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54、『鍵は鍵にあらず希望刺すもの』


 嫁さんの顔を見ていない禁断症状が出そうだというアルと、仕事が残っている副団長を置いて、セイジたちはクラッシュとマックも連れて、高橋の言っていた古代遺跡に行くことにした。『白金の獅子』とクラッシュ、そしてマックまで行きたいと手を挙げたからだ。

 マックに貰った、これまた恐ろしいほどの効能のマジックポーションを煽ると、一気に身体に魔力がみなぎる気がする。一本じゃ足りないんじゃないですか、ともう一本差し出してくれたマックのそれを断ると、セイジは大分マシになった体調で全員を連れて高橋の言っていた古代遺跡に跳んだ。


「ここら辺はまだ歩いてなかったな……」


 遺跡前に出たセイジは、辺りを見回しながら呟いた。

 辺境街から北に向かい、そこから少し東に逸れたところに、古代遺跡はあった。

 そこだけがぽっかりと森が開けていて、中央にレンガが敷かれているその場所は、認識阻害の仕掛けが施されているのか、注意深くその場所を意識しないと、途端に視界を森に塞がれてしまう。道理であれだけ森を歩いても見つからないわけだ、とセイジは溜め息を飲み込んだ。

 レンガには『中央に鍵となる物を刺せ』と古代魔道語で書かれており、中央にほんの少しのレンガの隙間があった。普通に見ると、レンガの組み方が下手くそな者が組んだようにしか見えないが、確かに意図的に隙間を開けているようだった。

 周りを見ていたクラッシュが、少しだけ離れた場所に書いてある文字に気付き、それを読んだ。


「ここに『鍵は鍵にあらず希望刺すもの』って書いてありますよ」


 その言葉で、さらに頭を捻ってしまう。鍵じゃない、鍵。レンガのずれに刺し込める薄いもの。

 鍵じゃない鍵、とセイジが考えていると、後ろから覗き込んできた月都が「何か剣でも刺せそうな形だな」と何気なく呟いた。

 それに反応したガンツが、「剣……短剣?」と手持ちの短剣を出してきて、宛がってみる。しかし、その短剣は幅が広すぎて、レンガの間には刺さりそうもなかった。


「それじゃちょっと太い。もっと細い短剣とかじゃねえか?」

「でもこれが一般の短剣だぜ」

「誰かもっと細い短剣持ってる奴は?」


 剣を無理に刺そうとしたり、他の剣で試してみたりしていると、後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、マックが首を傾げつつも、心当たりがあるようだった。


「前にセイジさんたちと一緒に行った場所にあった短剣が、もしかしたら……」


 というマックの言葉に、セイジとクラッシュが顔を見合わせた。

 トレの近くで、川底に隠れていた洞窟。あの蘇生薬の研究施設のことを二人は即座に思い出していた。


「そこで装備品を持ち帰ったって言ったじゃないですか。もしかしたら、一緒に持ち帰った短剣が、これくらいの薄さかなって思って」

「それは今どこにある?」

「トレの俺の工房に」


 マックの言葉に、セイジは思わず笑いがこみ上げて来た。

 こんな偶然あっていいのか。いや、もしかしたら、自分もマックの隣にいた『幸運』の恩恵に与っているのではないか。ふとマックを見ていると、そう思う。

 『幸運』がいると、喉から手が出るほど欲しい時に、まるで歯車がピタッとはまる様に綺麗に欲しい物を手に入れることが出来る気がする。かといって欲を出すと、それは手に入らないどころか、どこかへ逃げてしまって、手痛いしっぺ返しを食らってしまう。セイジは今日もまた歯車が噛み合い、動き出したのを感じていた。

 

 マックを連れてトレのクラッシュの店に跳んだセイジは、工房に取りに行くというマックを待っている間、本棚を見て前の研究施設のことを思い出していた。

 一人の女を生き返らせるために、研究をしていた男。今回の遺跡もまた、その男に関係のある物なのかもしれない。

 蘇生薬は生成成功したのだろうか。

 セイジは、湧き上がる期待を落ち着けるように、息を吐いた。

 戻ってきたマックの持つ短剣を見せてもらうと、確かにその短剣はさっきのレンガの隙間にぴったりと入りそうな形状をしていた。

 しかし、見るからに朽ちているその剣は、少しでも力を込めると途端に壊れそうなほどの見た目をしていた。

 でも、とセイジは確信した。これだ。

 あの施設にあった物が鍵ということは、今から行こうとしているところも、蘇生薬の研究施設ってことだ。

 セイジは短剣に向かって「頼むぜ」と小さく呟くと、それをマックに返して、手を差し出した。


 マックが、レンガに短剣をゆっくりと刺していく。

 まるでしつらえられた鞘の様に、短剣はぴったりと隙間に収まった。

 瞬間、レンガが二つに割れ、その上に乗っていたマックが消えた。

 

