38、宰相
「城の窓からこの家が破壊されるのが目に入ったので急いできたのですが、何か色々間に合わなかったようですね。詳細は誰に聞けばいいのか」
あくまで冷静にあたりを見回す宰相に、セイジが顎をしゃくる。
向こうから、馬に乗った衛兵が数名、やってきた。
その中には『幸運』もいるのを、セイジの目は捉えていた。その意を汲んで、エミリも視線をそっちに向けた。
「『幸運』がまさに現場に居合わせたわよ。他の誰でもない、『幸運』の言葉を信じるといいんじゃない? そうよね、セイジ」
「違いねえな。他のやつは全部部外者だ」
「わかりました。『幸運』の彼に話を聞きましょう」
「私の話を……っ!」
レイモンドが叫ぶが、宰相はセイジに押さえつけられたレイモンドを一瞥すると、そのままやってきた衛兵の元へと向かって行った。
「失礼します。レイモンド侯爵の拉致について報告します」
宰相の前に立った『幸運』は、宰相に促され、口を開いた。
「レイモンド侯爵が異邦人を拉致したことは、私の目の前で確認したので嘘偽りありません。その異邦人は、ギルドマスターのご子息の友人であり、拉致時すぐそばにいたところを、レイモンド侯爵の馬車に無理やり乗せられています。異邦人本人はその時すでにレイモンド侯爵の執拗さに恐れを抱いており、農園主も交えてレイモンド侯爵の申し入れは断っておりました。断られたレイモンド侯爵が、その異邦人の能力を我物としようとしていたことは、一連のレイモンド侯爵の行動からお分かりいただけるかと思います」
『幸運』の言葉を吟味するように、宰相は少しだけ視線をずらし、取り押さえられているレイモンドに視線を向けた。
「異邦人を、我物と……」
「違います! 私は、少年に助けられ、お礼をしようと……!」
レイモンドの叫びに、『幸運』の眉が寄る。
「とてもありがたかったのでどうしても礼がしたいと、うちに招待しようとしたのに「得体のしれない者を貴族街に入れることは出来ない」と阻止してきたのは、ほかならぬお前じゃないか!」
「ほう、そうなのですか、『幸運』」
レイモンドの言葉に、初めて宰相の表情が動いた。その視線に捉えられた『幸運』は、は、と返事をした。
「私の目からは、レイモンド侯爵がとても強引に声を掛けているように見受けられましたので、止めたまでです。その際、レイモンド侯爵が納得いくよう「得体のしれない者」という言葉を使ったことは否定しません。あくまで、その異邦人は被害者であり、レイモンド侯爵の言うような屋敷に招待された客人、などには到底私の目には見えませんでした」
「そうですか。その、強引というのは」
「庶民が誘いを断ることは不敬罪だと、その異邦人の少年に向かって言い放っておりました。実際にその場に居合わせておりましたので、嘘偽りはありません。その後、その異邦人の少年は、レイモンド侯爵の馬車に乗せられ、強引に門を通り抜けており、それを証明できるのが、そこにいるギルドマスターの息子です。目の前で馬車に詰め込まれたようで、門から先の貴族街へは、私も同行して、レイモンド侯爵の馬車を追っております。馬車の中を確認してもらえれば、その少年が中でどうにかして逃げようとしていたことがわかるかと思います」
「そうですか。わかりました」
一つ頷くと、宰相はちらりとレイモンドとサリュ男爵に視線を巡らせた。
「ありがとうございます。もし彼が異邦人を不当に束縛し、搾取していたら、せっかく私が微に入り細に入り調整してきた異邦人との交流も今までのこともすべて、無駄になるところでした。あなたのおかげで、事なきを得ました」
宰相の言葉は、『幸運』だけでなくエミリとセイジをも驚かせた。
皆の驚いた顔を見て、宰相が深い皺の刻まれた顔を少しだけほころばせた。
「レイモンド君は一度とても大きな失態を犯しています。その時は王に温情を掛けられたようですが、今回はそうはならないでしょう。爵位は剥奪されるでしょうね。そしてサリュ男爵。あなたも私欲のために異邦人を手に入れようとしておりませんか。逃げ込んだのは、あの農園です。農園主はたとえあなたたちのような血筋正しい者の話であろうと、理不尽だと思ったことは突っぱねますよ。無理に農園をどうにかしようとすると、この間のポーション不足の二の舞になりますよ。きっともうどの農園も、この街に物を流してはくれなくなります。レイモンド君も、何も理解していないようですが。気を付けてくださいね。それとサリュ男爵は、そろそろ隠居したほうがいいように思われますよ。そう、王にお伝えしておきます」
「な……っ、そんな……!」
近くに立っていたサリュ男爵が、宰相の言葉に愕然とする。
そんな男爵を気に留めることもなく、宰相は『幸運』の手を取った。
「あなたのおかげで異邦人を無意味な権力争いに巻き込まずに済みました。ありがとうございました。後ほど詳しくお話を聞くことになると思いますが、とりあえずは、この二人を捕縛することに協力してはくれないでしょうか」
「はっ!」
敬礼する『幸運』に頷くと、宰相はエミリに近付いた。
「エミリさんにはまた、辛い思いをさせましたね」
「息子が無事ならいいわ。もううちの子を傷つけるやつはいないんでしょう? また同じようなことがあったら、喜んで王宮に向かうわ。そして、魔王に通じたこの力を存分に振るってあげるって、王様に伝えてくれるかしら?」
「しかと心に刻みます。でも、この館の惨状が周りの思い違いをした貴族たちのいい牽制になるのではないかと思います」
「あら、もっと派手な方がよかった?」
エミリの言葉に、宰相が表情を崩した。
目を細めて、エミリの顔を見る。
エミリも、持ち上げていた口角を下げ、何かを言いたげに口を開いては、閉じた。
「あの契約の石の内容……アルに聞いたんだけど、契約の石で縛った力って、『本来の力』って、エルフ特有の力のこと、よね」
「ああ、さすが勇者。察しておられたようですね」
「……ありがとう、とは言わないわ。気付くのちょっと遅すぎたもの。昔に戻って自分に喝を入れたいくらいよ。最初に言って欲しかった、っていうのが正直な話なのよ」
口元を抑え、それでもエミリは宰相をまっすぐに見た。
あの契約の石がなければ、ライアスが倒れることなくあの盗賊を壊滅出来た。そのことは、今も心のしこりとなって残っている。
だから、強大過ぎる力故、王宮に縛り付けられそうだったところを、この宰相の機転で今現在も自由に外で暮らせているのはわかる。理解はできても、感情がなかなかそれに伴わない。
「私も最初にお伝えしたかった。しかし、王宮を出てすぐにあなたの力が抑えられていないことがわかってしまったら、今こうしてあなたと外でお話をすることはかなわなかった、とだけ」
後ろに立つ騎士に「農園に行きましょう」と指示を出しながら、宰相はエミリにそっと頭を下げ、乗ってきた馬に跨った。
その後は一切口を開くことなく、宰相は農園に向かって行った。
今日でアルファさんのファンタジー大賞が終わりますね。
応援してくださった皆様ありがとうございました!
1800作以上の参加作品があるなか、かなりイイところまで行けたのは、皆様の応援とポチポチと投票のおかげです。ありがとうございました。
まだまだ続きますので、よろしければこれからも読んでもらえたら嬉しいです。




