45、ある故人の日記
先頭はエミリが買って出てくれた。しかしトレ周辺の魔物などエミリの手に掛かれば一瞬で消してしまう。
悠々と先に進んで行くと、最奥に思わせぶりな仕掛けが施されていた。精巧に隠してはあるが、魔法陣が描き込まれている。
「こりゃあ……手の加えられていない最悪に燃費の悪い魔法陣じゃねえか……」
色々と改良されたセイジの使う魔法陣からは想像もつかないほど魔力を食う魔法陣が描かれており、それを読み解いたセイジは思わずそう呟いて顔を顰めた。
作動させて奥に入ってみると、そこには、遥か昔に秘密裏に何かを研究していたということがはっきりとわかるメモ書きが多数残されていた。
メモには、毒草の分離方法、抽出された素材の効果を高める方法、蘇生薬を精製するための素材の研究、蘇生薬になりうる草をピックアップしたものなど、意味がありそうで無意味な内容が所狭しと描かれている。
「完成してない……なんてこった……」
この分では全く蘇生薬には届かなかったな、と溜め息を吐いて、そのメモを集め始めた。どれもこれもありきたりな方法で、蘇生薬には全く届いていない状態のメモだった。
少しだけ期待してきたのが肩透かしを食らった気分だった。
壁に設置されている本棚を見回すと、かなりスカスカで、誰かが持ち出した後のようだった。
セイジは後ろを振り向いて、マックに声を掛けた。
「なあマック、ここら辺にあった本は持ってるか?」
セイジの声に、錬金術師は少しだけ申し訳なさそうな顔をして、はいと返事をした。
「持ってます。持ち出したらダメだったんでしょうか」
まるで悪いことをしちゃったとでも言うような表情に、少しだけセイジの気分が解れた。
「持ち出せるもんは持ち出そうぜ。ここは俺が求めてたところの一つだ。……ただし、完成されてねえからあんまり意味がねえけどな」
肩を竦めると、マックが「蘇生薬ですか」とセイジの手にあるメモの束に視線を向けた。
セイジは集まったメモに魔法で火を点けると、盛大に溜め息を吐いた。
とりあえず、ここまでの経緯を日記から読み取ってみるか、とセイジはマックから日記を借りることにした。無駄だったらまた一から探すだけだ。今までもそうやって繰り返して、目標に近付いてきたんだ。今更だ。
「それ、燃やしちゃっていいんですか?」
「流石に毒草の分離方法とか、抽出された毒を悪用されかねねえもんは残して置けねえからな」
すっかり灰になったメモを見つめながら、マックがそうだ、と口を開いた。
「俺、ここにあった調薬キットと装備品を持ってるんですけど」
「それは持ってていいと思う。使えるんだろ。活用しようぜ。たまに本を見せて貰うかもしれねえけど、いいか?」
「はい。クラッシュの店に置いといてもらいますね」
「ああ、すまない」
活用できる物がないのを確認すると、セイジはその部屋にあったものすべてに火を放った。こんな街の近くに残しておくのもどうかと思ってのことだった。
部屋の隅にあった出口らしき魔法陣もまた、燃費の最悪に悪い全く弄られていない転移魔法陣だったので、ついつい上書きして、でももう来ないんだと苦笑してから三人を振り返った。
「さてと、行くか。三人とも掴まれよ」
左手を差し出し、三人の手が触れたのを確認すると、セイジは慣れた手つきで転移の魔法陣を描いた。
クラッシュの店の中に転移すると、すぐさまマックがカウンターに本を積み上げ始めた。
出てくる本の量に苦笑しか浮かばない。中には気になるタイトルの物もあり、あとで数点目を通してみようと決める。
マックも、自分の工房に持って帰るのではなく、この店に保管してもらおうと思っているらしい。クラッシュと保管場所の相談を始めた。
見た目はまだまだ成人までは数年ありそうな子供の姿のマックは、その癖セイジよりもさらに性能の高い薬を作る腕利きの薬師だ。
もしかしたら、とふと考える。
この腕利きの薬師なら、レシピを知ったら作れるのかもしれない。
