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35、『幸運』と呼ばれる男


 一方。クラッシュを追っていったセイジは、描かれた魔法陣の情報から、行先がセィ城下街の農園だということがわかっていた。

 同じように魔法陣を描いて飛ぶと、そこには、だいぶ落ち着いたクラッシュと、前の襲撃の時にも一緒にいたマック、そしてここの主と、貴族街の門を守る門番がいた。

 レイモンドを見て激昴したことを考えると、もしかしたらクラッシュは誘拐されたときのことをすべて覚えているのかもしれない、と疑念を持ったセイジは、クラッシュに詰め寄っていった。


「クラッシュお前、攫われた時の記憶があるのか?」


 じっと目を見ると、クラッシュは一瞬だけ視線を動かして、もう一度セイジを見ると、微かに頷いた。

 やっぱりか、とセイジは息を吐いた。

 だからこその魔力暴走未遂。

 しかし、あれだけ荒れ狂っていたクラッシュの魔力はすっかり落ち着いていた。

 暴走させずにここまで魔力を落ち着かせたことに、セイジは安堵した。

 不安げに揺れる眼差しで見つめてくるクラッシュを落ち着けるように、セイジは少しだけ口元を緩めた。


「あの貴族のことは、エミリに任せてきたから大丈夫だ」

「母さんに……」

 

 クラッシュが少しだけ身体の力を抜く。

 そして、フッと短く息を吐くと、クラッシュは目に強い光を宿らせてもう一度セイジをまっすぐに見つめた。


「母さんは、あいつが父さんを殺した奴らを雇ってた奴だって、わかってたの?」


 クラッシュの問いを、セイジはためらうことなく「ああ」と肯定した。


「じゃあ、何で放置してたの。今度は俺の友達が攫われるところだったのに」

「放置したんじゃない、せざるを得なかったんだ……」


 苦し気に眉を寄せ一歩詰め寄るクラッシュの気を逸らすかのように、唐突にセィ城下街農園の主が口を開いた。

 セイジにもなじみの農園主である。立て込んだ話になることを察し、家の中を使う様に皆を誘った。

 その話に乗ろうと、セイジが顔を上げる。

 すると、そこにいる門番の顔が目に入った。

 その人物は、直接話したことはなかったが、しかしセイジのよく知る人物だった。




 セイジがまだ魔王討伐の旅に召集される前のこと。ある噂が出回った。

 その噂とは、とある人物のこと。

 どこからともなくひょっこり現れたその者は、皆から『幸運』と呼ばれていた。そして、『幸運』に気に入られれば、その名声と富は保証され、『幸運』に見放されたら、すべてが地に落ちる。

 そんな噂が、王国中に蔓延した。


 最初にそのうわさ話を聞いたときは、単なる根も葉もない噂話だと思っていた。

 しかし、その『幸運』を保護した騎士が、『幸運』と愛し合い、妻に娶った途端、前の魔物討伐の功績を王に認められ、治める者のなくなった土地とその爵位を王名によって譲り受けることとなった。そのことから始まり、その後も魔物防衛の功績を重ね、最後は王の側近として取り上げられた。そしてその出世を妬んだ他の騎士、下級貴族がその騎士から『幸運』を奪おうとすると、途端にその者たちに不幸が訪れだした。『幸運』の、すべてが地に落ちる、という言葉を身をもって体験したのだ。最終的にその下級貴族は没落し、その騎士を妬んだ騎士は魔物討伐の際に深手を負い命を落とした。『幸運』の噂を聞いて、自分の地位を上げようと、『幸運』に恩を着せようとした貴族たちも、すべてが最終的に爵位をなくしたそうだ。そこから、『幸運』を無理やり奪おうとしてはいけない、『幸運』を思うままに使おうとしてはいけない、と人の間には暗黙の了解が出来た。

 そんな事実が、噂を裏付けていた。

 そしてそんな『幸運』に手を出す物はいなくなり、しかし裏で『幸運』は『不幸を運ぶ魔女』とも呼ばれ始めた。

 

 セイジが放浪の旅を始めてから知ったことだが、その『幸運』と騎士の間には子供が生まれていたそうだ。その子もまた、親の『幸運』を継いでいると言われており、今現在では、立派に成人しているという。

 しかし母親である『幸運』は数年前に失踪、それと同時に、一番『幸運』の恩恵を受けていた夫である騎士も、病により命を散らし、息子の『幸運』は、王に父親の爵位を返上している。

 顔を知ったのは偶然だった。しかも彼はトレの門番として、門に立っていた。それこそ偶然、街の噂でそのことを知ったのだ。



 目の前に立っている門番が、その『幸運』だった。

 なぜその『幸運』がここにいるのかわからないが、見ていると、クラッシュとその『幸運』はいい関係を築いているらしい。

 だからか、とセイジは納得した。 

 『幸運』の恩恵を受けている。そう感じる。

 だからこそ、このタイミングで問題が起きたのだと。




 農園主に案内されて、皆で建物の中に入った。

 勧められたソファにクラッシュと共に座ると、すぐに香り高いお茶が目の前に出された。

 一口飲むと、胸がすっとするような清涼感が広がり、先ほどまでセイジたちを包んでいた一種の緊迫感は少し薄れた様に感じた。

 

