会に拉致されそうじゃん。教会のために作れって。作るのは俺じゃないなんて言ったら、マックのことを教えるまで拷問とかされてもおかしくないかもしれないじゃん」
「確かに……」
クラッシュの言葉に頷いたマックは、さらにディスペルハイポーションを取り出しながら、「じゃあここだけの秘密ってことで」と皆に二本ずつ配り始めた。
躊躇いのないその動きに、マックは今自分が配っている物がどれだけ常識外れなアイテムなのか、あまりわかっていないのかもしれない、とセイジは溜め息を禁じえなかった。




