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5、少しだけ世の理を知る

「まあ」


 ガンツと向き合いながら、セイジはしばらくしてから口を開いた。


「そんな簡単には使わねえな」

「じゃあなぜ俺にかけたんだ」


 険しい顔のガンツに、セイジがふっと表情を緩めた。

 こぶしでゴン、と兜を軽くたたく。


「そりゃ、使わなきゃあそこで体制崩れて勝てなかったし、それにお前らが胸の内にこの情報をしまっててくれるって信頼してるからだ」


 言外に、言いふらすなよと言われているなと感じたガンツは、張り詰めていた気をようやく緩めた。言いふらす気など全くなかったからだ。

 

「俺魔法の勉強をしてる時にちらっと読んだことあるけど、この世界の設定にある何年も前に魔王を倒したパーティーの賢者は蘇生がつかえたとかそんなことが何かの本に書いてあったよ」


 緩んだ空気は、何気なく零したドレインの言葉に、もう一度凍り付いた。

 セイジから、実際に肌寒くなるほどの冷気が漂っている。


「ふうん。ドレインは情報通だなあ」


 笑っているはずのセイジの顔が、なぜか怖い。

 ドレインは自分がセイジの琴線に触れたことに気付いたが、時すでに遅し。


「で、でもほら、何年も前って話だし! 実はセイジが賢者だったとか、そんなことを言ってるわけじゃ……!」

「本当にドレインちゃんは物知りでちゅねえ」


 重ねた言葉により、セイジの笑顔がさらに迫力を増したことに気付いたドレインは、じりじりと後ずさった。

 ガッとドレインの頭を両こぶしで挟み、ぐりぐりとこめかみを攻撃し始めた。ドレインの口から「痛い痛い痛い…・! 地味にHP下がってるから!」と悲鳴が聞こえる。

 その悲鳴に満足したように、セイジは冷気を引っ込めて手を放した。


「俺はしがないダンジョン探索者だよ。賢者はその戦いで命を落としたんだろ?」

「う、うん。そう書いてあった……」

「じゃあよし」


 明らかに作り笑いとわかる笑顔で離れていくセイジに、月都が何か言いたげな視線を向けていたが、ガンツが小さく首を振ったので、そのまま口をつぐむ。


「なあ、セイジ。この後飯でも」

「あ、わりい。今日は、これ、何とかしないとだから。埋め合わせはちゃんとする。次に会ったときにでも盛大に奢ってくれよ」


 ガンツの誘いに、セイジは手にしたクリアオーブを掲げて、肩を竦めた。

 

「ああ。そうか、残念だな。ぜひ次に一緒に飯を食べよう」


 ガンツがそう答え、「じゃあ帰るか」というセイジの言葉で、その場を後にした。



 転移されたところは、朝に入った、ギルドの個室だった。

 セイジがじゃあなと手を振って、先に個室を出ていく。

 しかし、『白金の獅子』の面々は、しばらくそこから動くことが出来なかった。


「すごかったね、シークレットダンジョン。俺、レベルもっと上げないと……」


 ドレインがしみじみとそういうと、あたしも、とユーリナが頷く。


「せっかく覚えた魔法付加、鍛えなきゃ」


 パーティーの面々全員が、それぞれ自分の不甲斐なさに溜め息を吐く。

 本格的に活動をしていたわけじゃなかったが、トップと呼ばれるあたりになったころには、多少なりとも自分は強くなったと自負していたが。それは単なる自惚れだったと理解せざるを得ないほどに、今日のボスは強かった。


