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33、里の老エルフ


 一番里の奥に向かうと、そこにはとても大きな樹が根を張っていた。

 樹の周りに、まるでその樹を守るかのように、砦のような館が細長く建っている。

 一階部分は壁がなく、大樹の幹がよく見えた。

 一画に、とても髪の長い年老いたエルフが座っている。まるで周りの景色と一体となっているように、その老エルフと周りの空気は馴染んでいた。

 その老エルフは、セイジが近付いていくと、ゆっくりとほほ笑みながら顔を上げた。


「おやおや。英雄さんが来てくれるとはねえ」

「邪魔するぜ。って一発で正体がばれるとはな」

「見えるからねえ、あなたの姿が。まあ、ここにお座りなさい」


 老エルフは自分の横をポンポンと手で示した。

 セイジは言われた通り、そこに腰を下ろす。すると、音もなく若いエルフがやってきて、二人の前に飲み物を置いて去っていった。


「お飲みなさい。あなたもぼろぼろ。あの異邦人の子たちもねえ。よくここに来れたわね。ここはあまり人族が足を踏み入れないように沢山魔物を放っているのに。あの大きいの。あれはねえ、ここを守ってるのよ。くれぐれも消したりしないでねえ」

「え?! あの3体はもしかしてここの守り神……ってのはおかしいか、守ってる魔物だったのか? 俺、倒せるなら倒せなんて軽口言っちまったよ」

「倒せないでしょうけどねえ。だってあの子たち、消えてもまた現れるから。昔ねえ、一体、うちのエミリに倒されたことがあったのよ。でもねえ、私がエミリを説教している間に、生まれ変わってまた縄張りに戻っていったの。だから、多分大丈夫よ。ここに里がある限り」

「エミリは倒せるのか……エミリを怒らすの、やめとくか」

「ふふふ、エミリがお世話になってるわねえ。あの子はここの出身、私の可愛い孫のようなものなのよ。エミリと人族との間に生まれた子は元気かしら?」

「ああ。毎日楽しそうに暮らしてるぜ」

「それは朗報ね」


 出されたお茶を一口飲んで、セイジはホゥ……と息を吐いた。ほんのり甘く、胸にしみわたる味だった。


「それにしても、俺がエミリと知り合いってよく知ってるな」

「わかるわ。あなたとエミリ、そしてその子のつながりが見えるもの。そしてサラとも。サラはとても博識だったわ。さすが釜を継ぎし者ねえ。色々な物を見つけては年若いエルフたちに知識を与えていたわ」

「釜、ねえ。今はまた別のやつの手に渡ってるけどな」

「あら、それを使える子が出てきたのかしら。あの釜はとても偏屈でねえ。ほんの一握りの気に入った者にしか自身を扱わせようとしなかったのよ。あの釜は、神の御使いの欠片なのよ。

沢山の人の間を渡り歩き、最後その本体をめぐり人々が争い、割れてしまった神の御使いの入れ物の欠片が、世界のどこかに数個落ちてしまった。それが、あの釜。その話をサラにしてあげたら、サラはとても神妙な顔をして、大事にするって約束してくれたわ」


 話を聞きながら、セイジはクラッシュの横にいた、錬金術師と名乗る薬師の顔を思い出していた。

 

「何にせよ、釜に選ばれたのなら、悪い子ではないわ。釜は、自身を使って悪いことをしようとすると、すぐへそを曲げてしまうから。そうしないと、また悪の塊が生まれてしまうのよ」

「……それ、俺が昔読んだ本に書いてあった気がする。『神の使いの入れ物を手に入れた人族が初代魔王になった』って。それをサラに教えたら、サラは笑って大丈夫って。これでいたずらしようとしたら失敗しかしなくなったからって。心を入れ替えたらまた成功するようになったって反省しながら言っていたな」

