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53、新たな行き先


「何でこんなところにいるんだ?」


 驚いたようにセイジの名を呼ぶクラッシュに、セイジが首を傾げる。

 ここは辺境の、しかも騎士団長執務室だ。

 普段はそこにいる眉間に皺の寄った副団長だけがひーひー言いながら書類をまとめているところのはずだ。

 それがアルがしっかりと執務室にいて、しかもマックとクラッシュ相手に何かをしている。

 ふとテーブルの上を見ると、見慣れないポーションが置かれていた。

 

「マックとアルさんを連れて来たんですけど、もしかしてセイジさんは……ダンジョンに?」


 心配げに顔を歪めるクラッシュを安心させるように、セイジは訝し気な顔を一転、口元をくっと持ち上げた。


「ああ。あたりだった。5個目が手に入った。クラッシュ、戦利品持ってくか? たんとあるぜ」

 

 セイジがカバンを開けようとする。魔物の遺す物は魔物を倒した瞬間になぜか自動でカバンの中に収められているので、拾う手間もなく手に入るのだ。セイジのカバンは空間拡張の魔法陣を付けているのでほぼ無限に入るせいか、さっきのドラゴン系のほぼすべての素材がさほど膨らんでいるようには見えないカバンの中にしっかりと収められていた。

 エミリに子ども扱いしないように言われたばかりなのも忘れて、セイジは早速そのカバンを開けて魔物の落とした物をクラッシュに渡そうとした。瞬間、クラッシュに「この机も魔物臭くするつもりですか!」と怒られてしまい、つい苦笑してしまう。買い取るとまで言われて、セイジは少しだけ寂しく思いながらカバンから手を離した。

 高橋とマックが挨拶をしている間、セイジは気になっていた薬をそっと鑑定してみた。

 そして、思わずあんぐりと口を開けてしまう。


 それは、今までにない高効能のポーションだった。

 

「なんだこりゃ。すげえ……。クラッシュの所で売り出し始めたのか?」


 思わず手に取ってしげしげと眺めてみる。市場に出ているハイポーションなど目じゃないその効能は、売りに出たらポーションの市場が変動するほどの物だった。


「俺の所では扱ってないです。マックしか作れないので、ちょっと市場に流すのは時期尚早なんですよ。もちろん、たくさん出回る様になったら一番にマックに納めてもらう気満々なんですけど」

「マックが?」


 クラッシュの言葉に、クラッシュの横で『高橋と愉快な仲間たち』と話をしているマックの方を向いた。

 相変わらず頼りなさげな風貌で、全く凄腕の薬師に見えない彼は、しかし、腕は相当な物だということをセイジは認めていた。

 ふと、マックと目があった。マックはセイジの視線を受けて、小さく頷いた。


「でもそれがここにあるってことは」


 瓶を置き、セイジはアルの肩に腕を置いて、顔を覗き込んだ。


「アル、これを仕入れることにしたのか。そうだな、これなら今まで回復しないままで思ったように力を揮えなかったやつらが、今まで以上に魔物を狩ってこれるよな。それを売れるから、ここもようやく極貧から抜け出せるじゃねえか! 王宮にはランクの低いボロボロの戦利品を献上しときゃいいと思うぜ」


 ニヤリと笑ってセイジがそう言った瞬間、アルの肩が震えた。笑っているようだった。


「クラッシュと同じこと言ってんじゃねえよ」

「クラッシュもそんなこと言ってたのかよ。さすが、商人の鏡だね」

「お前も発言があこぎな商人ぽいぞ」


 くくくと笑うアルの肩をトン、と叩いてアルから離れると、アルは笑いを納め、セイジからその薬を受け取った。

 それを机に戻して、マックの方を向くアルは、かなりの数をマックに注文していた。




 それにしても、とセイジは戻ってきた面々に視線を向けた。

 皆、見る影もないほどボロボロだった。

 かといって回復用のアイテムもすでになく、そろそろ解散か、というところで、マックが目の前の高効能のポーションを取り出してガンツに飲ませていた。恐る恐る口を付けたガンツは目を見開いて「美味い」と一言つぶやくと、一気飲みした。その時にガンツが呟いた回復量があまりの非常識だったため、セイジは溜め息を吐いた。


「なんつーもんを作るんだ」

 

