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44、古の書物



 手に入れた『目』は、ルーチェの能力をはるかに超えた力だった。

 大きな力を手に入れた代償は、あらゆる成長の阻害。

 年月を経て身体を成長させることが出来なくなっただけでなく、その能力もまた、今ある力が上限となってしまった。

 知識を得ることは成長に当てはまらなかったため、伸びしろもあったが、一番の弊害が技術の成長が阻害されたことだった。

 今まで得た知識を駆使して跳びぬけた能力のポーション類などを作ることは出来たが、例えばランクで言えばどれだけ丁寧に作ってもいいところA。どう努力しようともはやランクSを作るための技術が成長することはなかった。

 それでもサラに一歩近づいた、とルーチェはただひたすら前を向き、足を進めた。




 それでも、初めてのオーブを手に入れたのは、それから10年も後だった。

 腕自慢の傭兵、騎士、魔法使い、それぞれ巷では類を見ないと言われる者の手を借りても、ほぼ最後の魔物までたどり着くことすら出来ない。途中で力尽きる前に転移して逃げ戻ってくることしかできなかった。

 しかし異邦人が現れ始めると、今までどうやってもダンジョンの奥までたどり着けもしなかったのが、段々と深部深部まで行けるようになり、ついにオーブを手に入れたあの時の感動は今も心の隅に残っている。

 残念ながらクリアオーブではなかったが、それでも希望の光が見えたことには変わりなかった。

 ただ一つの誤算が、自身はダンジョンに認識してもらえないということだった。

 次元の亀裂を見つけ、一人で入ろうとしてもどうやっても入ることが出来ない。誰かと入らないと内部にすらいけないということに最初のころは絶望に近い物を味わったものだった。


 とてもとても手が届かないと思っていたクリアオーブが、すでに手元に4つ。

 セイジは魔法陣で空間を拡大したカバンを手でポンポンと叩きながら、目の前の長閑な光景を肴に酒を飲んでいた。

 誰かが通るのを待つために。


 目の前にはシークレットダンジョンの入り口。

 そして場所は、オットの街とディエテ辺境街を直線で結んだ丁度中間の、道なき森の中。

 皆が行き交う街道からははっきり言って程遠い。きっと誰も通らないんじゃないか。手に持った硬いパンを頬張りながら、ぼんやりと目の前のダンジョンを見続けた。

 

「……誰か森の中で狩りとかしねえのかよ……」

 

 硬いパンは味気なく、口の中の水分をとられて、飲み物がないと食べれたものではない。

 しかし手持ちの飲み物はポーションと酒のみ。

 パンと酒の組み合わせはこの上なく合わなかったが、セイジは咀嚼し酒と共に飲みこんだ。




 しばらくそうしていると、遠くの方からガサガサと草をかき分ける音がした。

 顔をあげるとそこには、鎧を着た異邦人とローブを羽織った異邦人。


「なあ。お前ら、ちょっと今暇か?」


 凄くいい笑顔でセイジが立ち上がり、やってきた異邦人に声を掛けた。





「コメット、そこから尻尾叩き切れ!」

「あいよ!」

「尻尾が再生する前に氷の魔法でたたくぞNG!」

「おけ!」


 セイジの声に合わせて二人が動く。シークレットダンジョン最奥のボスは巨大トカゲだった。

 尻尾で回復し、いくら切っても時間が経つと再生する。厄介な敵だが、弱点は寒さ。

 尻尾を切って回復できない状態の時に大火力で氷魔法を叩き込むと、そこまで苦労することなく魔物を屠ることが出来た。

 落ちていたイエローオーブを手に、セイジは少しだけ笑ってしまった。

 今はこの程度のオーブならたとえ三人でも手に入れることが出来るこの好環境がありがたい。

 振り返ると、回復をしている二人の前に向かい、セイジは手を差し出した。


「報酬ってもんはないんだけどよ、付き合ってくれてありがとうよ。今回はこれだったから、お前らにやるよ。使えよ」

「おおおお! 最高の報酬だぜ! 俺さ、ダンジョンサーチャーと一緒にシークレットダンジョンをクリアするの、最初のころからの夢だったんだよ! 誘ってくれてありがとな、セイジ」

