40、道を分かつ
光の消えた後には、一本の水晶の柱が現れていた。
その中には、今までともに笑いあい、支え合ってきた魔導士が満足げな顔をして収まっていた。
「ルーチェ! 一体何がどうなったってんだよ! 何だよこれ!」
まるでサラの棺のような水晶を叩きながら、アルが吐き出す。
「サラの身体に魔王を取り込んで封印するっていう手しか、残ってなかった。あいつはまだまだ余力があったが、俺達はもう戦う力がほぼ残ってなかった」
「でも、これはねえよ! 何でサラなんだよ!」
胸倉をつかまれ、セイジはただ、凪いだ目をアルに向けた。
「サラが適任だった」
「俺は! 俺ではダメだったのかよ! 何で自分の好きな女、手に掛けるんだよ!」
「アルにはあいつを取り込める器がねえ」
「くそ! くそ!」
ただ静かにそこにたたずむ水晶は、アルフォードの力をもってしてもなお、ヒビひとつはいらなかった。逆のアルフォードの拳から血が滲んでいく。
自分たちが弱いばかりに、とルーチェは水晶を見つめた。
『封印っていうなら、そのうちあなたが封印を解いて私を迎えに来てくれるんでしょ』
「確かに、サラは死んだわけじゃねえな……」
サラの言葉を思い返し、ルーチェは微かに笑った。
この水晶の中で、確かにサラは生きている。ただ、時を止めているだけだ。
ただしこの封印を解いたら、即座に魔王が復活して今までのことがまるで無駄になってしまう。
魔王を復活させることなく、サラを救い出す。
その方法を探すことを心に決め、ルーチェはアルフォードとエミリを振り返った。
「自分でやっといてなんだが、俺はこれから穏便にサラを助ける方法を探す。だから、わりいけど二人で王宮に帰ってくれねえか?」
「あるのか?! そんな方法が!」
詰め寄ってきたアルフォードに、ルーチェが苦笑を返す。
「だぁから、それを探すんだっての。でもって、賢者の肩書はその動きに邪魔だからよ、俺はここでサラと一緒に死んだことにしてくれねえ?」
ルーチェがコン、と水晶を叩くと、アルフォードとエミリは顔を見合わせた。
どういうことだとその表情が言っている。
「俺はあの王を信用してねえ。アルはこの戦いが無事終わったら王女を貰えるんだろ? んな簡単に自分の娘を差し出すとか、ありえねえ。たぶん帰ったらひと悶着あるか、難癖付けてアルには王女を渡さねえと思うぜ」
「は……、なんだそれ……俺は、彼女が世界を救ってくれって言ったからこそ、ここまで来れたんだぜ……」
「それを手玉に取られたんだよ。だから、王が王女を渡さないとか言い始めたら、まずは「約束が違う。俺は魔王を討伐するという約束を果たしたのに王は簡単に破るのか。そんな王だったのか」ってのを繰り返せ。出世は望むな。出来る限り手元から離れろ。じゃねえと、たとえ王女を手に入れてもそれを盾に無理難題を言い付けてくる気がする。だから、王女を手に入れて、二人で幸せになることだけを考えろ。いいな」
「あ、ああ……」
ルーチェはさらに、エミリに視線を向けた。
「エミリはライアスとクラッシュの未来をどうのこうのって乗せられて魔王討伐に来たんだろ」
「何で知ってるのよ。あの場にルーチェはいなかったじゃない」
「ちょっと考えりゃわかるっての。でもって、王宮に戻っても、またその二人を盾に取られて王宮でエミリの力を使い潰されるかもしれねえ。だってエミリは「あの二人がどうなっても知らないぞ」とか言われりゃホイホイ言うこと聞くだろうし」
「……」
沈黙が肯定の証と受け取って、ルーチェは「だから」と目を閉じ、冷たい水晶の中で動かないサラを見上げながら、続けた。
「俺も自分の力は自覚してる。だから、王にとって脅威で、戻った瞬間囚われるってのも知ってる。両親だって健在だから、そこを突かれるのは目に見えてるしな。俺は自由に動きてえんだよ」
そして、もう一度あの笑顔をこの手に取り戻したかった。
大事な言葉を、あんな状態で伝えて欲しくなかった。
自分はまだ一度も伝えたことのなかった言葉を、直接彼女に伝えて、目の前で嬉しそうに微笑む顔が、見たかった。
「二人を、人身御供にするみたいで悪い……酷いことを言ってるのはわかってるんだけど」
透明なはずの水晶は、ルーチェとサラの全てを遮るようにただ冷たく佇んでいる。
