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37、ただじゃないなら買ってあげるわ


 クラッシュを伴い、レイモンドの館にたどり着くと、半分焼け落ちた館と、しゃがみ込んでガタガタ震えているレイモンド、そして、衛兵に拘束されそうになっているエミリがいた。


「だから、私じゃなくてあそこでしゃがみ込んでる人を捕まえなさいよ。うちの子を誘拐しようとしたのよ。無理やり捕まえるなら、あなたたちもあの家みたいになるから覚悟しなさいよ」

 

 その言葉に、衛兵もなかなか近寄れないようで、にらみ合いの膠着状態が続いているようだった。


「エミリ、その言葉、悪役にしか聞こえねえよ」


 思わずセイジが突っ込むと、エミリは心外な、という表情をした。


「話が通じないんだものこの人たち。一応手加減はしたのよ、ありがたく思いなさい」

「まあ、エミリが本気を出したら、ここら一帯焦土と化すけどな」


 セイジの言葉に、レイモンドと衛兵がびくっと身体を震わせた。


「誰一人傷付けていないんだから、感謝しなさい、レイモンド」

「ふ、ふざけるな……っ」


 声を震わせるレイモンドを、エミリが冷めた目で見降ろす。

 そこに、クラッシュが走り寄っていった。


「母さん……」

「クラッシュ……っ、よかった。無事だったのね。もう、落ち着いたの? 大丈夫?」


 クラッシュを見上げて、クラッシュの頬を手のひらで包んだエミリは、クラッシュに怪我がないか確認するように肌を撫でた。

 クラッシュもエミリを見下ろして、安心したように目を細めた。


「大丈夫だったよ。止めてもらえたから。ごめんね心配かけて」

「いいのよ。大丈夫だったならいいのよ」

「それにしても派手にやったね、母さん。俺、母さんの魔法初めて見た」

「だって今まで使わなかったもの。でももう我慢するのはやめることにしたの。私が我慢すればするほど、大切な人が消えていくんだもの……」

「母さん……」


 母子が無事の確認をしている間に、レイモンドが地面を這って逃げようとしていたので、セイジが押さえつけ、地面に縫い付ける。


「なあ、こいつが逃げる前に何とかしたほうがいいんじゃねえの。衛兵に話が通らないなら、クラッシュ。『幸運』に報告させろ」

「わかった。すぐ呼んでくる」


 クラッシュがエミリから離れ、魔法陣を描こうとすると、さらにセイジが口を開いた。


「クラッシュはそのまま農園にいろよ。上のやつに顔を覚えられるとろくなことがねえからな」

「え、でも俺」

「クラッシュ。私からもお願い。安全な場所にいて」


 エミリからも懇願され、クラッシュはためらいがちに頷いて転移魔法陣で消えていった。

 それを見送ると、セイジは足元のレイモンドを見下ろした。


「お前の敗因は、『幸運』を巻き込んじまったことだな」

「く……っ、そんな、つもりは……っ」

「『幸運』とあいつらは、すげえ仲がいいんだってよ。それを知らずに手を出すなんざ、もう運に見放されたと同じことだよな」


 セイジの笑った顔が目に入り、レイモンドは歪んだ顔を更に歪めた。


 ただただ権力の座に返り咲きたいだけだった。

 この世でたった10人だけがなれるという領主の座を辞さないといけなかったのだって、元を辿れば目の前のエルフの女のせいだった。

 自分は選ばれた人間のはずだった。この女がいなければ、もっともっと自分は上に行けるはずだった。

 ほんのちょっと失敗しただけで、領主の座を降りないといけないなどという屈辱を味わわせたこの女だけは、許せなかった。

 今回のことも、ほんのちょっと歯車がずれただけだった。あの異邦人を手に入れて、その利益を使ってただ返り咲こうと思っていただけだったはずなのに。

 どうしてあの子供が出てくる。どうして、あの『幸運』の門番は私たち貴族ではなく、向こうの味方をする。


 そんな考えが、レイモンドの中を渦巻いていた。

 

 そんな中、衛兵をまとめる男がやってきた。

 

「報告を受けた。一体どういうことか説明したまえ」


 豪華な布を身体に纏わせたその男は、出世欲の強い、利益のためなら何をするのも辞さないというサリュ男爵という男だった。

 サリュ男爵のその醜い欲望を知っているレイモンドは、セイジに押さえつけられながらも、エミリが説明しようとする言葉を遮って、叫んだ。


「この男が……」

「信じられないほど効果の高いポーションを作る異邦人を保護しようとしたら、その女の息子が邪魔してきて、そしてその女も私の家を難癖付けて破壊しているんだ! 私はただ、ぐふっ!」


