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46、拠り所


 

 有力な情報のなかった日記を一旦クラッシュの店の棚にしまい、勝手知ったるキッチンでお茶を淹れる。

 二人分のお茶を淹れたセイジは、一つだけ手に取ると、店の方に顔を出した。


「クラッシュ。茶を淹れたけど、飲むか?」

「あ、おかえりなさい。いただきます。ところで何かわかりましたか?」

「いいや、全く。日記はそこの棚に置いておくから、好きに見てみろよ」

「ありがとうございます」


 客足の途絶えている店内のカウンターにカップを置いて、セイジは店をぐるりと見まわした。

 そして最後にクラッシュに視線を向けると、クラッシュはエミリそっくりの顔を綻ばせてカップに手を伸ばしていた。


「またしばらくそこら辺をグルグル回ってくるからよ。戸締り忘れるなよ」

「大丈夫です。って、セイジさんもちゃんとしたところに泊まって体の疲れをしっかりとってくださいね。あと、栄養のある物をしっかり食べてくださいね」


 いつものように小言を飛ばされ、セイジが笑った。はいはいとおざなりな返事をして、奥の部屋に引っ込む。

 テーブルに置いていたお茶を一気に飲むと、セイジは頭に地図を思い描いた。

 今度はどこら辺を攻めてみるか。脳内の地図に印をつけて、セイジは立ち上がった。




 シークレットダンジョンと呼ばれる次元の亀裂は、予測不可能なほどにランダムにそこらへんに出現する。

 転移でしか入れないし、一度出てしまうと何かの作用が働くのか、その次元の亀裂が閉じてしまい、同じ場所には二度と入れなくなる。

 次元の狭間に存在する魔物は、この世界の魔物よりも数倍強く、同行者がその強さに見合っていなければ、オーブにすらたどり着けない。

 セイジは自分の足で次元の亀裂を探すしかなかった。

 


 その後二つ次元の亀裂を見つけたが、一つは同行者の力不足で途中撤退を余儀なくされ、もう一つはグリーンオーブという結果が続き、セイジは溜め息を飲み込んだ。

 なかなか手が届かないクリアオーブ。

 あと、たった三個。その三個がとてつもなく高い壁の様な気がして、セイジは疲れたような脱力感を感じていた。

 こんな時は何かをしてもろくなことがない、とセイジは今さっきまで一緒にダンジョンに潜っていたパーティーと別れを告げて、魔法陣を描いた。

 跳んだ先は、アルフォードの所。弱った顔を見せれる人など、セイジには数えるほどもいなかった。



 相変わらず殺風景な辺境街の街並みを見回しながら、騎士団のある方へ足を向ける。

 見張り番で入り口に立っていた見習い騎士に声を掛けると、見習い騎士は「団長は裏の訓練所にいます」と意外な答えを返してきた。

 

「てっきり団長は帰りましたって言われると思ったのに、訓練……?」


 少しだけ興味を引かれて裏手の訓練所が見える方に回ると、確かに、アルのあの存在感のある体躯が剣を持って立っていた。

 対峙しているのは……。


「『高橋と愉快な仲間たち』……?」


 見たことのある、いや、何度か一緒にダンジョンに入ったことのあるパーティーがアルと向き合っていた。

 しかし、実力が違い過ぎるせいか、アルが剣を一振りするごとに騎士団に回復され、反撃どころか立っていることすらままならないような状態だった。


「なにやってんだか」


 それでも何度も立ち上がってまた剣を構える『高橋と愉快な仲間たち』をみるアルの顔は、かなり楽しそうだった。

 何度目かのダウンの後、今度は『白金の獅子』が出てきて、高橋たちと交代する。こちらはアルの一撃を剣で止め、反撃しようとする動きの間にアルの二撃目を食らってダウン。少しは腕が上がったらしい。

 しばらくの間そのやり取りをひたすら繰り返し、アルが「今日は終わりだ」と『白金の獅子』に声を掛けたところで、セイジもおくから顔を出した。


「アル。秘蔵の酒をくれ」

「おい、開口一発目がそれか。元気そうだな、ル、セイジ」

「ああ。『白金の獅子』はちょっとは腕を上げたみたいだな。で、何で『高橋と愉快な仲間たち』がここにいるんだ?」

「お使いでここまで来たから、ちょっと弟子にしてみた」


 二人の立ち話を聞いていた二組から、アルのその言葉で笑い声が上がる。

 全員がくたくたにみえたので、サービスで回復の魔法陣を飛ばすと、セイジはアルの背中を押した。



 時間的にはまだ宵の口だったが、客が来たからとアルはさっさと騎士団本部を抜け、自宅にセイジを招いた。

 

「ただいまジャスミン。顔が見れなくて寂しかったぞ」

「おかえりなさいあなた。今日はどうでしたの? お怪我はありませんか? あら、セイジさん、いらっしゃいませ。あなた、ほら、お客様をお待たせしたままくっつかないでくださいまし」