「まさにそれね。大丈夫よ。それにしてもあなた。胸に、誰の魔力を飼っているのかしら」


 セイジはゆっくりと老エルフの方に顔を向けた。

 自分の胸を手で押さえて。


「その魔力は感じたことがあるわ。100年ほど前に亡くなったフォルサの魔力の感じがするわね。フォルサの子かしらね。人族の街に隠れ住んでいる子でしょう」


 あくまで穏やかな表情の老エルフに、セイジは答えることなくただまっすぐその凪いだ目を見ていた。

 胸に宿る魔力。それこそが、願いを叶えてくれる力の源だからだ。


「それのせいであなた、全く成長が出来てないわ。身体が、悲鳴を上げるわよ」

「いいんだ。あらゆる成長と引き換えに手に入れたこの眼、それこそ俺が望んだ物なんだ」

「そうね。あなたのその望みをかなえられるのは、きっとそのフォルサの子にしかできないことだわ。半分違う種族の血を身体に入れたエルフは、私たちでは持ちえない特殊な力を持つものだから。エミリの子も、これからきっと、何かしらの力を手に入れるわ。エミリはその時支えてあげられるかしら」

「問題ないだろ。エミリは強い」

「そうね、でも、その分弱いのよ」


 問答のような答えに、セイジは目を細めた。目の前を、綺麗な葉がひらひらと落ちていく。

 外の世界の喧騒から考えると、この里はとても穏やかだった。まるで、数百年とときが動いていないようなそんな。


「あなたは、まずは自分の願いを叶えて、その胸の魔力を取り除くことをしないとねえ。刻は動かなくなると、最後には本当に動かなくなってしまうから。今からでも消せるけれど……」

「いや、遠慮しとくよ。どれだけ身体が悲鳴を上げても、俺はこの力でやらねえといけねえことがあるんだ。もし、俺の願いが叶ったら、今度こそ遠慮なくその魔力を取っ払ってもらうよ。頼んでいいか?」

「もちろんよ。その時は、二人でおいでなさい。歓迎するわ」

「ああ。二人で必ず」

「エミリにも、たまには里帰りしなさいって言ってもらえるかしら? ちゃんと子も連れて来なさいって」

「言っとくよ」


 セイジの答えに、老エルフは満足したように口を閉じた。

 しばらく二人で舞い落ちる葉を目で追う。

 とても穏やかな時間だった。


「……じゃあ、邪魔したな」


 セイジがそう言って腰を上げた瞬間、キン、と頭に強大な魔力が突き刺さるように迫ってきた。


――――あああぁぁぁ!――――


「クラッシュ!」


 クラッシュの叫び声が、直接脳に響いてくる。クラッシュの魔力にしては強大過ぎる魔力に戸惑っていると、老エルフが「魔力が暴走する前に行ってあげなさい」と南に向かって指さした。


「魔力の、暴走だって……?! わりい、邪魔したな! 俺行くわ!」

「くれぐれも、お願いするわね」

「任せろ!」


 セイジは指を動かし、転移魔法陣を描くと、エミリのもとに飛んだ。




「エミリ!」

「あら、セイジどうしたの。珍しいわね」

「んな挨拶はあとだ! クラッシュが、魔力暴走しそうだ!」


 セイジの言葉を聞いて、エミリは息を呑んだ。

 即座にセイジの手に捕まり、「行って!」と声を上げる。


「どこにいるかわからねえが、エルフの里から南……」


 魔法陣を描き、クラッシュの魔力の元を探す。


「クラッシュはセィに行ってるはずよ」

「また誰か、ちょっかいかけやがったか」

「この間のは捕まえたんだけど、まだ後ろがいたのかしら」

「ま、いたんだろうな……、いた」


 クラッシュの魔力を感知したセイジは、すぐさま転移でそこに飛んだ。

 出た地でまず目にしたものは。


 植物に絡め捕られたクラッシュを連れ、転移の魔法陣で消えていく錬金術師マックと、へたり込んだ貴族だった。


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