51、後がない戦い
「らちが明かねえ! 範囲魔法使うからその都度逃げろ!」
「無茶言うなよ!」
なかなか衰弱しない目の前のボスドラゴンに痺れを切らせたセイジが前衛に向かってそう叫ぶと、高橋がすかさず言い返す。しかしすぐにセイジの前に魔法陣が描かれ、「避けろ!」という警告と共に、前衛は実にタイミングよく避けることに成功。セイジの放った特大炎の嵐は5つの頭のブラックドラゴンを包んだ。炎の中から咆哮が聞こえ、地面が震えたと思った瞬間暴風が吹き荒れた。その暴風ですぐに炎を払ったドラゴンは、赤い10の目をセイジに一斉に向けた。
「セイジ!」
「大丈夫だ!」
ドラゴンが息を吸う動作をすると同時にセイジの前に魔法陣が浮き上がる。
「攻撃しろ!」
一斉に五本の頭がブレスを吐く。そのブレスはセイジの前の魔法陣に大半は散っていく。
それを好機と見た前衛陣がありったけの力で技をドラゴンの身体に向かって放った。
ドラゴンがブレスを終える時には、HPバーは黒から白に変わっていた。
「白いHPバー安心するわね!」
「あのなぁ!」
ニッと笑いながら海里が地面を蹴る。高橋の肩を踏み台にして、宙に身を躍らせた。
「風の聖霊よ! この身を宙に運べ! 飛翔!」
跳んだ状態で海里が飛翔の呪文を唱える。そのまま浮いた身体を天井まで飛ばし、天井を蹴ってその勢いでドラゴンの背中に剣を揮う。
海里がドラゴンの背中に届く直前にドレインの攻撃強化のバフがかかり、海里の身体が一瞬光輝いた。
「ドラゴンスラッシュ!」
海里のスキルが猛威を振るう。もともとドラゴン系に対して倍の威力を発揮するスキルだったが、急所に当たったらしく、クリティカルが出て、HPバーが一気に減った。
双剣をクロスさせて切り抜いた海里は、地面の足を着けるなり横に跳んで、そこに飛んできたドラゴンのブレスを躱した。
その間に、ガンツの槍がドラゴンの首を一本貫通する。またも一気にHPバーが減り、他のドラゴンの頭によってその頭は食べられてしまった。
その間にもセイジの魔法陣魔法が炸裂し、前衛は必死でそれを避ける。
二本目の頭を食べ終えたドラゴンの身体が淡く光り始め、ぐわっと空気が重くなる。
頭が4本になったドラゴンが、一斉に頭を上げた。
『ガァアアアアアァァァァア!!』
圧力が重なるような咆哮が放たれる。
ズン、と身体が重くなった。
セイジがちっと舌打ちする。腕が重い。そして、足が重かった。
皆が皆その重圧を感じているようだった。その隙に、ドラゴンの尻尾がひと薙ぎされる。かるく振るわれたように見えた尻尾の一撃は、しかし相応の重さを持って、攻撃範囲内の者たちを薙ぎ飛ばした。
「っつうう、効く……、回復アイテムもうないんだから勘弁しろよ……!」
膝をついて立ち上がった高橋が大剣を構えながらひとりごちる。
「ヤバいな。また硬くなっていそうだ……」
槍を構えたガンツも、顔を顰める。
「安易に首を攻めちゃダメってことでしょ」
辛うじて攻撃範囲外だったドレインが、回復魔法を飛ばしながら呟いた。もちろん、あの首が邪魔で身体に殆ど攻撃を加えられないのは後ろから見ていてわかっている。そして魔法もあまり効かないから、魔導師系が力を発揮できないのも。ドレイン得意のデバフも全くドラゴンには効かないのが歯がゆかった。ゆえに、ドレインはすっかり回復要員と化している。しかしそれもMPが尽きるまで、という残り少ないわずかの時間だけなのもわかっていた。
前衛もさらに硬くなった鱗をどう攻略するかいまいちわからず攻めあぐねていた。背中に弱点があったのはわかったけれど、そこまでたどり着くのは、かなり難しいのもわかるせいか、無謀に挑戦していってHPを減らすと逆に致命傷になりかねなかった。
迫りくる牙を大剣で弾き、仰け反ったところにスキルをぶつける。高橋の大剣をしても、首への攻撃はなかなか削れなかった。
ガンツも果敢に槍で応戦するが、先ほどは貫通した槍ですら、なかなかHPを削れなくなってしまった。
「くっそ、『ドラゴンクラッシュ!』」
月都の対ドラゴンスキルも飛ぶが、やはり削れる量はそこまで多くはない。
もはや手はないのか、とセイジが次々魔法陣で攻撃魔法を飛ばしながら考えていると、「ああクソ!」と吐き捨てた高橋がドラゴンに向かって突撃していった。
「全然使ってねえ初期スキルだけど!」
両手に持った大剣でドラゴンの首を弾き飛ばしながら、ブレイブを呼ぶ。