「だってジャスミンが足りないから」

「あなた」


 ジャスミンににらまれ、しゅんとしたままアルはセイジを手招いた。

 いつもの風景に苦笑しながら、セイジがアルの隣に立つ。

 ジャスミンに手土産、と魔物の肉を手渡すと、ジャスミンが顔を綻ばせて「これで酒の肴を作りますね」とキッチンに消えていった。


「何かルーチェ疲れてないか? たまにため込んでるよな。まあ、今日はギルドに依頼で出してやっと手に入れた秘蔵の酒を出してやるから、元気出せよ」


 どさっとソファに座り込んだセイジを見たアルが、肩を竦めて戸棚から綺麗な琥珀色の瓶を取り出した。

 グラスも二つ取り出し、セイジの前に一つ置く。トクトクと注がれる琥珀色をした液体は、舌を楽しませてくれる前に、その香りで楽しむことが出来た。


「サンキュ。ただアルの顔が見たかっただけだったんだ」

「何おかしなことを言ってるんだ。熱でもあるんじゃねえのか?」

「アルがジャスミンに抱き着いて、ジャスミンにいなされて情けない顔を見たから、ちょっと元気出た」

「見たかったのそこかよ」


 がっくりと肩を下げたアルに満足したセイジは、遠慮なくアル秘蔵の酒を頂くことにした。

 一口飲むと、濃厚で豊潤なアルコールの香りが身体を巡る。


「美味いな」

「だろ」


 胃に流れ落ちるアルコールと共に、セイジに溜まった疲れも流れ落ちる様だった。

 ゆっくり味わっていると、部屋のドアがノックされ、ジャスミンが酒の肴を手に部屋に入ってきた。


「セイジさんから頂いたお肉を焼いてちょっと甘辛のソースを掛けてみたんですよ」


 テーブルに置かれた皿に、美味しそうな肉料理が乗せられている。


「サンキュ、ジャスミン嬢。あんたも一緒に飲んで食えよ。この酒、好きなんだろ」


 セイジが誘うと、ジャスミンは「積もる話もあるでしょうから」と下がろうとしたところを、アルの太い腕に捕獲された。

 腰を絡めとられて、そのまま膝の上に座らされ、ジャスミンが膨れながらアルの腕を退かそうと力を込める。しかしそんなことじゃびくともしないアルは、その顔も可愛いなと精悍なはずの顔を崩れさせた。


「セイジさんに見られてますから」

「あ、おかまいなく」


 即座にセイジに返されて、ジャスミンの眉尻が下がる。セイジはすぐに戸棚からもう一つグラスを出すと、酒を注いでそれをジャスミンの前に置いてしまった。


「今日はアルの情けない顔を見に来たんだから、ジャスミン嬢がいてくれた方がいいんだよ」

「……わかりました。アル、あなた。私自分で座りますから、腕を解いてくださいませんか?」

「無理だな。俺の腕が離したくないと言っている」

「腕はしゃべりません」

「喋らなくても俺にはわかるんだ」

「もう……」


 膝の上に乗せられたままのジャスミンにすかさずセイジが酒を渡すと、ジャスミンは諦めたようにそれを受け取って、アルの膝の上で飲み始めた。

 

「それにしても、何で『高橋と愉快な仲間たち』がここにいるんだ?」


 ジャスミンお手製の料理を頬張りながらセイジが訊くと、アルはああ、と口元を緩めた。


「クワットロの呪術屋からのお使いを頼まれたらしくてな。さっきも言った通り、なかなか筋がいいから引き込んでみた。あいつら楽しい奴らだぜ。そしてあいつらから聞いたんだけど、クラッシュが襲われたって?」

「ああ、まあ首謀者とかそこら辺の関係者はエミリがお仕置きしてたけどな」

「うわあ……それは、見たかったな」

「俺も久々にエミリの魔法を見て、スカッとしたぜ。もっとやって欲しいところだな。王宮で」


 くくくと笑うセイジに、ジャスミンが目を細めて「その時は私も見物させてくださいね」と可愛らしく笑った。

 

「いいのかよジャスミン嬢、自分の親がエミリにお仕置きとか」

「あら、私もスカッとしたいですわ」

「ははは、スカッとするのか」

「ええ。昔はとても尊敬していたのですが、今はもう父の目は曇ってしまっていますから。エミリさんに父のその曇りをスカッと取ってもらいたいくらいですわ。王宮でも、もう父を諫める方がほとんどいなくて。さっさとアルについて来た私は正解ですわね」


 ちらりとアルを見て微笑むジャスミンに、アルが感動したように抱き着く。そして「零れるでしょう」とジャスミンに怒られてなおデレっとしているアルに、セイジは魔王討伐時から変わりないその姿にホッとしていた。




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