 思わず呟くと、マックはスッと真剣な顔になり、まっすぐにセイジに視線を向けた。

 一度くっと口を引き締めてから、口が開かれる。


「でも、まだ蘇生薬には手が届かないんです。もっと腕をあげないと」


 マックは悔しそうにつぶやいた。

 前にセイジがダメもとで蘇生薬の生成を頼んでみたのを覚えていたようだった。

 もともと手に入るかどうかもわからない物だったのを、真剣に考えてくれているマックに、セイジは思わず顔を綻ばせた。

 あれば僥倖、なくてもともと、そんな感じで探していたのだ。一人の異邦人であるマックにどうこう出来るとはそもそも思っていなかった。


「俺はまだあと二つクリアオーブを見つけないといけねえ。それが揃ったとしても待つ時間が少し増えたくらい、俺にとっちゃ全く変わりねえ。だからそんなに思いつめるのはなしな」

「でも」

「でもじゃねえよ。それにな、オーブが手に入って、マックが蘇生薬の生成に成功したとしても、まだそれだけじゃ万全じゃねえんだ」


 セイジは視線を下に向けてしまったマックの頼りなげな頭に、思わず手をポンと置いた。視線の下にある頭は、まだ彼が子供だということを伝えている。

 

「万が一を考えねえとな。とんでもない事態を引き起こして、後悔ばっかりになっちまうから」


 マックに言い聞かせるより、セイジは自分に言い聞かせていた。

 そう。あの時みたいにとんでもない事態を引き起こして、今もずっと後悔している。二度とそんなことにならないように、万全を期して向かわないと、次はきっとない。

 それだけは確信している。

 アルもセイジの言葉に何かを思い出したのか、皮肉気に口元を歪めていた。



 

「蘇生薬に、残り二つのクリアオーブ……気が遠くなりそうだぜ」


 セイジがアルの背中に寄りかかって呟く。アルはそんなセイジを突き放すことなく、「全くだな」と同意した。

 こいつらなら、と育て始めた目の前にいる二組のパーティーはしかし、まだまだアルにも遠く及ばない実力にしか育っていない。

 もっともっと、自分を翻弄するくらいに強くなってもらわないと、そもそも魔大陸の雑魚魔物に殺されて終わってしまう。

 本人たちに能力向上の意志もあるし、アルの扱きに嫌がるそぶりも見せないが、アルにとってもまだまだ時期尚早だった。


「せめてこいつらが俺をめっためたのぎったぎたに出来るくらいになってくれりゃあな……」

「お互い、難儀だよな……」

「多分、エミリも同じことを思ってるぜ。あっちの方が新人から育ててるから大変じゃねえのか?」

「まあ、そうだよな」


 背中を合わせたままの二人は、同じように溜め息を呑み込み、同じように苦笑した。



 そろそろお暇するか、と背中をアルから離した瞬間、周りにいた異邦人たちが面白いことを言い始めたのがセイジの耳に入ってきた。


「古代魔道語を覚えたい?」


 だから教えてくれ、とアルの弟子たちが頭を下げた。

 古代魔道語か、とセイジは内心驚く。今はほぼこの国に出回っていない言語は、しかし魔法陣には欠かせない言語だった。

 

「ってかなんで古代魔道語なんて覚えたいんだよ」

「だってここ、古代魔道語使った仕掛けが結構あるだろ。この間見つけたのに古代魔道語わからなかったから気になってよ」


 高橋が軽くそんなことを言う。

 実際にはそこまで古代魔道語を使った物は多くはない。

 前にそこにいるマックとクラッシュとエミリで向かった研究室や、古い遺跡に少しだけ残っているくらいだ。

 それが、高橋が遺跡を見つけて、そこに古代魔道語が描かれているとは。

 もしかして、とセイジは顔を上げた。

 そこに追い打ちの様にアルが言葉を添えた。


「そういやあったな。朽ちた遺跡。セイジが良く使ってる言語が書かれてたんだが、俺は全く読めねえからそのまま帰ってきたやつか」

「アルも見たのか」

「ああ。『高橋と愉快な仲間たち』を連れてそこら辺を散歩してた時に見つけた」

「そういうのは見つけた時に教えろよ……!」


 悪いな、と全然悪びれずに謝るアルの背中に拳を一つぶつけてから、セイジは高橋に声を掛けた。


「それがどこか案内してくれたら古代魔道語教えてやるよ」

「え、マジ? もちろん案内する!」

 

 すぐに乗ってくれた高橋に、セイジは小さく息を吐いた。今度こそ、蘇生薬に近付けるのか、それとも違う物が出るのか。

 有意義であってくれ、とセイジは今までの無駄足を思い出しながら願うのだった。

 


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