蘇生薬を。
途方もない幻の薬の様なものだけれど、もしかしたら、とセイジはちらりとマックを見た。
色々と面白い物を次々見つけてくるこのマックなら、やってのけるかもしれない。あの大人びたクラッシュを年相応の態度にさせられるようなこの錬金術師なら、あるいは。
セイジはそんな希望をため息とともに沈めながら、マックに声を掛けた。
「マック」
キョトンとこっちを向くその表情は本当に幼くて、自分がどれだけの無茶ぶりをするつもりか痛感するけれど、それでも言わずにはいられなかった。
「もし、蘇生薬のレシピが見つかったら、作ってくれねえか?」
驚いた顔をしたマックは、一瞬後、表情を改め、少し視線を下げた。
「俺、まだ作れる腕も強さもない、です」
まだ、の言葉に思わず笑いが洩れる。ってことは向上心はあるわけだ。
心強いな、と沈め込んだ希望を少しだけ浮上させた。腕と強さが上がったら、作れるかもしれない。いつかはわからないけれど。
自分もまだまだオーブを集め終わっていないんだ。きっと先は長い。
あと数年後、クリアオーブが必要数集まった時、このマックはどこまで腕を上げているんだろう。もしかしたら、蘇生薬なんて簡単に作ってしまっているかもしれない。
まだまだ時間はある。腐るほど。このマックが一流になるまでなんて、いくらでも待てる。
サラだって、きっと少しくらい多めに見てくれるさ。
「時間はまだまだある。だから、いつか、俺がクリアオーブを七個集めた時、その時までに作れるようになっていることを期待する」
15年だ。15年でやっと半分。今更急ぐことでもない。
そう言うと、マックは表情を引き締めて、頷いた。
「わかりました。セイジさんがクリアオーブをすべて集めるまでに、必死で腕を上げます」
何かの覚悟を決めたような、大人びた表情をしたマックに、セイジは先程感じたことを訂正した。
幼くなんてない。一人の男の顔だった。
落ち着ける場所で一人ゆっくりと手にある日記を読むために、クラッシュの店から砂漠都市まで跳んだセイジは、すぐに砂漠都市の図書館に足を向けた。
行き交う人は多く、人口も密集している砂漠都市だが、皆交流は商業的な物が大きいので、慌ただしく忙しい人々が多いここでは実は図書館は閑散としているという盲点がある。
ほぼ人が出入りしない街の片隅にポツンと建っている、他の街から比べると小さめの図書館に足を伸ばしたセイジは、ガラガラに空いた机の一角を占拠して日記を開いた。
『3新月の23 斜陽の刻…3
アンジュが死んでもう3日が経った。どの書物を探しても何も手掛かりがない。どうしたらアンジュの命を身体の中に戻せるのか、見当もつかない』
『3新月の24 日照
氷の棺に入るアンジュはとても美しい。早くこの冷たい身体をもとの様に自由にしてあげ、あの輝くようなアンジュの笑顔を見たい』
『3新月の27 月隠
アンジュの魂が見つからない。身体は腐らないようにしているから、魂を見つけたらきっと美しいままアンジュが蘇るはずだ。あの笑顔を取り戻すために必ず』
『3新月の30 斜陽
もしかしたら私はとても無謀なことをしているのかもしれない。しかし命を戻すという自然の摂理に反することをするのを罪深いと思うことは、アンジュを諦めるのと同じ。たとえこの命尽きようとも、アンジュの笑顔を必ずこの手に』
溜め息がでそうだった。
たった一人の命をこの世に繋ぎとめることが罪深いことなら、自分がやろうとしているのはどういうことか。
下手をすると、今は眠っている巨大な悪が目覚めるかもしれない。一人の命のために、今度こそこの世界全部の人の命を賭けようとしている自分は。
ゆっくりと目を瞑ると、瞼の裏に長い髪が見えた気がした。まっすぐで綺麗な。ブルーともシルバーともつかない美しい髪が。愛してやまない彼女の。
「今度こそ、全世界よりもお前をとるって決めたんだ……」
小さく小さく呟くと、セイジはまた日記に視線を落とした。




