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39、あがき


 レイモンドとサリュ男爵は、衛兵に連れられて行ってしまった。

 侯爵家に勤めていた者たちは呆然と館を見上げていたが、セイジはかまうことなくエミリの腕をとった。


「エミリ、帰るぞ」

「ええ。帰りましょ。でも、あんまりスッキリしなかったわ。もっと盛大に魔法を使いたかった」

「そんなことをしたら、王宮なくなるからやめとけよ。今王様がいなくなったら混乱するだろ」

「混乱するのはきっとセィの街だけよ。他の街はもう王はいらないわ」

「ま、そういうなよ」


 笑いながら魔法陣を描くと、一瞬でエミリの執務室に戻ってきていた。

 エミリは座り慣れた椅子にドカリと腰を下ろすと、深い溜め息を吐いた。


「……今まで、私のことを貶めていたのは、あの宰相だと思ってたのよ。力が使えないのも、ライアスが死んだのも」


 机に肘をついて、両手で顔を覆うエミリを、セイジはただ立って視線を向けていた。

 契約の石の本来の内容に気付かなければ、ずっとそう思っていたかもしれない。でも実際には、宰相はエミリを自由にするべく動いたように感じられる。

 そして、先ほどあった宰相からは、エミリに対する敵意は全く見受けられなかった。

 

「……もし俺が、ルーチェのまま王城に戻っていたら、あの宰相の考えに気付いて、すぐにエミリの制限を解いてやれたのかも、な……」


 ポツリと、セイジが零した。

 それが耳に入ったエミリは「バカね」とあきれたような声を出した。


「ルーチェは、いなくてよかったわよ。賢者まで王宮に留まらせようなんて動きになっちゃったら、誰がサラを助けられるのよ。これでいいの。私はクラッシュと離れる度胸がなかった。セイジはこれからの時間を犠牲にしてまで奇跡を起こす度胸があった、ただそれだけなのよ。それに、アルは気付いていたんでしょ。私が間抜けだっただけなのよ。でも、これからは間違わないようにする、それだけ。何より、クラッシュは元気でいるんだし。それ以上の僥倖はないわ」


 これからの時間、とエミリは言ったが、セイジは少しだけ違うな、と心の中で否定した。時間がなくなったわけではなく、時間から取り残された、というのが正しかった。







 魔王は討伐され、生き残った勇者と英雄二人だけが王宮に帰ったと伝えられたあの時。

 

 本当は、自分たち4人だけの力では、魔王を滅することが出来なかった。

 それが真実。

 

 力を衰えさせはしたものの、滅するには圧倒的に戦力が足りないといち早く悟った賢者は、滅するより別の方法がないかと考えを巡らせた。

 すぐにそれは浮かんだものの、賢者にとっては滅することに失敗して全滅した方がよほどマシだという方法だった。


 誰かの身体に魔王を取り込み、力のある媒体に、封印。

 魔法陣を知り、知識を取り込んでいるうちに知った、強大な魔力の封印方法。それは、器に魔力を取り込んで、その器を力ある鉱石の中に封印するという物。

 本来なら、魔力暴走しそうなアーティファクトの力を抑える方法なのだが、それが、魔王の魔力にも通じるのではないか。

 賢者はその可能性に気付いてしまった。

 その魔法陣は自分が描ける。そして、力ある媒体は、偶然にも手元にある。


 魔王を誰かの身体に取込み、封印する。


 

 その知識があるのは自分で、出来るのは古代魔道語を自在に組み合わせ、その力を集結し、最大限に駆使した魔法陣だけ。そして、その魔法陣を描くための媒体は、サラが錬金によって生みだしていた魔水晶が最もふさわしい。

 魔王の攻撃を剣でかわし、深手を負いながらも必死で抵抗していたアルフォード、潤沢にあったはずの魔力をほぼ使い果たして剣のみの攻撃しかできないエミリ、錬金で編み出した秘蔵の物をほぼ使い切ってしまい、魔力すら枯渇しそうなサラ。そして、ルーチェも、魔力が枯渇寸前で、あるのはまだ意識のはっきりしている頭脳のみ。

 今できる方法は、残った魔力のすべてを使って、魔王を誰かの身体に取り込み、その身体を水晶に閉じ込めるということ。それが最善で、最悪。

 自分が魔王を取り込んでしまうと、もうその魔法陣を描くことはできなくなり、自身が魔王に取り込まれてしまう。エミリには愛する家族がいる。アルはそもそもの魔王を取り込めるだけの器がなかった。この地を踏めるだけの魔力はあるが、それ以上の魔王の器になるには、魔力容量が足りなかった。