「俺は少し、残業を減らしてレベルを上げる時間を増やすかな……」


 真顔で月都が呟く。


「俺は、ちょっと有給でも消化しようかな」


 ガンツも苦笑しながらも同意し、後ろの二人からいいなあと言われていた。


「二人はもうすぐ長期休みに入るんだろう? その方がずっと羨ましいんだが。社会人はなかなかゲームをする時間も取れないんだぞ」

「うえー、社会人やだー」


 いいなといったその口でうええと顔をしかめるドレインに、皆が一斉に笑い声をあげた。


「それにしても、セイジか……知ってるか、「賢者」のことを、英語で「セージ」と呼ぶことがあるんだ」


 ガンツが、セイジの消えていった入り口に視線を向けながら、ぽつりと零した。


「あの、シナリオ設定にあった魔王討伐パーティーの? ガンツ、それじゃ見た目の歳と全然合わないじゃん。関係はありそうだけど、まさか」

「……そうだな」


 あははと笑ったドレインの言葉に、ガンツは少しだけ口角を上げた。





「あら、セイジ。今日はここに来てたの?」


 一方、個室から出てきたセイジは、金髪で耳のとがった美女に親し気に声を掛けられていた。

 すでに夜に近い時間。

 周りには、今日の依頼クリアの報告をしに来たプレイヤーや冒険者たちがかなりひしめいている。


「ようエミリ。いやあ、最近は見どころのある異邦人がわんさかいるなあ」


 上機嫌でセイジが答えると、エミリは少しだけ顔を顰めた。


「あんたまたうちに依頼を通さないで勝手に契約したわね」

「わりい。でも一回ここを通して依頼したら、ろくなのが来なかったからさ。自分で探したほうが早いし安……いやいや、エミリの手を煩わせないかな~っていててててて」


 言い終わる前に、エミリの白い指がセイジの鼻を思いっきり抓む。

 そのまま引っ張って、カウンター横にある奥の通路へセイジを引っ張っていった。


 奥の『ギルド長室』という扉を開け、エミリがセイジを引っ張ったまま入っていく。

 所狭しと積まれたファイルや紙の束を避けながら進み、奥に申し訳程度に鎮座している二人掛けの二つのソファに、テーブルを挟んで座ると、エミリが目の前の書類を手で乱雑にテーブルの下に落とした。


「おいおい、それ、秘書ちゃんが泣くんじゃねえの?」

「あら、ここの部屋のものは全部私の物なのよ。どう扱おうと私の勝手でしょ」

「おいおい」


 エミリの言葉にセイジが苦笑する。

 座り込んでから、う~、と伸びをしたエミリに、セイジは荷物の中から瓶を一つ出して、放った。

 それを難なくキャッチして、礼とともに蓋を開け、一気に煽る。


「セイジの回復薬はほんと効くわ~。サンキュ」


 ぷはあと息を吐いたエミリは、とても男らしいなとセイジはひそかに思った。

 空になった瓶をテーブルの上に置いたエミリは、そういえば、と口を開いた。


「まーだクラッシュに世話してもらってるんだって?」

「俺が保護者してるんだよ。まだエルフ族では成人の歳じゃないだろ?」


 そう豪語したセイジに、エミリの手刀が飛ぶ。

 エミリは今や世界中に散ったギルドの創設者であり、全体の統括を現役で行っているギルド長であり、クラッシュの母親だった。

 エミリは純粋なエルフ族であるのになぜクラッシュがハーフエルフかというと、答えは単純。エミリが人族と熱烈な恋に落ちて結ばれ、クラッシュが誕生したのだ。エルフ族は寿命が長いこともあり成人は30を数えたころとなっているが、人族は16歳で成人とみなされる。

 ハーフエルフはそのどちらにも属さないため、本人の成長度合いによってどちらを成人とするかを決められていた。クラッシュは人族と同等の成長を見せたため、きちんと去年成人の儀を受けている。


「大丈夫よ、あの人の子ですもの。セイジなんかよりよっぽど大人よ」


 エミリは母親の顔で、口角を上げた。それを見たセイジの顔も、心なしか穏やかなものになる。

 二人の間には、気心の知れた者同士の空気があった。




「ところで、今日は『白金の獅子』を引っ張ってったって?」

「どこでそういう情報を手に入れるんだよ……」

 

 世間話にひと段落ついたころの、エミリのいきなりの質問に、セイジは思わず舌打ちした。

 ギルド通してないのに、とセイジが嘆息とともに顔を顰めると、エミリが呆れた溜め息を吐いた。


「一日『白金の獅子』名義で個室借りてるし、かといって人の気配はないし、気づかないわけないでしょ。ギルド内からは飛ばないでっていつも言ってるじゃない。その都度個室が一つ使えなくなって業務に支障をきたすのよ」


 腕を組んで目を光らすエミリに、セイジは素直に「すまん」と謝った。

 

「で、どうだったの」


 身を乗り出したエミリに、セイジはニヤリと笑って見せた。


「ようやく、3個目が手に入った」

「お、やったじゃん! でも、もう何回潜ったのよ。それで3個って、先は長そうねえ」

「ああ、でも」


 セイジの視線が、エミリのさらに先に向く。そこには壁しかなかったが、さらにその先を見ているかのようだった。


「確実に、近づいたからな」

「そうね」


 エミリも、セイジに視線を向けながら、セイジを通してそこにはいない誰かを見ているような目をしていた。




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