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36、確執


 セイジは、今度はマックたちにレイモンドとクラッシュの確執を説明した。


「15年前は、トレの領地はグリンバード公爵家が取りまとめていたんだ。そこの娘のサラってのがとんでもなく魔力が高くて、魔王の討伐メンバーに選ばれちまった。そして、魔王を何とかして帰ってきたのは、アルフォードってやつと、エミリだけ。サラは魔王討伐の際に命を落としたと世間では言われている。その娘の悲報を聞き、意気消沈した公爵家が爵位を返上して隠居。その後、トレの領主はレイモンド侯爵が着任した。しかし、同時にエミリが徴税対象外の冒険者ギルドを設立。皮算用していたレイモンドの元には、想像していたほどの収入はなかった。冒険者ギルドで買い取りや物品の販売も手掛け始めたから、税を納めていた個人の店の売り上げが伸び悩んでいたんだ。そこでレイモンドは、何とかしてエミリを失脚させようと画策した」


 セイジの言葉が紡がれる真実に、マックは顔を顰め、『幸運』はまっすぐとセイジに視線を向け、クラッシュはうつむいて唇を咬んだ。


「……俺が誘拐されたとき、俺の目の前で、偉そうな人が母さんの悪口を色々言っていたんだ。でも顔は覚えてなくて、誰かに「レイモンド」って呼ばれてたんだ。でも、父さんが目の前で倒れて、もうそれだけで何も考えられなくなって、そのことを母さんに伝えられなくて……」


 当時、クラッシュは全くしゃべらない、表情の動かない子になっていた。精神的なショックが原因だと言われ、なかなか一緒にいれないエミリはとても気に病んでいた。しかし幼いころからあまり一緒に過ごせなかったエミリは、クラッシュの笑顔をどうしたら取り戻せるのか全く分からなかった。そんな中、セイジの助言のもと、当時、遅くに生まれたせいかとても可愛がっていた息子を亡くして意気消沈していたルーチェの両親が営む商家にクラッシュを預けることにしたのだ。ルーチェの両親も、息子が帰ってきたようだと、とてもたくさんの愛情をクラッシュに与えてくれて、そのおかげか、クラッシュは立ち直り、笑顔を見せるようになっていた。

 そして、年老いていた商家の二人は、クラッシュに店を譲ると、田舎に引っ込むと言って、旅立っていった。旅だった先の別の街でその夫婦が穏やかに生を営んでいるのは、すでにセイジは影から確認している。


 苦しそうな顔をするクラッシュの頭を、セイジがそっと撫でる。

 しばらくの間、その部屋は沈黙に包まれた。


 は、と一つ息を吐いた後、セイジはもう一度口を開いた。


「放置せざるを得なかったってことなんだけどな……当時エミリは、そのデカい力のせいで、自分の力を使うと王宮に拘束すると王に言われていたんだ。だから、自分でクラッシュの父親の仇討ちは出来なかった。だからと正攻法で王にレイモンドの所業を伝えたんだが、その王がやべえ奴でな」


 その言葉に、農園主が少しだけ眉をひそめたて口を挟んだ。


「巷じゃ『賢王』って呼ばれてるぜ?」


 農園主の言葉に、セイジは思わず笑う。確かに、『賢王』と呼ばれている。その『賢王』が魔王を討伐した英雄たちにした仕打ちを知っている者は、いったいどれくらいいるのだろう。


「まあ、そうだな。『大を助けるために小を切り捨てる賢王』ってやつだ。王としては正しい姿勢だとは思う。その切り捨てられた『小』にとって以外にはな」


 クラッシュを助けて、と涙をためたエミリの顔が脳裏に浮かび、セイジは言葉を吐き捨てた。


「でもな、エミリは、その切り捨てられた『小』の最たるものなんだよ」


 王のもとに帰る前に「ルーチェ」という名前を捨て、雲隠れしていなかったら、確実に自分もどこかで何かに縛られていて、きっとこんな風にあいつを取り戻すために走り回ることなんてできなかったはずだ。