「どういたしまして」

「俺もなかなかいいレベル上げが出来たよ。それなのにオーブまで貰っていいのか? 中に『グランディグ』とかいう魔法入ってるけど」


 目を輝かせながらオーブを調べる二人に「俺はいらねえから遠慮なく使えよ」と声を掛けると、二人とも早速魔法を覚えた。


「そろそろ行くぞ。どこに出たいんだ? 辺境街か? それともオットか?」

「辺境街!と言いたいところだけど、俺らまだ辺境街の地を踏んだことがねえんだ。だからそれは自分の足で向かうよ。じゃあ、オットまで」


 素直なことを口にするNGの心意気に笑顔で答え、セイジは二人と共にオットの街の門の前に跳んだ。

 相変わらずすげえなあ、なんてオットの街に出た瞬間感嘆の声を出すコメットに、すかさず門番が「ようこそオットの街へ」と声を掛けた。


「セイジ、相変わらず潜ってるのか。今日はどうだったんだ?」


 もう一人の門番に声を掛けられ、セイジが肩を竦める。

 それを見た門番も悟り、次があるさと肩を叩いて笑いあう。

 そんな中、門番に耳打ちされたコメットが「なあセイジ、時間あるなら飯食いに行かねえ? 俺ら奢るし」とセイジに声を掛けた。

 セイジは門番の腕を軽くグーで叩き、苦笑してからコメットたちの方に向き直った。


「サンキュ。俺、金欠なんだよ」


 



 また当てもなくシークレットダンジョンを探すか、と足を進めていたセイジの元に、クラッシュからの念話が届いた。


『セイジさん、ちょっとお願いがあるんですけど』

「どうした、またなんかヤバい奴でも出てきたのか? それともポーション足りないのか?」

『いいえ、そうじゃなくて』


 ちょっと変な物が発掘されて、とクラッシュは言った。

 変な発掘物というところに興味をそそられ、セイジは「これから行く」とクラッシュに伝え、宙に文字を描いた。


 クラッシュの元に跳ぶと、そこにはエミリとクラッシュと、そしてマックがいた。


「どうしたクラッシュ、って、マックもいたのか」


 一緒にいたマックに驚いていると、横からエミリが手に持った古い書物を差し出してきた。

 

「ねえセイジ、これちょっと見てみてくれない?」


 何気なく手に取り、何気なく開き、目を剥く。

 そこには、初代魔王が現れたころに使われていたと言われた旧暦が旧古代魔道語で書かれていた。


「何……だこれ」


 セイジでも読み取りが難しいその文字には、断片的に「蘇生薬」と書かれた場所があった。


「こんなもん……一体、どこから……」


 食い入るように文字を目で追っていると、横からマックが「俺が見つけてきたんです」と声を上げた。これは、とセイジは思わずそのマックの手を取った。

 

 「蘇生薬」というものは、古代魔道語でしか語られたことのない、離れかけた魂をその身体に戻すと言われた秘薬のことだ。

 たとえ水晶からサラを解き放っても、魔王が抜けた後にサラが目を覚ます保証がないことに気付いたセイジが探し求めていたものが、まさにこの「蘇生薬」だった。この世界にあるとは思わないけれども、藁にも縋る思いでシークレットダンジョンと共に探していたものだった。


「これのあったところに連れて行ってくれないか?」


 セイジがマックに頼むと、マックはためらいがちに頷いた。

 ぐるりと視線を見渡すと、エミリもクラッシュも付いていく気満々の表情だった。

 左腕を差し出すと、すかさず二人がそこに触れる。驚いているマックはすぐに結託した三人を見て、「すぐに行くんですか」と苦笑した。


 マックから洞窟の場所を聞き、その近くまで手っ取り早く転移する。すると、ドゥエの街とトレの街の丁度中間地点にある渓谷が、見たこともない状態になっていた。

 普段は轟々と沢山の水を流している渓谷が、深い谷の底を晒し、中央に小川のような流れを作っていた。そのせいで、川の底にあった洞窟が姿を現したようだった。


「ここの上流にね、ブルーテイルが巣を作っちゃったのよ。だから今だけこんな流れなの」


 エミリが渓谷が小川に変わった原因を教えてくれた。滝を塞ぐ形で、大きな青い鳥が巣を作ってしまったので、その巣の間から流れる水しか下流に来ないんだそうだ。そのブルーテイルという鳥は国でも保護指定された幸運を呼ぶ鳥と言われているので、駆除をすることも出来ないとのことで、巣立つまではエミリの管轄で世話をするらしい。セイジはその話を聞いて思わず笑いを零した。


「平和だな」

「ほんとね」


 エミリと二人少しだけ笑いながら、ぽっかりと口を開いた洞窟に足を踏み入れた。





更新が滞ってしまって申し訳ありません。

今年もよろしくお願いします。

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