56、祈りの言葉を
クラッシュの店に転移したセイジは、見慣れた景色に思わず盛大に息を吐いた。
先ほどまで入っていたダンジョンは本当にギリギリだったと、自分の姿を見下ろしながら振り返る。
纏っていたローブは見る影もなくボロボロだった。そのボロボロのローブから見える身体も傷だらけで、よくまあ生還できたもんだと自嘲した。
あまりにも見た目が凄かったせいか、マックがお手製の回復薬を差し出してくれたので、セイジは遠慮なくそれを手に取って、一気に呷った。
じわじわと身体の中から気力がみなぎってきて、見ている間に傷もふさがっていく。
ようやく回復したという安堵感に、セイジは思わず「やべえ死ぬかと思った……」と呟いていた。
それを聞いてしまったクラッシュが顔を顰める。
「もしかしてダンジョンに入ってたんですか? あまり無茶はしないでくださいね」
「大丈夫だって。一緒に入ったやつらも全員帰還出来たしな」
ホントですか? といぶかしがるクラッシュの頭をポン、と軽く叩くと、セイジはボロ布と化したローブを脱いだ。どう見ても補修不可能だった。
クソ高いローブだったのに、とセイジはもう一度溜め息を吐きながらそれをカバンにしまった。
改めて部屋の中を見ると、そこにはエミリとクラッシュ、マック、そして、見慣れない男が一人いた。
その顔は馴染みのある顔で、でもどこか雰囲気が違っていることに違和感を拭えない。
セイジはその男をじっと見つめて、眉をひそめた。
顔は、トレの門番をしている『幸運』にとても似ていた。しかし、雰囲気はまるで違う。セイジから見ると、目の前の男は『幸運』と比べても意味がないほどに弱かった。この男の目の前でシークレットダンジョンを見つけても、きっと声は掛けないだろうと思うほどに弱い。
首を傾げて、セイジは口を開いた。
「見ない顔だな。『幸運』……とは別人か。強さが全然違う」
セイジの視線を受けて、目の前の男はにこりと笑って自己紹介をした。
「異邦人のヴィルと申します。『幸運』の実の兄です。まだ駆け出しなので弟よりは断然弱いですが」
『幸運』の兄、の言葉に、セイジは少しだけ目を細めた。本当のことを言っているのかは判断できないが、少なくとも何か不利益があろうと、この程度の強さだったらなんとでもなる、と冷静に分析したセイジは、自身も名乗り、先ほどのクラッシュの言葉の真相を聞くことに脳を切り替えた。
「古代の神殿が見つかったって聞いたけど、本当か?」
セイジの問いに、エミリが一枚の紙を差しだしてきた。
それを受け取り、文字を視線で追う。
中には、冒険者ギルドに貼りだされる依頼のような内容が書かれていた。
『隠されし古代の神殿を制し限界突破
聖山麓に隠された古代の神殿の入り口発見
最奥の神殿にてその力を守護者に認めさせること
人数制限 3人~15人 』
限界突破が何の限界突破かすら書かれていない、走り書きのようなその紙をまじまじと見つめ、セイジは「マジかよ……」と溜め息を吐いた。
身体能力がもうこれ以上成長しない自身の身体も、この限界を突破してくれるのだろうか。それとも、身体は変わらずとも、更なる知識が手に入るんだろうか。
今度こそ、あいつを取り戻す力を手に入れることが出来るんだろうか。
紙を持つ手に、思わず力が込められた。
ただクリアオーブを探すだけの毎日。たとえクリアオーブが揃ったとしても、自身の身体はあの、屈辱的な敗北の時から変わっていない。力の代償だとはわかっていても、たまにこれでいいのか悩むときもある。
それを払しょくするような、今回の誘い。
乗らない手はなかった。
「アルも参加したいって言ってるらしいの。だから、私もクラッシュも連れて行ってもらおうと思って」
エミリの言葉に、セイジは思わず笑いを零した。
きっと、アルもエミリも同じようなジレンマを感じている。
そうじゃなかったら、こんな眉唾物のような話には乗らないだろう。
「これは、誰が参加するんだ」