「マック!」


 慌てて中を覗き込むと、かなり深い穴の中、マックの手が光り、何かを描いた。次の瞬間、マックはクラッシュの上に転移していた。咄嗟に、転移の魔法陣を描いたらしい。

 潰されたクラッシュ以外が胸をなでおろしていると、開いた入り口に『高橋と愉快な仲間たち』が飛び込んでいった。

 

「おーおー。元気だねえ。さっきまであれだけひーひー言ってたのに。しかも躊躇いなく突っ込んでいきやがった」


 若い異邦人たちの行動に苦笑していると、マックが中を覗き込んで飛翔を使って降りている『高橋と愉快な仲間たち』を羨ましそうに見ていた。



 しばらく下の方に移動すると、今度は横に向かって移動する通路になった。その通路を躊躇いなく進む。

 高橋たちもテンション高く足を進める。しばらく進むと、細い横穴から少しだけ広い場所に出た。そこにも、最高に燃費の悪い魔法陣が描かれている。

 まさに前に見た転移の魔法陣と同じ術式に、セイジは思わず口元をくっと持ち上げた。

 魔法陣に描かれた行先を覚えて、自分の構築した魔法陣を繰り出す。すると、壁に描かれた魔法陣の上に、その魔法陣が上書きされた。

 そのままそこにいたメンバーで中に転移すると、やはりというか、そこは、蘇生薬研究施設だった。


 散乱しているメモに手を伸ばし、内容を見て、落胆する。

 ここでも蘇生薬は完成しなかったようだ。片っ端から紙切れを見ていると、奥の方で誰かの騒ぐ声が聞こえたので、セイジはそっちに足を向けた。


 そこには、獣人の骨と思われるものが、透明な棺に入れられて、置かれていた。

 そうか、とセイジはその遺骸を見て目を伏せる。

 ここの持ち主は、この獣人を生き返らせたかったのか。

 その棺の遺骸が、水晶の中に入った愛しい人の姿と重なって、セイジはしばらくの間、その場を離れることが出来なかった。



 心の奥から湧き上がった感情を押し殺すと、今度は純粋に獣人の骨に対する興味がわいてきた。

 遺骸のすぐ横には、魔力を貯めておける魔石が置いてある。遺骸の保存のために使われたと思われるその魔石は、すでに魔力も尽き、すっかり空になっていた。

 横から覗き込んできた錬金術師が遺骸を痛ましそうに見ていたので、セイジはその空の魔石を拾って手の上に乗せて錬金術師に見せた。

 

「これでこの骨の遺体を保護しようとしたみたいだな」


 周りで覗き込んでいたメンバーたちも、セイジの手のひらの魔石を見て感心したように声を上げた。

 もしもっとたくさんの魔力を持った魔石を使っていたら、きっと今もこの遺骸は骨じゃなくてまるで眠っているような状態のまま保存されていたはずだ。

 でも、遠い地に眠る彼女はまだ生きている。だから、この遺骸とは違う。生きているから、きっと助けることが出来る。

 セイジは自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返した。

 もしも、この獣人も同じような状態でこの棺に入れられていたら。蘇生薬が完成していたら。たらればを言い出すときりがないのはわかっていたけれども、セイジは未完成の蘇生薬レシピの断片をひらりとかざした。

 彼女が無事またあの綺麗な二つの目で自分を見つめる日が来ることを祈る様に、ただセイジはレシピ片手に遺骸の前を動けないでいた。


「ああ、惜しい。もう少しで蘇生薬が出来るところまで来てたのに」


 ふと耳に入ってきたマックの言葉に、セイジはハッと顔を上げた。

 今、この錬金術師はなんて言ったんだ。

 心臓が跳ねた気がした。それを落ち着けるようにゆっくりと瞬きしてから、セイジはマックを見下ろした。

 マックは、まっすぐセイジを見上げていた。


「この中途半端なレシピには、あと二つ素材が足りないんです。蘇生薬には、この大陸にはない素材が必要なんです」

「レシピ……は、もう、知ってんのか……?」

「はい」


 セイジの問いにまっすぐ答えたマックに、セイジは思わず縋りつきたくなって、ぐっと拳を握って堪えた。

 蘇生薬は、目の前だった。この年若い錬金術師に一縷の望みをかけたのは間違いじゃなかった。彼もまた、ここにいるアルの弟子同様、これから先のキーマンになるだろうという確信めいた予感が、セイジの中で湧き上がってきた。


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