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48、土産と気分転換


 北の森は、魔物がそれなりに強い分、素材や食材の質もいい。余り人の手が入らないのがいいのか、すぐに採られてしまうことがない分栄養が凝縮されているのか、数日森にこもりきりでも食べるのに困るということがなかった。しかし毒性の物はその毒性まで凝縮されているので、ある程度の知識がないとすぐに命を落としてしまう危険な場所でもある。

 セイジは森を探索しながら、ふと目につく素材を拾ってはカバンの中に詰め込んだ。

 素材は見つけても、時空の亀裂は見つからない。

 口から吐いて出そうになる溜め息を呑み込み、セイジは手に持った果実を一口齧った。まったりとした甘さが口の中に広がる。

 

「この実、トレ付近の自生してるやつはもっとさっぱりしてた様な気がするんだけどな……」


 もう一口齧りながら、足を進める。

 目につくのは、別の木の実。解毒薬に少しだけ入れると効果が上がると言われている微毒の果物だった。

 それも数個カバンに入れて、周りを見渡す。

 やはり目に入るのは自然の森と素材のみだった。


 


 しばらくの間森の中を北に南に彷徨って戻ってきたセイジの顔を見たアルは、セイジが亀裂を見つけられなかったことを悟ると、何も言わずに後ろの戸棚から酒瓶を取り出した。

 セイジの前にどんと置くと、セイジがふっと顔を上げた。


「俺はアルの寝室にしまわれてる酒の方がいいな」

「あれは秘蔵の酒だ。祝いになら出してもいいが、こんな辛気臭い顔の男に出せるか」

「じゃあジャスミン嬢が「飲みたいわ」って言ったら出すのか?」

「何当たり前のことを言ってるんだ、ルーチェ」


 真顔で返って来る答えに、セイジが笑う。

 そして出された酒を開けて、そっと置かれたグラスに注いだ。

 琥珀色の液体がグラスを満たし、明かりに照らされて揺れている。

 セイジは一口それを飲むと、喉元を通り過ぎていく焼けるような感覚を楽しんだ。


 

 次の日、身支度を整えたセイジは、一旦トレの街のクラッシュの店に跳んだ。

 カバンに大量に詰め込まれていた素材の山を無造作にテーブルの上にぶちまけていると、店から顔を出したクラッシュに「だからそこで山にしないでくださいってば!」と怒られた。

 

「それにしても、また大量ですね。この実なんかすごくランクが高い物ですよ。どこにあったんですか? 買い取り額は……」


 計算を始めてしまったクラッシュにストップを掛け、セイジはクラッシュの頭にポンと手を置いた。


「土産に値段付けるんじゃねえよ。辺境の森で取れたやつだから、濃度が高いんだよ。売るよりクラッシュが食ったほうがいいな。健康になる」

「それだったらセイジさんが食べた方がいいじゃないですか」

「俺はもう食ったからいいよ。美味かったからクラッシュが食えよ」

「もうそろそろ子ども扱いしないで下さいよ」


 口を尖らせて文句を言うクラッシュは、セイジの目にはまだまだ子供に見えた。

 店の棚に物を並べるというクラッシュの手伝いをして自分が出した大量の素材を店の方に持って行き、カウンター奥にある棚にしまっていると、店の中にいる異邦人たちの会話が聞こえて来た。


「あ、これですよ、すごく効果の高いハイポーション」

「値段がこんなに違うんだな。じゃあこれにするか。まずは素材を売らないとな。すいません」


 隣でしまっていたクラッシュが立ち上がって「はい」とカウンターに向かって行く。

 数人組のパーティーが素材を売りに出そうとしていた。剣士風の男が自分のカバンから出したのは、とても状態のいい薬草と、採取が難しいと言われている少し珍しい花だった。それはまるで、採取を生業にしている者が採取をしたような状態の良さだった。

 剣士があんな物を売りに来るなんて珍しいな、と何気なく見ていると、ふと後ろの方に立っているローブを目深にかぶった俯き加減の異邦人が目に入った。その異邦人は棚に目を向けると、少しだけ顔を上げて素材の入った棚を見上げた。それはまるで棚に並べられた草類をその目で確認しているようで、ああ、この異邦人がさっきの花を採ったんだな、ということがわかる。

 草が置かれている棚に目を奪われていたその異邦人は、素材を売りに出していた異邦人に声を掛けられて、ハッとしたように顔を上げた。

 ぼそぼそと何かを囁かれ、顔を顰めながらローブの異邦人が自分のカバンから素材を取り出す。それの買い取り代金をクラッシュが払うと、鎧の男が当たり前のようにその金を手にした。棚に置いてある一番程度のいいハイポーションを数本取り出し、「すいません、これを」とその金でそれを買おうとしている。