目の前に立つ4人を見回し問うセイジに対してマックが答えた内容は、ここにいる4人に加え、『幸運』『高橋と愉快な仲間たち』『白金の獅子』そしてアルというそうそうたるメンバーだった。
このメンバーでシークレットダンジョンに入ったらそこまで苦もなくクリアオーブを手に入れることが出来そうだな、と考えて、セイジは思わず笑いを零していた。
改めて日取りを決めようということになったので、セイジはエミリを送るために、トレの冒険者ギルドの奥の執務室へ跳んだ。
セイジとエミリが目の前に出てきたにも拘わらず、エミリの助手はただちらりと視線を向けただけで、手を止めることなく仕事をしている。
エミリに誘われ、奥の応接スペースに向かった。
途端に出てくる暖かい茶に、セイジは軽く礼を言う。
「限界突破って、一体どの力が限界を突破するのかしらね」
自身も応接用ソファに腰を下ろして、エミリが茶に手を伸ばした。
「さあな。なんにせよ、あのときよりは強くなれるってこったろ。やってやろうじゃねえか」
「セイジもさらに強くなればいいわね」
「ああ」
「もう、あんな悔しい想いはしたくないものね」
「ああ」
ポツリと呟かれたエミリの一言は、熱い茶と共にセイジの身体の中にじわっと染み渡った。
神殿の入り口は、崖の上だった。
岩肌にただ古代魔道語で『更なる力を求めんとする者 ここに祈りを捧げ 奥の神殿にて力を示せ』と描かれている。入り口らしい入り口など、どこにも見えなかった。
ただ、文字の書かれた岩の前に、数人が乗れる程度の足場があり、そこで数人が立ち色々と入り口を開ける方法を確かめている。先頭の者が「世界を救う力を」と呟いた瞬間歓声が上がったことから、無事中に入ることに成功したらしい。
次々とメンバーがその岩に吸い込まれて行く中、セイジとエミリとアルは下からその場所を見上げた。
文字の書かれた岩に触れて、願いを口に出すと、中に入れるようになっているようで、上からはそれぞれの願いの言葉が聞こえてくる。
次々と同行人たちの願いが紡がれる中、セイジはポツリと漏らした。
「もし、もっと力が手に入るなら、今度こそサラを取り戻せるってこと、だよな」
「あの時の俺は弱かったからな。ここでさらに強くなって、若い者に負けないくらいにはならねえとな」
「私も、もっと強くなりたい。サラともう一度一緒に遊びたいのよ」
三人の頭には、あの穢れた地で、一人水晶の中で眠るサラの姿が鮮明に浮かんでいた。
今も一人、彼の地で戦い続けているサラ。
「ルーチェあなた、サラを取り戻したら、今度こそちゃんと言いなさいよ」
「何をだよ」
「好きだって。もういい歳じゃない。結婚を申し込んでもいいくらいよ」
「はぁ?! 何言ってんだよ! いい歳って、お、お、俺は永遠の20歳なんだよ!」
あの綺麗な、しかし温度のない表情を思い浮かべていたセイジは、いきなりエミリにそんな話を振られて動揺を隠せなかった。思わず口走った言葉に、エミリが笑う。
それに便乗するかのように、アルも呆れたようにわざとらしくため息を吐く。
「お前らほんと、ガキ以下かよ。好きになった女は即落としに行かねえと。人生いつ何があるかわからねえんだからな」
軽く言うその言葉は、なぜか思った以上に重く響いた。
だからこそ、今、横にサラはいない。心に突き刺さる言葉だった。
「……くそお前ら、既婚者だからって勝ち誇ったような顔をしやがって」
「だって私たちは心に素直だもの」
「見初めた女は逃さないのが信条だ」
いまだに見初めた女を溺愛しているアルの真顔の言葉に、セイジが「はいはい」と返す。
そして、すべての人が消えていった岩肌をもう一度見上げた。
もし、力が手に入ったら。今度こそ二人の言うように、離しはしないと、ぐ、と手を握りしめる。
「……わかってるんだよ。今度こそ絶対に失敗しねえ。絶対にだ。そして、サラを」
ギリ、と奥歯を噛み締めたセイジは、手の力を解いて、ふと目を閉じた。
「サラを救える力を」
その言葉は、まぎれもない三人の叫びにも似た祈りの言葉だった。