自分でしでかしたことのはずなのに、絶望感が足から脳髄に駆け上がっていく。
ふと、肩に手が置かれた。
ハッと我に返り、手の持ち主を見ると、未だ険しい顔のアルフォードがチッと舌打ちした。
「この封印を解いたら魔王が出てくるってんだろ。もし、その時にまた暴れたらことだからよ、俺は何とかそん時までに戦えるやつを育てておくことにするわ。俺らだけじゃ力不足だしよ、何年かかるかわからねえんだろ。俺らがじじいになってたりなんかしたら目も当てられねえ」
「アル……」
反対側にも、アルフォードより小さな手が置かれた。
エミリが、いつの間にか隣に立っていた。
「私も何とかルーチェの手助けできるよう頑張るわ。とはいえ、私も人材を集めたりとかするくらいしかできないけれど。王宮の肥やしになんかなってやるもんですか。絶対に家族で暮らすのよ。今度こそ」
「エミリ……」
「さっさと消えとけよ。王様には二人死んだけど魔王も死んだから王女をくれって伝えておくから」
「私も、さっさと家に帰せって言っとくわ。ルーチェは頑張ってサラをこんなところから出して、愛の告白でもしなさいよ」
「な……っ! んなこと……っ!」
「さっきサラに愛してるって言われてたじゃない。あのまま放置なんて、男じゃないわよ」
「その通りだな。俺も男らしく愛しのジャスミン掻っ攫ってくるからルーチェもさっさとサラを女にしろよ」
「うるせえよ!」
肩に置かれた二人の手を振り払い、顔を真っ赤にしたルーチェが地面の土を蹴った。
「くそっ! 船の所までは送ってやるからさっさと帰れよてめえら!」
ルーチェの照れた顔に、ようやくアルフォードとエミリの顔に笑顔が戻った。
ルーチェはくそ、と悪態をつきながら、サラの荷物を手に、魔大陸の端まで二人を連れて魔法陣で移動した。
目の前には、自分たちの乗ってきた船が、流されることなく海の上で揺蕩っていた。
「あーあ、帰りは楽しようと思ってきたから、これからまた海を渡らねえといけねえと思うと、ちょっとめんどくせえ」
そんなに大きくない船を見て、アルフォードがげんなりとした顔をする。
そんな中、エミリはルーチェを振り返った。
「でもルーチェ、サラを助ける宛はあるの?」
「ねえよそんなもん。これから探す」
きっぱりと言い切ったルーチェに、エミリが思わず声を出して笑う。
ひとしきり笑って、その笑いを収めると、はぁ、と息を吐いた。
「エルフと同じくらいの時期に姿を消した獣人を探すことをお奨めするわ。私の生まれ故郷でだけ伝わっていることなんだけど、獣人って世界の知識を司っていたらしいのよ。何かヒントくらいは貰えるかもしれない。居場所は残念ながらわからないんだけど」
「わかった。獣人を当たってみる。ありがとな、エミリ。アル、気を付けて行けよ」
「任せとけよ。それよりお前だよ。お前こそ気を付けろよ」
「ああ」
軽い別れを済ませると、ルーチェは二人の乗った船を見送ってから、考えを巡らせた。
「獣人ねえ……。今はどこに住んでいるのやら」
片っ端から記憶を漁り、ルーチェはふと昔サラと遊んだ場所で獣人の像を見かけたのを思い出した。
トレの街からそれほど遠くない洞窟。人々には呪いの洞窟と言われ、忌み嫌われていた洞窟を、前にルーチェはサラと共に見に行ったことがあった。
その最奥部には、確か立派な獣人の石像が立っていたはずだ。
その石像に何かヒントはないか。
「ダメもとで行ってみるかな」
そうひとりごちると、ルーチェは後ろを振り返った。
巨大な黒々とした山がそびえ立っている魔物の地は、今は静まり返っている。
魔王の魔力が消えたからか、魔物は一時的に戸惑って大人しくなっているようだった。
ただし魔王の魔力は消えても、この地に溢れる瘴気は消えてはいないので、しばらくするとまた魔物が現れてくるのはわかっている。
この地が浄化されない限りは、まだまだ魔物は沸き続けるのだろう。
その魔大陸の中央でただ佇む水晶を想い、ルーチェは一瞬だけ目を伏せた。
「俺が老人になる前には迎えに来てやるからよ、待っててくれな、サラ」
聞こえるわけはないけれど、ルーチェはありったけの感情を込めて、呟いた。
ザラザラした嫌な空気を払う様に手を動かし、魔法陣を描く。そして、一瞬後にはルーチェの身体は魔物の大陸から消え失せていた。




