表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/99

34、因果応報


 エミリが、その貴族を見た瞬間殺気立つ。


「あなたは……どうして、あの子といたの……?」


 エミリの周りがゆらりと揺らめいて見える。

 セイジはエミリの周りに漂い始めた魔力を肌で感じると、少しだけ間を開けた。

 

「ひ……っ」


 へたりこんでいた貴族は、エミリを見て目を見開いた。

 

「うわ、なんか懐かしい顔があるな」

「ええ、本当に。こんなところで会うとは思わなかったわ。セイジはクラッシュを追ってくれない? 私、この人とちょっとお話があるの」


 とてつもなく恐ろしい笑顔でそういうエミリに頷くと、セイジは「クラッシュはここの農園に行ったみたいだぜ」と一言だけ言いおいて、すぐに転移していった。

 

 残された貴族に、エミリは一歩近づいた。


「ねえ、レイモンド侯爵。前に言ったわよね。二度目はないって」

「ち、違う……! 全くの誤解だ!」


 腰を抜かしているのか何なのか、レイモンドと呼ばれた貴族は、へたり込んだままずり……と地面を少しだけ後ずさった。

 エミリはそれを、冷めた目で見降ろしていた。




 クラッシュは一度、5歳のころに誘拐されたことがある。

 エミリが冒険者ギルドを立ち上げたことにより、ギルド独自の物流が出来上がったため、その土地を治める貴族の税金収入が激減したせいだ。

 権限が低下すると思った、当時トレを治めていたレイモンド侯爵が、これでエミリも少しはおとなしくなるだろう、などと、ならず者を使ってクラッシュを誘拐したのだ。

 それに気付いたエミリは、契約の石で自身の力を使うことを制限されていたため、主にクラッシュの父ライアスがメインでクラッシュを助け出した。

 しかし、その時にならず者の手から放たれた矢じりに毒が塗ってあり、それを受けたライアスは、そこで命を落としている。

 クラッシュは助け出された当時、父の死のショックでしばらく話も出来ない状態だったのだが、自分を誘拐し、父の命を奪った相手が誰だかわかっていたらしい。

 

 エミリは後日、王にレイモンド侯爵の断罪を申し入れたが、王はそれを重くは受け止めず、最終的には、レイモンドはトレの領主を辞めることで罪を償ったとし、ライアスは一介の冒険者だったため、不幸な事故として処理をされてしまった。

 その後、クラッシュはトレの商家に預けられ、そこの夫婦に可愛がられ、ようやく普通の生活をできるまでに回復したのだが、その回復には、実に数年の時間がかかっていた。

 

 あの王の決裁をきいたとき、エミリは確かに「一度だけ、二度目はない」と言ったはずだった。

 王も、全く引かないエミリを納得させるために、「もう一度このようなことがあったら、それはもう私のあずかり知るところではない」と言ったことを覚えている。




「ギルドマスターの子を誘拐したわけではない! ただ私は、道中私を助けてくれた少年を、家に招待しようと……そしたらあの子供がいきなり乱入してきて! 私は断じて悪いことはしていない!」


 がたがた震えながらも豪語するレイモンドを、エミリが冷めた目で見下ろす。


「穏便だったら、あの子がこんなところに来るはずないじゃない。その少年を無理やり連れてきたの間違いじゃなくて? あの少年は、うちの子の友達なのよ」

「そ、そんなもの、知るわけないだろう……! あの子供が、勝手についてきただけだ……!」

「じゃあどうして、あの子はあんなに怒っていたのかしら。あなた命拾いしたわね。あの子の魔力が爆発していたら、あなたも、あの子も、この家に住んでいるあなたの家族も使用人もすべて、死んでいたわ」