 ルーチェは上がる息を押しとどめるように深く息を吐いた。

 残るはサラ。

 彼女は十分に器になる。

 一番考えたくない、一番最悪な選択が、最善の方法として目の前にぶら下がっている。


 こんな世界より、目の前の、愛する女をとりたい。

 でもそんな愚かな選択を出来るわけがない、というのもわかっている。

 愛する女を選ぶと、世界が破滅し未来はなく、ここで自分たちの命も散りゆくということがわかってる。

 愛する女を犠牲にすれば、世界はまた、回りだす。サラと、ルーチェ以外の未来にはつかの間の平和が訪れる。


 天秤になどかけたくなかった。


「ルー、あなたが色々考えてるのはわかってるわ。なんかこの最悪の状況を打開できる知恵があるんでしょ。さっさと言いなさい」


 息を切らしながら杖を構え続けるサラが、ルーチェに囁く。

 破壊音と金属のぶつかり合う音が響く中で、不思議とその声ははっきりとルーチェの耳に飛び込んできた。


「……ねぇ、って言ったら……?」

「嘘ね。わかるわ。何かあるんでしょ。どんなことでも協力するから、早くあのおぞましい物を消しちゃいましょ」

「……消せねえんだよ」

「消せないけど、何とかすることは出来るんでしょ。もちろん、私に嘘を言ってもはっきりとわかるから、本当のことだけ言ってね」

「出来る」


 ルーチェが唇を咬みながら唸るようにそう答えた瞬間、サラが綺麗な顔で笑った。

 こんな戦いの最中に、その笑顔が目に焼き付いて、何かがこみ上げてくる。


「サラ、この間作った馬鹿みてえな容量の水晶を出せ」

「いいわよ」


 ルーチェの言葉に、サラが迷いもなく頷き、首から下げられたアクセサリーを外す。

 それをルーチェに手渡した時、サラはルーチェの頬が濡れているのに気付いた。

 ルーチェはそれを受け取ると、視線を魔王に向けた。


「あいつを、サラに取り込んで、これで封印する」

「いいわよ」


 命を捨てろと言われているのも同然なのに、サラはためらいもせずに笑顔のままそう応えていた。

 あまりの呆気ない返事に、ルーチェは声を荒げた。


「……ちょっとは躊躇えよ! ボケサラ!」

「いやよ。だって、それであなたが生きていられるんでしょ。私はね、それでいいの」


 零れ出ているルーチェの涙を、サラの汚れた指が拭き取っていく。

 それにね、とサラは続けた。


「封印っていうなら死ぬわけじゃないんだから、そのうちあなたが封印を解いて私を迎えに来てくれるんでしょ」



 


 

 

 くっと歯を食いしばり、ルーチェは魔法陣を描いていく。


「魔力凝縮、吸収捕縛、回路切断……」


 ルーチェの不穏な魔力を感じ取ったのか、アルフォードと向き合っていた魔王が、ルーチェの方を向いた。

 自分に害を為す物と認識し、影のような手がルーチェに向かってくる。

 それを、サラが咄嗟に身体で庇った。


「ルーチェ! サラ!」


 アルフォードとエミリが息を呑む中、一瞬だけ早くルーチェの魔法陣が完成した。

 光がサラを包み込み、魔王がサラの腹目がけて突き進んでいく。

 

 それはまるで、光が闇を包み込むかのようだった。

 サラの身体を貫通するはずの魔王の手は、そのままサラの腹部に吸い込まれるように消えていく。

 何かを悟った魔王が抵抗するが、しかしその黒い体は、段々とサラの中に埋め込まれるように吸収されていった。


『オオオォォォォオォォ!』

「……っ、早く、私の中に……っいらっしゃい」


 顔を顰めながらも、サラは逃げようとする黒い影を掴み、自ら身体に押し付けた。

 まるで、魔王を抱きしめるかのように。


 黒い手が最後まであがくかのように、宙を掻く。

 しかしそれもやがて、サラの身体の中に消えていった。

 途端に、サラの身体から黒い気が立ち上がる。


「は……やく……」


 自身の身体を抱きしめながら、サラがルーチェに視線を向ける。

 黒く染まったサラの身体は、サラ自身がまるで魔王にでもなったかのような禍々しい気で満ちていた。


「サラ! おいルーチェ、何したんだよ! サラは!」

「やだ、サラが! ねえサラ!」


 慌てて駆け寄ってくる二人に、ルーチェは頬を濡らしたまま、「問題ない、俺がやった」と答えた。

 

「何……なんてことを……」

「俺たちでは勝てないってのは、気付いてただろ、アル」

「だからって……っ」


 ゆらりと黒い気を出すサラとルーチェを、アルフォードが信じられないという顔で交互に見る。

 

「これしか、方法がねえ」

「泣きながらするのかよ! お前、サラが好きだったんだろ! 好きな女にこんな仕打ち……っ!」

「……っアル、ダメよ……っ、ルーチェがそういうなら、本当にそれしかないんだから……」


 魔王の気を纏ったサラに剣を向けることも出来ず、エミリの目からも涙がこぼれていく。

 アルは変わり果てたサラの姿に、くっと唇を咬んだ。


『ルー……オネガイ……』


 ゆらりと揺れたサラの口が、そう動く。声はまるで、先ほどまでの魔王の声のようだった。


『アイ……シテル』


 その声にこたえるように魔法陣の描かれた魔水晶を掲げたルーチェは、静かに「封ずる」と唱えた。


『アァァァァアアア……』

「サラァァァァ!」


 アルの絶叫が、辺りに木霊する。


 その声をも取り込むように、水晶から光が発せられ、闇を次々と消していく。

 目のくらむような白い世界が辺り一面を覆い、そして、静かに消えていった。



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