 ダメだな、とセイジは視線を逸らした。他人からの搾取を何とも思っていないやつは、一緒に行動しようとすら思えない。

 いい人材が育つ反面、こういう異邦人も数多くいるのが、辛いところだ。

 こういう手合いはまず一緒にダンジョンに入ったら、命に関わる。


「待って、今素材を出してくれたの、そっちでしょ。俺はそっちの人にお金を払ったつもりなんだけど、どうして君がそれを手にするの?」


 クラッシュがそう口に出すと、男は一瞬何を言われたのか理解できないような顔をした。


「え、だってこいつは俺のだから、こいつの物は俺が貰うのが普通ですよ?」


 さも当たり前というような口調で言う男に、クラッシュが顔を顰めた。

 ちらりとローブの男を見たクラッシュは、ローブの男が何も言わず視線を下に下げたことで、溜め息を吐いてそのまま出されたハイポーションを売ることにしたようだった。

 何事もなかったように出ていった異邦人の集団を見送り、店に人がいなくなると、クラッシュは冷めた目をドアに向けた。

 セイジが身を屈めて素材をしまいながら、独り言のように呟く。


「あのパーティーリーダー、ダメだなありゃ。たとえ目の前にダンジョンが現れても絶対に連れて行きたくねえ筆頭の人物だ」


 クラッシュもそれに同意するように口を開いた。


「確かにそうですね。まあ、関わらないに越したことはないかな。それよりもセイジさん」

「ん?」

「またすぐにどこかに行くんですよね。これ、俺からの差し入れです」


 クラッシュは気分を変えるように口調を変え、手に持っていた袋を差し出した。

 反射で受け取ってしまったセイジに、にんまりと笑う。


「返品不可ですからね。それでたまには贅沢してください」


 ずしっと手にかかる袋の重さに、セイジが顔を顰める。

 どう考えても、硬貨の重さだった。


「素材を売ってくださってありがとうございます。またぜひお願いしますね」


 ニコニコとそこまで言い切るクラッシュにその袋を突っ返すこともできず、セイジはただただ苦笑いを浮かべるのだった。




「成長しやがってよ」


 クラッシュから渡された金を遠回しに返そうと思ったセイジが向かった先は、冒険者ギルド統括の部屋。

 そこで書類漬けになって唸っていたエミリに袋をそのまま渡そうとすると、エミリはそれを受け取ろうとはせずにキョトンとセイジを見上げた。


「貰っておけばいいじゃない。あの子、なかなか稼いでるわよ。もう本当に親の手を離れちゃったのよね。ちょっと誇らしいけど寂しいわ」

「なんだよ、そこは、何息子から金奪ってるのよ! って怒るところじゃねえのかよ」

「だってルーチェは奪ってないじゃない。クラッシュはもう気持ちも大人になったのよ。それを返そうとするなんて、ルーチェこそ大人げないわよ」

「く……っ」


 大人げないとエミリに言われてしまい、セイジは言葉に詰まった。

 今までの行動を考え、確かに自分が一番クラッシュを子ども扱いしているなと反省する。

 差し出していた袋をため息とともに引っ込めて、それをそっとカバンにしまった。

 

「それで、どうなの」

「ここんところいまいち」

「そ、ルーチェも無理せずやりなさいよ。まだまだ時間はあるんだし、私の所でもアルの所でも結構いい人材が育ってるでしょ。っていうか育ちきってないから、気だけ急いても悪い方にしか行かないわよ」

「だな」


 エミリの言葉に、セイジが息を吐いた。

 確かに日が経つほど気が急く。ようやく4つのキーアイテムを手に入れたせいか、余計に。もうすぐ手が届く、もうすぐ、と。

 

「もし、クリアオーブが7個手に入ってサラの封印を解くことが出来たら」

「そうね、また4人で集まってご飯でも食べましょ。楽しいわよきっと」

「……そうだな」


 あくまで気楽に答えるエミリに、身体の力が抜ける。

 は、はは、と口から笑いが洩れた。

 もっともっと長い日数亀裂が見つからなかったことなんて、今までザラだった。しかもようやくあった亀裂に入っても、力及ばず途中で逃げ帰ってきたこともままあった。今のなんと恵まれていることか。エミリの下で人材が育ち、アルの下で人材が育っている。自分を取り巻く状況は、よくなってきている。

 

「ま、気楽に探すか」

「そうして。セイジ・・・が疲れちゃったら、他にサラをあんな息詰まる水晶から出せる人なんていなくなっちゃうんですからね」


 笑顔と共に向けられた言葉に、セイジの中の何かが少しだけ軽くなった気がした。



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