 セイジは茶を味わいながら、先ほど目の前で紡がれた魔法陣のことを思い出していた。

 クラッシュが描いたにしてはいびつな魔法陣。しかもクラッシュはわけのわからない植物で拘束されていたから無理だ。

 となると、描いたのは、この、マックか『幸運』か。しかし、セイジの目にはマックが描いたように見えた。

 セイジは息を吐いて、前もクラッシュと共に行動していたマックに向かった。


「ちょっと聞きたいんだが、あの魔法陣はマックが紡いだのか?」


 どうしてあの状況になっていたのかさっぱりだったセイジは、まずは現状を把握しようと思っていた。

 どうしてクラッシュがあの貴族の前にいたのか。

 あそこまで爆発しそうに増大していたクラッシュの魔力はどこに行ったのか。

 そして、あの魔法陣。

 マックは、セイジの質問にはっきりと頷いた。

 クラッシュに教わったのだと。古代魔道語も読めるようになっていたという目の前の子供の勤勉さに、セイジは少しだけ目を細めた。

 そのマックは、俺達がなぜ現れたのかも気にすることなく、拍子抜けするような疑問を投げつけてきた。


「どうして俺たちの場所が分かったんですか?」


 不思議そうなマックに、思わず肩の力が抜ける。

 魔法陣にあれだけはっきりとこの場所を描いているのに、セイジが気付かないはずはなかった。そのことを言うと、マックは納得したようにうなずいていた。


「まずはクラッシュの経緯を教えてくれないか。クラッシュの異常な魔力を感知して、慌ててエミリを連れてきたんだ。そうしたら目の前にレイモンドの野郎はいるわクラッシュは変なもんに絡まれて消えるわでわけがわからねえんだよ」

 

 そのままの流れでクラッシュではなくマックに質問すると、マックは一瞬だけ『幸運』に目を向けてから、一から説明してくれた。


 流れはこんな感じだった。

 冒険者ギルドに紛れ込んでいたある貴族の手駒をエミリが泳がしたところ、手駒が貴族に助けを求めてセィの貴族街の門に駆け込もうとした。ところがその貴族は手駒の言葉をすべて戯言とし、こんな女は知らない、と女を止めていた門番ごと切り付けた。女はそこで命を落とし、門番も重傷を負った。そのことがきっかけで門番の数が足りなくなり、どこからか門番を移動させてこないといけなくなった。トレの門で『幸運』が門番をしていると知っていた貴族が、その『幸運』の恩恵にあやかろうと、周りの貴族たちを説得。『幸運』はセィの貴族門に呼ばれ、少しの間と言われ、来ることになった。

 『幸運』と懇意にしていた錬金術師がセィ城下街を目指していたところ、途中の岩場で岩に嵌ってしまって動けなくなったレイモンドの乗った馬車に遭遇。怪我をしたレイモンドにハイポーションを差し入れたところ、その効果の高さに驚いたレイモンドが自分の懐に錬金術師を取り込もうと、無理やり馬車に詰め込んだところを、偶然セィまで来ないといけなかったクラッシュに目撃される。クラッシュが丁度門に立っていた『幸運』と一緒にその馬車を追い、追い付いた先にいたレイモンドと遭遇した。


 よくできてる、とセイジは内心溜め息を吐いた。

 すべて偶然の出来事のはずなのに、綺麗に物事が繋がっていた。

 クラッシュと共にレイモンドの馬車を追った『幸運』は、レイモンドが錬金術師を拉致したことを把握しているし、それを上に報告する義務もある。それをできる立場にいた。

 しかしそこでクラッシュが、レイモンドが昔自分の父親を死に追いやった貴族だということに気付き、激高。

 魔力が暴走しかけ、それをたまたまそう遠くないエルフの里にいたセイジが感知し、エミリを連れてここまで来ることが出来た。

 懸念されたクラッシュの魔力暴走は、マックの持っていた魔力を吸い取り成長する植物によって抑えられていた。しかもその植物は丁度今日貰ったものだったらしい。

 クラッシュから転移の魔法陣を教わっていたマックは、まんまとレイモンドの前から逃げおおせ、今に至る。

 一方エミリは先日、たとえデカい魔法を使っても契約の石の呪は発動しないということがわかっていた。

 そして、ライアスが命を落とした時、王に「次はない。その時は好きにしろ」とはっきりと言われている。

 二度目であるレイモンドは、どうあがいても、もう救いの手が伸びることはない。エミリが報復をしても、何の罪咎もないということだ。


 セイジは話を聞きながら、思わず口元を緩めてしまった。

 ちらりと、マックの横で茶を飲む『幸運』に視線を向けると、『幸運』もまたセイジに視線を向けた。

 本当に怖いな、とセイジは『幸運』の強運に少しだけ身震いした。


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