 セイジに蹴られ、言葉を遮られたレイモンドを、男爵が目を光らせて見つめた。


「ほう、信じられないほど効果の高いポーションを作る異邦人。それを秘匿するとは、英雄も落ちぶれたものだ。そういう者は広く世に出し、この国の者たちのために力を尽くすものだろう? 衛兵、英雄を捕まえろ!」

「はぁ⁈ 何言ってんのよ!」

「その異邦人はどこにいる! 確保し連れてこい!」

「はっ!」


 とびかかってきた衛兵を蹴り倒しながら、エミリは信じられない物を見るような目で、男爵を見た。

 二人とも、これはクラッシュを逃がしておいてよかった、と少しだけ安堵した。

 それにしても、とぐったりとしてきたレイモンドを押さえつけたまま、セイジは目の前の豪華な服を着た男を半眼で見た。


「こんなのが衛兵を取りまとめてるなんて、世も末だな」

「あら、権力にぶら下がっている奴らなんて皆こんなものよ」

「違いねえ」


 しみじみと言うエミリの言葉に、セイジがくっと笑う。

 捕まえろと命令された衛兵は、エミリによって沈められている。

 走り去っていった衛兵の一人は、きっと農園に行ったのだろう。


「大丈夫かしら、あの二人」

「なあに、あの農園主はこういう輩の対応に慣れてるから、大丈夫だろ。大方叩きだして絶対取り次いだりなんかしないはずだ」


 倒れた衛兵と押さえつけられているレイモンド、そして向こうで伸びているレイモンドの家の用心棒を見比べて、サリュ男爵はただ喚いていることしかできないようだった。

 もっと腕の立つ衛兵を連れてこい! なぜ女一人を捕まえることが出来ない! と騒ぐのを耳にしたセイジが、呆れたように男爵に視線を向けた。


「あのおっさんは魔王がどんなもんだか全く分かってねえみたいだな。そしてそれに対抗しうる英雄がどんなもんなのかも」

「だって私たちの戦いを知ってる貴族なんて、そうはいないじゃない。倒してこいって送り出して、帰ってきたら厄介払いだもの。いいわよ。侮られていた方がこっちも反撃を食らわなくていいわ。とことんまで実力を見せつけるっていうのもアリかもね」


 じり……とエミリが一歩前に出る。すると、男爵が一歩だけ後ろに下がった。


「あら、あれだけの啖呵を切って、私から逃げる気かしら」

「や、やめろ! 私を攻撃して、ただで済むと思うなよ!」

「喧嘩を売ってくれてるの? ただじゃないんでしょう。特別に買ってあげるわ。いくら?」


 ニコッと綺麗な笑顔を見せながら、もう一歩エミリが近付く。すると男爵の口から「ひっ」と短い悲鳴が上がった。


「そんな反応しないで欲しいわ。まるで私が化け物じゃない」

「衛兵! 衛兵は!」


 エミリが近付いた分だけ後ろに逃げていく男爵は、使い物にならない衛兵を視界にとらえて「この役立たずどもが!」と罵声を浴びせる。

 

「そんなこと言わないであげて。結構腕は立つ人たちみたいだし。ただ」


 あくまで笑顔でくちを開くエミリに、男爵は恐怖しか感じていなかった。


「相手が悪かっただけよ。あなたも」


 なんの気負いも感じられない所作で、エミリが左手の平の上に火球を浮かせる。ふわふわと宙に浮くそれを目にして、とうとう男爵は動きにくくなった足を絡ませてしまい、しりもちをついた。

 まるで魔物を見るような視線を向けるエミリを見上げて、男爵は自分の終わりを悟った。


「ま、待て、わかった。今回の件は、不問に」

「もともと私は悪くないのに不問にされてもね。ちょっとはその頭で考えたらどうなの?」


 目の前の邪魔な獲物を倒す、といった風情でエミリが手を掲げた瞬間、後ろから声がかかった。


「すみません、そのあたりで勘弁してもらえないでしょうか。処分はこちらの方でしますので、その牙を収めてもらえると助かります」


 穏やかな声は、エミリの忘れられない声で。

 振り向くと、そこには、15年前、エミリの前に契約の石を差し出したこの国の宰相が立っていた。

 15年という長い年月を思わせる皺が、顔に刻み込まれているせいか、エミリは一瞬だけ男が誰だかわからなかった。


「お久しぶりですね、エミリさん。息災そうで何よりです」

「ええ、すごく元気よ。お久しぶりね、宰相さん」



 

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