 エミリがまた一歩近づいていく。

 レイモンドが「ひっ……!」と悲鳴を上げるのを、ただ感情の籠らない瞳で見下ろしていた。


「あなたは、私の大切な者を二度も奪おうとした。そのことは、わかっているわよね」

「だから……!」

「そういえばつい最近も、あの子の命を奪おうとするやつがいたわね。あなた、知っているでしょう?」

「わ、私は関係ない……」

「そう? でもあの貴族、あなたに助言をもらったって言ってたわよ。あの子を襲って、殺そうとしていたわよね」

「違う!」


 何が違うのかしら、と声なく動くエミリの口に呼応するように、館の壁にピシリ、と亀裂が一本入る。

 その音に慌ててレイモンドが振り返る。


「お、お前は、魔法を使うと、王宮に拘束されるんだろう?!」

「ふふ、そうね。そうかもね」


 もうひと筋、亀裂が走る。

 カラカラ、と小さな瓦礫が地面に落ちた。


「やめろ、やめてくれ! 中には私の妻と、息子が……!」

「その、伴侶と子供を目の前で殺されそうになる親の気持ち……少しはわかってくれるかしら?」


 今度は大きな館の両端に、ピシピシ、と亀裂が入っていく。


「もうしない、だから、やめてくれ……! 頼む……!」


 レイモンドがへたりこんだまま頭を抱えていると、館に異変を感じたらしい中の者たちが、ぞろぞろと出てきた。

 その中には、レイモンドの妻の姿は見えない。

 

「誰か、中からマリアとグレイスを連れ出してくれ……!」


 レイモンドが声を張り上げると、一人の使用人が「ただいま!」と館の中に戻っていった。


「あら、あなたのせいで、あの人まで命を落とすことになるのね。ひどい主人」

「こ、殺すのは、お前だろう?!」

「違うわ。あなたよ。私は、あなたが何もしなければ出てこなかった。そして、今回のこの件は、もう王は関与しない。私の好きにしていいってことでしょう」

「その理屈はおかしい!」

「おかしいのはあなたのその考え方よ。あの子がいなくなった時、私はちゃんと手順を踏まえて捜索の申請をしたわよね。でも、あの子が見つかってからも騎士団は動かなかった。なのに、その騎士団を私用で動かしたなんていうおかしな理屈で変な額の請求書がギルドに届いたの。あれは、何だったのかしら。あなたたちの所の騎士団は、仕事をしないでお給料だけ貰うようなクズばかりなのかしら。書類を止めたのも、あの変な物を送り付けたのも、すべてあなたなんでしょう?」


 館からは亀裂の入っていく音がひっきりなしに聞こえてきて、自分の妻を呼びに行った使用人はまだ出てこない。

 レイモンドは「違う違う違う!」と吐き出すように叫んだ。


「あれは、あの書類は、アイナリー公爵を通さないと上に行かないことになっているんだ! 私じゃない!」

「じゃあその公爵もあなたの仲間ってことね。情報提供をありがとう。わがギルドでは、情報を提供してくれた人にはそれなりの報酬を渡すきまりがあるの。あなたへの報酬は、3つくらいでいいかしら」


 エミリが片手を上げると、そこに、火の球が3つ、宙に浮いた。

 館から出てきた者たちの間から、悲鳴が上がるが、エミリはお構いなしにそれを掲げて見せる。


「ねえ。見て頂戴。あなた、私が宰相と契約を交わした時、いたわよね。ほら。こんな魔法を使っても、腕に呪いの呪が発動しないのよ。素敵でしょう。だから、自分でできることは自分でやることにしたの。あなたへの、制裁、とか」


 言い終わるなり、火球が一つヒュンと飛んで行った。

 ドゴォン! と壁の一部が爆発し、崩れていく。


「ちょっと地味ね。もう少し、派手に行きましょうか」


 エミリの口元がきゅっと上がり、残った二つの火球が少しだけ大きくなった。

 微笑んでいるように見えるその顔はしかし、瞳が、猛獣のそれを思わせた。


「やめろ、やめてくれ……ッ! まだ、館には、妻と子が……!」

「あの時そう言ったら、あなたはやめてくれたかしら? 私はあなたと同じことをしているだけよ」

「お……っ、お前の子供は、もうここにはいない! ここを壊しても、何にもならないだろう!」


 叫び続けるレイモンドに、エミリは一ミリも慈悲を与えるつもりはないらしい。

 口角を上げたまま、ふふ、と笑った。


「まだ館の中に私の子がいるかもしれないわ。歓迎してもらえないなら、拉致された私の子を、建物を壊してでも助けないと、命が危ないのよ」


 エミリの発した言葉に、レイモンドの顔が顰められる。


「とでも言えば、聞いてもらえる世の中でしょう。何せ、あなたは前科があるから」

「だから……! 違うと、もうここにはいないと、何度言えば……!」

「私にとっては、どんな言い訳をしても、同じなのよ。あなたはあの子を消そうとした、ただ、それだけ」


 綺麗に微笑むエミリに、レイモンドは漸く何を言っても無駄だと悟った。

 せめて愛する家族たちは逃げたか、と振り返り目を凝らすが、一点に固まった使用人たちの間には、やはり妻と子の姿は見えなかった。


「さあ、派手に始めましょうか」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