32、当たりか外れか
「トカゲだ……」
「いやヤモリだろ……」
「イモリ……?」
「そういうのいいから! 動きがヤバいんだけど!」
壁全体を縦横無尽に這いまわるトカゲは、剣で攻撃しようとしても全く当たらなかった。軌道が読めないのだ。
盾を鳴らして挑発しても全く効かず、好き勝手に動き回る。
矢を射ても、背中の鱗が弾き、魔法が着弾しても傷一つつかない。
初手を当てたのが奇跡的なくらい、攻撃が全く効かなかった。
しかし、逃げ回るばかりで、魔物も攻撃をしてこない。
「攻撃方法がないのか? つうか当たらねえ」
「そりゃないっしょ。なんかえぐいの来るよきっと」
軽い口調とは裏腹に、少しだけ厳しい顔をして、乙が怖いことを言う。
それに呼応したかの様に、天井の真ん中でトカゲがピタッと動きを止めた。
そして、口をもごもごと動かし、カッと何かを吐き出した。
「うわ!」
慌ててハルポンが避ける。次の瞬間には今までハルポンがいたところの石畳から、シュウウウという異音とドロっと溶けた石畳があった。
「酸かよ! 確かにエグイなあ!」
「ちょ、攻撃当たらないのにこれ?!」
「でもペッするときは動き止まってる!」
「天井でな!」
すかさずミネが魔法を放つ。今度は被弾するとほんの少しだけHPバーが減った。
魔力耐性の高さに、思わずミネが舌打ちする。そしてその一発が当たった瞬間にはまた動き始めている魔物に、『マッドライド』は攻めあぐねいていた。
「斬撃は効くんだよな! 最初スパっと切れたから! ハルポン! 頑張れ!」
「言われなくても頑張ってるっつの!」
セイジも最大限に『マッドライド』の動きを引き上げるバフの魔法を掛けているが、それでも魔物に決定打は放てない。
魔物自身に攻撃魔法を撃っても、それも最小限のダメージしか与えられなかった。
「ああもう! 『地を支配する偉大なる地の聖霊よ、しばし穏やかな眠りから覚め、城を築かん、アースダム』!」
ミネが杖を地面につけ、呪文を唱えた瞬間、石畳が盛り上がり、部屋の真ん中に石の大山が出来上がった。
魔物にダメージを与えたわけではなかったが、足場が出来たことで、ハルポンの剣が天井の魔物に届くようになった。
「私もう何も出来ないから! MP切れだから隅っこで回復しとくから! だからよろしく!」
ミネはそれだけ叫ぶと、本当に部屋の隅に行って、へたりこんだ。座っていると自然回復量が少しは早くなるからだ。
ハルポンは目の前に出来上がった足場を最大限に利用し、縦横無尽に動き回る魔物に攻撃を仕掛けていった。
しばらくかすりもせずに逃げていた魔物は、またも天井部分でぴたりと止まった。
「せい!」
石のてっぺんにいたハルポンが、ジャンプでスキルを発動し、動きを止めた魔物に切りかかる。
ザンッ、といい手ごたえがして、着地する横に大きな塊がボテッと落ちてきた。
すかさず身を翻して、ハルポンが切りかかる。盾をしまっていたムコウダも斧を構えて魔物に振りかぶる。
セイジが魔法陣を描き、それを飛ばすと、魔物の下でそれが光った。
剣と斧が一気に振り下ろされ、魔物が咆哮を上げる。
ドロっとした体液を撒き散らし、動こうとして、じたばたもがく。
動くたびに石に張り付いた魔法陣が光ることから、動きを制限する魔法陣ということが伺えた。
「長くは効かねえから、さっさと攻撃しろ!」
セイジは叫びながら、自身も次々魔法攻撃をしていく。しかしセイジの魔法でもやはり耐性が高いのかあまり削れなかった。
セイジの声に呼応するように、ハルポンとムコウダが次々攻撃し、乙も今度はしっかりと矢を番えて、次々射ていく。
HPバーが半分ほど削れたところで、魔法陣が霧散した。
即座に魔物が動く。
ハルポンもすぐにまた石の山に登り、次のチャンスを待った。
それを何度か繰り返すと、素早かった魔物の動きがだんだんとゆっくりになってきた。
動き回る壁には、魔物の体液がこすり付けられ、一種のアートのようになっている。
壁を逃げる魔物を追って、ハルポンが走る。
矢で目を射られた魔物はすでにあまり周りが見えていないようだった。
対する『マッドライド』もかなりボロボロだった。魔物の体液も弱い酸で、触れるとその装備が腐食していく。特にムコウダの装備は耐久値がレッドゾーンだった。
