4、最強ボス
扉を開けた瞬間、何者かのものすごい威圧が身体を貫いていく。
止まりそうになる足を鼓舞し、セイジ及び『白金の獅子』メンバーは部屋に入った。
『グルァァァァァァァァ!』
ドアが閉まった瞬間、咆哮が耳をつんざく。
ユーリナは思わず足を止めてしまったほど、その咆哮の威力は凄まじかった。
目の前には、小山ほどの白いドラゴンがいた。ドラゴンというよりは、肉食恐竜に近いかもしれない。
爬虫類のような虹彩の瞳が、ぎろりと侵入者に向けられていた。
「臆すんなよ。てめえらは俺の眼鏡にかなったパーティーなんだからな。こいつにだって勝てねえはずがねえ」
咆哮の影響を全く受けていないセイジが、さっそく宙に魔法陣を描いていく。
ガンツと月都も、獲物を構えなおし、ドレインが早速バフを掛けている。
ユーリナも弓を構えた。
「行くぞおおおおおおおお!」
ガンツの雄叫びが、戦闘の合図となった。
ドラゴンに走り寄り、ガンツが槍を一閃させると、それを軽くかわしてドラゴンが尻尾を大きく振る。ガンツも難なくその尻尾を避け、さらに攻撃していく。そのすきに月都が剣を翻しドラゴンの鱗を攻撃する。
ガキン! と金属を殴るような音が響き、ドラゴンに全くダメージが通らないことを月都に知らしめた。
「くっそ! HPバー白なんて初めて見るのにこの硬さ! 全然攻撃通じねえ!」
「こっちもだ畜生!」
ドラゴンのあまりの硬さに、思わず二人のボヤキが出る。
「くそ、『ドラゴンクラッシュ』!!」
しょっぱなから魔力をたんまり使うスキル技を月都が繰り出すと、ようやくダメージが通った手応えが月都に返ってきた。
「このスキルそんなに連発できねえんだけ、ど!」
目標を月都に定められ、ドラゴンが鋭い歯で迫ってくる。
なんとか避けながら、もう一度月都が攻撃すると、さらにザンッ! と剣が通った。
そこへ、セイジが描いていた魔法陣が幾重にも重なって飛んできた。
『ギャオォォォォォ!』
魔法陣の光が弾けた瞬間、ダメもとで攻撃を仕掛けたガンツの槍がドラゴンの皮膚に刺さっていく。
「攻撃通じる! やっほー!」
今まで弾かれていた鱗にざくざくと攻撃が通じるようになり、ガンツが猛攻を開始した。
「私も……!」
ユーリナが弓を構え、魔力付加で矢を射る。
矢は白の機軸を描いてドラゴンの瞳に吸い込まれていった。
『ガアァァァァァァッ!』
瞳に矢が刺さったドラゴンが、痛みのために仰け反ると、すかさずガンツと月都の攻撃がドラゴンに炸裂する。
『ァァァァァァァァァ!』
「う、わ!」
調子に乗っていた月都に、無作為に振り回されたドラゴンの尻尾が直撃し、月都が壁際まで飛ばされた。
そして、体制を立て直したドラゴンの爪が、ガンツの鎧を引っ掻く。
「ちょ、しっかりしてよ、月都!」
「回復~今の一撃で半分まで削れた……」
「『ヒール』! ほらまだまだ働け~!」
ドレインに回復してもらい、月都が前線に戻っていくまでの間にも、ガンツのHPがじわじわと減っていく。逆にドラゴンのHPバーはまだまだ白のまま。
「ガンツも、『ヒール』! ついでにマジックポーション! スキルガンガン出して! 削れないよ!」
魔法と道具を使いながら、ドレインが発破を掛ける。
ドラゴンのダメージは、スキル技を使ったときと使わなかったときで通りが全然違っていた。
セイジが何かのデバフをしなければ、通常攻撃はかすりもしていなかったくらいだ。
長丁場になるな、と『白金の獅子』の面々はそれぞれ思った。
尻尾は切られ、部屋の隅に横たわっている。
ドラゴンの口からは、ひっきりなしに唾液が垂れ、息も荒くなっている。
一方、『白金の獅子』メンバーも満身創痍だった。
回復薬系はすでに手持ちになく、MPもすでに切れる寸前。
前衛の二人の鎧は見る影もなく、後衛の面々ですら、装備が破壊寸前だった。
HPバーが白から青、それからさらに緑になったところで、ドラゴンの口から火球が飛び出すようになった。何とかかわしつつさらにHPを削っていくと、黄色に変わったところで、ドラゴンの動きが一段階早くなった。
そして、最後の赤いバーが今、ドラゴンの頭上にあるのだが。
ドラゴンの体が赤い魔力に覆われ、防御が数段アップしたのが前衛二人にはわかった。
今まで通っていたスキル技も少ししか削れなくなり、ドレインとセイジの魔法もあまり効かなくなり、ユーリナの矢は弾かれる始末。