 雲隠れさせてくれたエミリとアルフォードには、返しきれないくらいの借りがあるよな、とセイジはエミリにそっくりのクラッシュの頭をなでながら、口元を引き締めた。


「王としても、冒険者ギルド、ひいてはエミリに公的な地位をあまり与えたくなかったんだ。そうでなくても英雄だからな。だからこそ、誘拐されたクラッシュは無事だったのだから、亡くなったエミリの夫は不幸な事故だった、ということに話を治め、領主の座を自ら辞すことでレイモンドの咎を相殺したんだ。クラッシュを盾に取られていたエミリには、何も異を唱えることが出来なかった。エミリは脳筋だったからな。そういうときの頭が回らねえんだよ。今もよくギルドマスターなんてやってられるよなってちょっと周りのやつの有能さに驚くぜ」


 ともすれば噛みしめそうになる奥歯を意識して解し、温くなった茶を一口飲む。

 茶の効果か何かか、飲むと気分が少しだけ楽になった気がした。


「でもな。今回またもこんなことをしでかしてくれたレイモンドは、今度こそ終わりだ。いいタイミングだった。エミリが盛大に鬱憤を晴らせることがわかった後だったからな。だからこそ、今一人でおいてきた。王もさすがに二度の温情を掛けることはないだろうしな」

「いいタイミングって」


 マックとクラッシュがそろって疑問を投げつける。


「子飼いが問題を起こしたからこそ、そこの門番が呼ばれた。で、門番がこっちに来たからこそ、マックがここに向かい、途中レイモンドと邂逅する。そのせいで欲を出したレイモンドがマックに目を付ける。断られ今度は強引に拉致。しかも偶然セィに用事があって来ていたクラッシュと一緒にいたタイミングでだ。普通だったらここまで偶然が重なるなんてありえない。友人の身柄を追ったクラッシュが、レイモンドに行きつく。そこでレイモンドを思い出し、魔力が暴走しかける。それに気付いた俺たちが駆けつける。ほんと、『幸運』ってのはヤバいなんてもんじゃねえな」


 しみじみとそう零すと、マックが驚いたような顔をした。本気で『幸運』の恩恵だとは思っていなかったらしい。

 驚いたような顔をして、マックは横の『幸運』に視線を向けた。


「でも」


 思案するような顔で、茶の入ったカップを両手で包み込む。

 マックは視線を上げると、まっすぐセイジを見た。


「セイジさん、たとえ最善の結果になったとしても、途中経過がどうしても俺には最善とは思えないんです。今回のことは、俺の迂闊さで起こった事態だったし、こうならないように皆も心を砕いていてくれていたんです。でも俺が気を抜いちゃって馬車に押し込まれて……もっといい逃げ方だってあったはずなのに、結局クラッシュを危ない目に合わせちゃったし」


 マックは、クラッシュの魔力暴走未遂を、自分の落ち度だと思っているらしかった。その顔にはセイジのような、『幸運』による絶妙なタイミングとかそんなことは全く考えていないようだった。クラッシュが心を許すわけだ、とセイジは少しだけ口元を緩めた。


「あのなマック。貴族連中に拉致られて、全員が無事でいられること自体が奇跡に近いんだぞ。無事だったのも、クラッシュの魔力が暴走しなかったのも、マックのおかげだってことも自覚しろよ。この結末は、マックと『幸運』が揃ってなかったら成し得なかったんだ」


 そうでしょうか、と眉をハの字にしたマックを元気づけるため魔法陣を教える約束をしていると、遠くの方で爆発音が聞こえ、地響きがした。

 エミリの報復が始まったようだった。

 セイジは腰を上げ、クラッシュを見下ろした。


「さてと。クラッシュ。一緒にエミリを迎えに行くか」

「行く!」


 手を差し出すと、クラッシュは勢いよく立ちあがって即座にその手に捕まった。

 


 

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