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43、曲げられた運命


 酒の味を思い出すかのように目を細めた獣人は、手元の酒瓶を頭上でひっくり返した。

 またしても身体が酒に濡れていく。

 

『貰ったやつなのに悪いな。こうしねえとゆっくり兄ちゃんと話も出来ねえんだ』

「もっといるか? まだあるぜ。それにまだ訊きたいこともあるしな」

『おお! ありがてえ。ここで突っ立ってることしか出来ねえ俺にとって、こうやってここに来る奴が持ってきてくれる酒が唯一の楽しみだからよ。……とはいえ、あんまり酒を持ってきてくれる奴はいねえんだけどよ』


 少しだけしんみりとした獣人は『ま、それはそれでいいけどよ。時間だけはたっぷりあるし』とガハハと笑った。

 ルーチェは酒瓶を渡すと、ふぅ、と息を吐いた。

 

「ダメもとで訊くけどよ、あの魔王を封じれる透明なオーブの数って、大体どれくらい必要だと思う?」

 

 知るかと言われることを覚悟で訊くと、獣人は酒瓶を煽り、口の横から零れた酒を腕で拭ってから『そうだなあ』と考え込むように唸った。


『5個じゃあ絶対に足りねえ。かといって、8個はいらねえ、ってところか。微妙だな』

「そっかそれだけわかればいい。寝てるところ悪かったな」

『別に寝てるわけじゃねえんだがな。こんなところでぼーっと突っ立ってるだけだし、誰かと話をするのはいつでも大歓迎だぜ』


 酒瓶を傾けて口に流し入れる獣人を見上げながら、ルーチェは考えを巡らせていた。トレの雑貨屋は自身の生家だから違うと断言できる。ということは、ほど近いというと、クワットロの雑貨屋。でも大通りにある雑貨屋は、気のいい親父が一人で切り盛りしていたような。あの人にそんな力があるのかと言われると疑問に思う。気障ったらしいというのは全く当てはまらない。クワットロのどこかに、もう一軒あるということか。探す。

 ルーチェは、ありったけの酒瓶を獣人が届く位置に置くと、嬉しそうに酒を零しながら飲む獣人を見つめた。


「助かった。それはお礼代わりだ。好きに飲んでくれ。あとは自力で探すことにする」

『なんだ、もういいのか? じゃあ、頑張れよ。俺は応援しか出来ねえけどな』

「大丈夫。あとは俺がしなきゃいけねえことだ。じゃあな」

『おう』


 獣人の声を聞くか聞かないかの内に、ルーチェの姿はその場から消えた。

 銀色の髪の名残の様に、魔法陣の欠片がキラキラと宙を舞う。それをとらえていた獣人は、腕でぐいと酒を拭いながら、ルーチェの消えた場所を目を細めて眺めていた。


『困難な道だぜ。挫けるなよ』


 そう独り言ちて。




 クワットロの裏路地に現れたルーチェは、はみ出した髪をローブに隠し、フードを目深に被って細い道を歩いた。トレの街は裏路地の一本まで把握しているつもりだ。それでも該当する雑貨屋はなかった。ということはクワットロ以外ではありえない。表は違う、となると、裏の道を隈なく探すしかない。 

 セィ城下街ほどではなくとも、人の住める場所は限られており、そこに集まる人で街は賑わっている。ゆえに、裏路地も簡単にすべての道を回れるほどに狭いわけじゃない。長丁場になるかもな、と肩を竦めながらルーチェは足を進めた。

 道を曲がると予想外の所で行き止まり、用水路の上を無秩序に架かる小さな橋のせいで感覚がおかしくなり、旅慣れしていないとすぐにでも迷ってしまいそうなクワットロの裏路地を、ルーチェはただひたすら進んだ。足場の悪さに辟易しながら。