「おらあ! そろそろくたばれ!」
『ギャアアァアァァァ!』
横の壁を動いた魔物にハルポンが二本目の剣を突き立てる。
手に入れたばかりのイングレイブソードは耐久値がイエローゾーンに入った時点で、それまで使っていたプレッシャーブレイドに切り替えている。それは魔物の背中に突き刺さったまま、刺さった場所が骨の間だったらしく、がっちりと食い込んでしまって抜けなくなっていた。予備の剣を、背中に突き刺さった剣の横に、さらに突き立てると、クリティカルが出たのか、魔物が実を捩り、HPバーが一気に減った。
その剣にセイジの雷の魔法が落ちる。剣から伝った雷が、魔物の内部を焼いた。
それがとどめとなり、魔物のHPがなくなり、魔物は漸く光となって消えていった。
全員が肩で息をしている。
セイジの装備ですら、振りかかる酸にぼろぼろになっている。
「……終わった」
「俺もうトカゲ見るのやだ……」
「髪の毛ひと房、溶けちゃったじゃん……」
「盾が無事なことだけが救いか」
立ち尽くす『マッドライド』の間を縫って、セイジが魔物が消えていった場所まで足を伸ばす。
溶けたズボンから覗く足は、火傷あとのような物が覗いている。
セイジが聳え立った石の間からオーブを拾うと、全員がセイジに注目した。
「……当たりダンジョンかと思ったけど、外れか」
セイジの手には、白とも透明ともつかない色のオーブが握られていた。
「それ、クリアオーブじゃねえのか?」
ハルポンに声を掛けられ、セイジは無言でそれをハルポンに放った。難なく受け止め、ハルポンがじっとオーブを見る。その目が、驚愕に開かれた。
「これ、ホワイトオーブ……『ホーリーエクスプロージョン』って、光魔法最大の攻撃魔法じゃねえ?!」
「やるよ。覚えろよ、それ」
「セイジ」
溜め息を吐くセイジに、ハルポンは一瞬だけ眉を寄せると、片手にオーブをもったまま、セイジの肩に手を置いた。
華奢な、薄い筋肉しかついていない、発達途上のような身体に、一度ハルポンは言葉を飲み込んだ。
「飯、なんでも奢る。高いのでも何でもいい。から、エルフの里に着いたら飯食おう。絶対な。っても、エルフの里だと食えるものが限られるけどな」
「お、太っ腹だな。遠慮なく奢られてやる」
ニヤリと笑ったセイジにほっとすると、ハルポンはホワイトオーブを使った。すぐに魔法の欄に『ホーリーエクスプロージョン』が現れるが、MP切れのせいか、文字の色は灰色だった。オーブをムコウダに渡すと、ムコウダもすぐに魔法を覚え、乙に渡す。ミネが使ったところで、オーブは光となって消えていった。
手元にあるクリアオーブはまだ4つ。
あと3つ、いつになることやら、とセイジはぼろぼろになった自身の姿に苦笑すると、『マッドライド』の方を振り返った。
シークレットダンジョンに入ったところまで戻ってきたセイジたちは、そこからほんの10分ほど歩き、魔物に会うこともなくエルフの里に無事着くことが出来た。
「あの子いるかなあ! まだ名前教えて貰ってないんだよなあ!」
ワクワクと、走り出しそうな勢いで乙が前のめりになる。
「落ち着け。ちゃんと声を掛けないと弾かれるから」
乙をハルポンが抑え、樹の間に隠れるように伸びている縄を手に取る。それを引くと、音もなくスッと目の前にエルフの男性が現れた。
「こんな山奥に何の御用でしょう……おや、あなた方は……」
エルフの男性は『マッドライド』を見ると、不思議そうに首を傾げた。
その後、破顔させ、目の前に手をかざした。瞬間、皆の前で薄い光がパァンと弾ける。結界を解いたのだ。
「どうぞ。あなた方がまた来るとは思いませんでした。歓迎します」
『マッドライド』がホッとして里に入っていく中、最後に残ったセイジが、そこから入ろうとせずにじっと目の前のエルフを見つめた。
「あなたも大分お疲れのようです。どうぞ、歓迎しますよ」
「ありがとう。ところで、ここに昔、『サラ』という人物が来た、と訊いてきたんだが、本当か?」
「……あなたは、サラ様の、お知り合いか。では、一番奥へお越しください。サラ様のことを訊きたいのであれば」
その言葉に頷いて、セイジは世界の血脈を守っているというエルフの里に、足を踏み入れた。