「ブレイブ! 5秒だけ、俺に攻撃が当たらないようにしろ!」
「無茶言うなよおい!」
高橋の無茶振りに苦笑しながらも、ブレイブは残り少ないMPを矢に変え、高橋に攻撃を加えようとするドラゴンの顔に100%の確率で矢をヒットさせた。矢が当たるとドラゴンの顔が少しだけ逸れる。高橋はその間、ドラゴンの間近でじっと構えていた。
5秒後、高橋の大剣が仄かに光る。
「うっしゃ、貯めおっけ! 『防御破壊』!」
高橋が繰り出した剣技が、ドラゴンの胸にヒットすると同時に、パリン! というガラスの割れたような音がその空間に響き渡った。
初期のころに覚える防御力を下げるスキルだったが、繰り出す前に5秒の溜めが必要で、その間に少しでも攻撃を受けるとキャンセル、そして使ったMPは戻ってこないという使い勝手の悪さに、ほぼ死にスキルと化していた。しかも発動確率はわずか50%という低さに、覚えても使うプレイヤーは稀だった。
「今だ!」
ガードブレイクが成功した音が響いたと同時に、前衛組が攻め始めた。
さっきまでの硬さが嘘のように剣の通りが良くなり、高橋はひそかにホッと息を吐いた。
「ガードブレイクが発動するの、俺初めて見た!」
ドラゴンクラッシュをひたすら繰り出しながら、月都が高橋に向かってそう叫ぶ。
「俺も効くとは思わなかった!」
「頼りねえなあ!」
「うるせえよ! いいだろ効いたんだから!」
叫びながらも攻撃の手は止めない。この猛攻で、一気にドラゴンのHPは黄色まで削れ、落ちた首は残りの首に吸収されることなく、セイジの手によって灰に変わった。
二本になった首は、落ちた首を食べ損ねたことで強化はされなかった。
そのころには大分身体も傷ついており、二本の首の口からは、ダラダラと唾液が垂れ始めていた。
弱ってきている証拠だった。
「このまま一気に畳みかけたいなあ!」
防御力が戻ってしまい、またも剣が通らなくなったドラゴンを見上げながら、ガンツが槍を一閃する。すでに耐久値はほぼ尽きている。
そして、無造作に振り回されたドラゴンの尻尾を槍でガードした瞬間、パキン! と槍がとうとう崩れ落ちてしまった。
すぐにストックの槍をインベントリから取り出したが、明らかにランク下の槍は、ますますドラゴンのHPを削れなくなってしまっていた。
「おい高橋、もう一回ガードブレイクしろよ!」
「やってみるけど失敗しても文句言うなよ!」
「失敗するなよ!」
高橋がもう一度構えに入ると、全員が高橋から注意を逸らそうと頭を中心に攻撃を開始した。
3……4……。
『ゴアアアァアァァァアァア!』
剣が光りだす前に、ドラゴンが咆哮を放った。
そのせいで、高橋の防御破壊がキャンセルされてしまう。
見ると、ドラゴンの頭上のHPバーが、最後の一本を示す赤になっていた。
「くっそタイミングわりい……」
無防備だった高橋が、その咆哮で硬直する。
そんな隙をドラゴンが見逃すわけもなく、爪で一閃。まともに食らった高橋は、一気に後衛のほうまで飛ばされ、瀕死の状態になった。
「『麗しく聡明な風の聖霊よ、その極上の英知のすべてを使って彼を癒せ、メガヒール』っと、うわあ、もうMPないよ」
瀕死の高橋を一気に回復させたドレインは、MPがすでに底をつきかけていることに顔を顰めた。かといってMPを回復するアイテムももう使い切っている。
HPが回復して立ち上がった高橋も、ボロっと崩れた肩当てに「耐久値が……!」と顔を顰めた。
赤いバーになったことでワンランク攻撃力防御力が上がったドラゴンには、前衛の攻撃がほぼ効いていなかった。
「くっそあの尻尾邪魔! 切ってやる……! ユイ! ちょっと手伝え!」
高橋がユイを呼び、その細い腰に腕を回した。
「飛翔で俺を後ろまで運んでくれ」
「うん」
高橋に腕を回されたまま、ユイが杖を構える。飛翔の呪文を唱え、一気にドラゴンの後ろまで飛んだ。
高橋を下ろしたユイもその場で魔法攻撃を開始する。
首は前面の人たちにかかりきりだったせいか、後ろは尻尾攻撃を回避すれば何とかなると踏んだ高橋は、振り回される尻尾に狙いを定め、踏ん張った。
「硬質破壊!」
迫りくる尻尾に、とっておきにスタミナとMPを食うスキルを放った。
ドゴオオオン! という破壊音と共に、鱗に覆われていた尻尾が、鱗を宙に弾き飛ばしながら、見る影もなく潰れた。
それと共に、HPバーがぐっと減る。
それを間近で見ていたユイは、思わず呟いていた。
「高橋、それ、切ってない。潰してる……」