ほんのもう少しが、全然届かないため、メンバーの勢いも衰えがちだった。
そんな中、逃げ損ねたガンツの頭にドラゴンの爪が閃き、ガンツのHPがすべて削られた。
「ガンツ!」
「うっそだろ……!」
半透明になり倒れていくガンツに、皆の顔が絶望に染まる。
「今ガンツに抜けられたら無理! マジ無理!」
「ドレイン! 蘇生のアイテムないの?!」
「そんなものここにはないの知ってるだろ!」
残されたメンバーの悲痛な叫びに、セイジが一つ舌打ちした。
そして、宙で指を動かしながら、ドラゴンの足元、いや、ガンツの倒れた場所に走る。
「セイジ、そんな前に出たら危ないって!」
ドレインの言葉をスルーし、セイジは手元を壮大に光らせながら、ドラゴンの攻撃をかいくぐり、ガンツのもとまでたどり着いた。
ガンツの足が光の粒子となっていく。
「くそ間に合え……!」
セイジの指の動きがさらに早くなり、力強く指をはじいた瞬間、その空間が闇に包まれた。
闇の中に、やけに精密な魔法陣の蒼い光だけが輝いている。
「ガンツ! 『蘇生』」
セイジの声とともに、闇だった視界が一面光に溢れる。
目のくらむような光だった。
一瞬でそれは弾け、先ほどまでの死闘の光景に戻ったが、誰もが目がくらんでいて、少しの間瞼を上げることが出来なかった。
そして、ようやく視界が戻ってくると。
「ガンツ!」
先ほどまでの見る影もなかったぼろぼろのガンツは、この部屋に入ってきた時のようなきれいな姿で、そこに立っていた。
「よし成功」
ガンツが立ち上がったのを確認すると、セイジはよろける足つきでまた後衛に戻っていった。
「こういうトカゲは瞼がねえから光に弱いんだよ! 今まだ目がくらんでるから、惚けてないでさっさと攻撃しろ!」
フラッとしたところをユーリナに支えてもらいながら、セイジが呆然としているガンツに発破を掛ける。
ハッとしたガンツがドラゴンに向きなおり、何をするでもなく頭を揺らしていたドラゴンにあらん限りの力で槍を繰り出していた。
HPだけじゃなくSPも回復していたらしいガンツの猛攻により、満身創痍だったドラゴンは間もなく光の粒子と化していった。
そこに、一つのオーブが転がり落ちていく。
「や……った、透明だ……!」
オーブを目にしたセイジの声が、震える。
ユーリナに支えられたまま、セイジはオーブに近づいた。
そっと手を伸ばし、それを拾い、ガラス玉のようでいて、不思議な光を纏う透明なオーブを、セイジは感極まったように、大事に両手で包んだ。
「やったな……ひでえ戦いだった。そこら辺のボス目じゃねえぜ……」
「俺レベル今ので2くらい上がったよ。伸び悩んでたのが嘘みたい」
「あたしも。やばい敵だったね……」
「正直、もうこんな強いのとはやりたくねえな」
それぞれがへたりこみながら息を吐く。
そんな中、セイジは口元を緩めながらただオーブを見ていた。
「セイジ、目当てのオーブはそれか?」
「ああ」
「そのオーブには、何の魔法が入ってるんだ?」
好奇心に負け、ガンツが訊くと、セイジはゆっくりと首を振った。
「透明なオーブには、何も入ってないんだ」
「は?」
初めて聞く話に、ガンツが眉を寄せる。
ほら、とセイジにオーブを渡され、ガンツがその情報を見てみる。
「うわ、本当に『クリアオーブ:中身が空のオーブ。使い道はまだわかっていない』って説明になってやがる」
皆が興味津々で注目してるのに苦笑しながら、セイジは戻ってきたオーブを丁寧な手つきでバッグにしまった。
「なあ、セイジ。訊いてもいいか?」
さすがにいきなり核心を突く質問はヤバいかもしれないと思ったガンツが、そういってワンクッションを置いた。
「俺に答えられることならな」
セイジの答えにうなずくと、ガンツは真顔でセイジに向きなおった。
「さっき俺に使ったの、蘇生の魔法だよな」
「ああ……まあな」
この世界には、蘇生の魔法はないとされていたはずだ。蘇生のアイテムもかなりの高級品で、おいそれと手にできない代物だった。かなり難題のクエストをクリアして初めて蘇生のアイテムを手に入れることが出来る。
「俺たちプレイヤーは死んでもまた復活できるのは、知ってるよな」
「当たり前だろ」
「あの蘇生の魔法は、秘匿していたんじゃないのか?」
セイジがじっとガンツを見つめる。
ガンツの真意を探っているかのようだった。