 歩き始めて丁度一時間ほど。

 見るからに朽ち果てそうな佇まいの建物が一つあった。周りの建物は古いながらもまだまだしっかりと建っている中、その建物だけが異質だった。

 ドアの横には手書きで『呪術屋』と書かれている。

 一瞬にして、自分の目指していた店はここだ、と悟ったルーチェは、ドアについているノッカーをコンコンと鳴らした。

 ギィ……とドアが開き、中からは店の外観にはそぐわない姿の若い男性が顔を出した。

 ビシッとモーニングを着こなし、片目にはモノクルを付けており、獣人の言うように、確かにおかしな魔力をしていた。


「おやおやこれは……大物がお越しですね。ようこそおいで下さいました。どうぞお入りください」


 自身を観察されているのも気にせずに、呪術屋の店主は綺麗な笑顔でルーチェを迎え入れた。


「獣人に、あんたなら俺に力をくれるかもしれないって聞いた」

「ジャル・ガーに。まったくあのお方も口が軽い。まあ、そこまで慌てず、まずは落ち着くためにお茶でもいかがですか?」

「……ああ」


 クスっと笑いながら奥に消えていく店主を見送り、ルーチェは改めて店の中を見回した。

 そこは、普通の雑貨屋では絶対にお目見えしないだろう書物や、手に入れるのが難しい素材などが所狭しと置かれていた。

 この店を見たらサラはきっと歓声を上げて喜ぶだろうな、そう思うと思わず口元が綻ぶ。

 そして、ふと、カウンターの上が気になった。何もないはずなのに、そこが妙に気になる。懐かしいような泣きたくなるようなそんな感情が浮かんでくるが、視線を巡らせてもそれらしい物は何も目につかなかった。

 キィ……と控えめな音をさせてドアを開けた店主がトレイを手に戻ってくる。

 そしてルーチェの視線に気付き、店主も同じ場所に視線を向けた。


「おや、これは……気になりますか」

「ああ……なんか、俺がよく知る気配のようなものがあるのに、それが何なのか全く分からねえ」


 ただ一点だけをじっと見つめるルーチェの前に湯気の立ったカップを差し出すと、店主が「まずは一口どうぞ」と勧めた。


「あ、ああ。サンキュ。でも……」

「そこには今ある魔力が集まって、形あるものが出来上がろうとしています。たまにあるんですよ。魔素が形を成すことが。魔物も同じようにして出来上がるのですから、魔素で物体が出来上がるのは何ら不思議じゃありません。あなたは今まさにできようとしている物を感じているだけです。素晴らしい魔力をお持ちですね、『賢者』様」


 店主が最後に付け足した呼称にルーチェの身体が緊張する。

 ハッと視線をずらして店主を見上げると、店主はルーチェの警戒を全く気にすることなく、カウンターまで足を進めた。


「しばらくすると、ここにはアーティファクトが誕生します。それは、来るべき時に、来るべき人物に渡るでしょう。その他の者が手にすることはつまり、手にすべき者が消えた時に他なりません。それが運命というものです」

「運命……反吐が出る言葉だな」

「おや、運命を信じないと」


 サラが水晶の中に封印されることが運命だったら、きっと運命という言葉を聞いた瞬間吐き気に襲われる気がする。

 もし今の立場が運命とかいう物だったら、それこそ、最悪な運命ってことだ。反吐が出る。

 ルーチェが奥歯をギリ……と噛み締めると、店主がふふ、と声を立てて笑った。


「賢者様たちは、周りの干渉によって運命を曲げられてしまって今ここにいます。最善の運命のまま生きていれば、今こんなところでそのように悔しそうな顔はしていなかったでしょう。でもまだ道はある。そのためにここに来たのでしょう?」


 店主の言葉に、ルーチェはさらに奥歯を噛んだ。

 そんな言葉、助けにもならない。自分たちは間違えたと突き付けられているような物だ。

 吐き出しそうになる呪いの言葉を飲み込み、無理やり消化し、深い息として体内から吐き出す。

 そう、その道を探すためにここに来たんだ。呪詛を吐き出すために来たんじゃない。

 ルーチェは顔を上げ、店主に視線を向けた。


「もし出来るのなら、俺に獣人のような目をくれないか。魔素が変質したところを見極められるような『目』を」


 突き刺さるような視線を受けて、店主は目を細めた。口角が上がる。

 それはそれは綺麗な笑みを湛えて、「かしこまりました」と恭しくこうべを垂れた。





 

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