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25、昔話


 この世界には、大きな大陸が二つあった。

 一つが魔物が蠢く魔大陸。一つが、それ以外の者が暮らすグランデ大陸。

 魔大陸とは、自然と発生する瘴気が魔物を生み出し、魔素が溢れ、人が住めない大陸だ。その大陸には生れ出た魔物が跋扈し、奥の一段と瘴気の濃い場所では、特別な魔の個体が生まれると言われている。

 いわゆる魔王と呼ばれる、世界の脅威だ。


 魔王が生まれ、そこからさらに瘴気が溢れてくると、魔物が魔大陸に収まり切れず、海を渡りグランデ大陸に渡ってくると言われている。

 たとえその時代の魔王を倒しても、また瘴気が溜まるとそこに魔王が生まれる。その繰り返しに、グランデ大陸の者たちも辟易していた。



「魔王が生まれた、ということか」


 グランデ大陸を統べるグランデ王は、部下からの魔物目撃の報告を受け、そう溜め息を吐いた。羽根のついたペンを握っていた手を止め、王は魔大陸のある方に視線を向けた。いくら目を凝らしても王城から魔王が見えるわけはないのに。


 グランデ大陸には、いくつかの大きな街がある。

 それらはすべて王の名のもとに統治されている。

 王が有能なときはすべての街が活気づき、王が無能なときは、すべての街が寂れる。その街の一つ一つは、貴族が統治していた。貴族を見分け、統治するにふさわしい者を街に就けるのも王、違う統治者に首を挿げ替えるのも王の采配の名のもとに行われた、完全なる王による統治国家である。

 

 魔王が生まれ出た時に大陸を統治していた王は、世に賢王と呼ばれる王だった。

 王はすぐさま、魔王討伐部隊を結成すべく触れを出した。


 魔王討伐が出来る者は、ごく限られている。体内魔力が魔大陸の活動に支障が出ないほどに多く、そして腕の立つ者。条件が二つしかないにも関わらず、王の前に集められた者は、たった4人の若者だった。

 剣に優れ、王主催の剣技大会に最年少の11歳で優勝し、その後もその座を誰にも明け渡すことなく青年となった農民、アルフォード。エルフとして魔力が莫大に多く、しかも剣もアルフォードには及ばないまでも類を見ない腕のエミリ・ヴェルドーラ。人族ながらもエルフに負けない魔力を持ち、さらには様々な物を生み出す力のある、侯爵家三女のサラ・トレ・グリンバード。そして、賢者と名高い頭脳を持ち独特の魔法を自在に操る街商人の子、ルーチェリオ・フォンディア。


 4人は王命により、魔王を討伐の旅に出ることになった。


「なんで魔王なんて倒さないといけねえんだよ」


 道中、ルーチェリオはひたすら文句を言っては、サラに窘められていた。

 ルーチェリオもサラも、トレの街出身である。サラはトレの街を治める領主である侯爵の娘、ルーチェリオはその街に住む、悪ガキ。しかし、気さくな領主の元、街の子供たちは一緒になって遊んでいたため、サラとルーチェリオは非常に仲が良かった。


「ほんとに。家に帰りたい。だってライアスと可愛いクラッシュが待ってるのよ」


 エミリは、ほんの二年前に子供を産んだばかりの母親だった。夫は人族の冒険者。でも、体内魔力が足りないせいでこの旅には同行できなかった。

 生まれたばかりの最愛の息子を最愛の夫に託し、エミリは泣く泣く家を出てきたのだ。

 お互い気心も知れた幼馴染が行動を共にするサラとルーチェリオには、エミリの苦しみをすべて理解するのはとても難しかった。

 気楽だったのはアルフォードだけである。


「大丈夫大丈夫。魔王をぶち殺してさっさと帰ってくりゃいいんだよ」


 彼は、家に帰ってもひたすら畑を耕すことしかできず、剣の腕を買われて騎士団に誘われるも、たった一人の子故に家の働き手が減ると畑が立ちいかないという理由で親によって一方的に断られていた。

 貧しい家の事情をどうにかしたくて騎士団に入ると言っても、親は頑として首を縦に振らず、アルフォードは家に縛られたままだった。この王命は、アルフォードにとって渡りに船だったのだ。


 集まった四人は、それぞれの思いを胸に、魔王の元を目指すのだった。

 






「そして、魔大陸に渡り、賢者と魔法使いを失いながらも、魔王を討伐することに成功。勇者は王から下賜された第三王女と結婚し、無事騎士団にも入り、エルフは冒険者ギルドを立ち上げ、世の中の安全を守り、今に至る、と。めでたしめでたし」


 『白金の獅子』を目の前に、アルフォードがそう言って話を締めくくった。

 棒読みに近い投げやりなアルフォードの言葉と表情に、誰もがそれはめでたしではなかったんだと気付いていた。


「そっか、やっぱり『セイジ』っていう名前は、賢者セージからつけられたのか」


 しみじみとドレインがそう語った瞬間、机がバン! と叩かれて、アルフォードの焦った声がドレインの言葉を遮った。


「ちょ、待て待て! 誰もそんなこと言ってねえだろ! なんでそんな、ば、バレたら俺が怒られんだろ! 賢者は魔王討伐で死んだってことになってるんだからな!」


 アルフォードのごまかしの言葉で、それが事実であるということが、バレた。

 幸いなのは、今ここにセイジがいなかったということだ。

 ここは騎士団の宿舎の中にある食堂。さっきまで全員でアルフォードと模擬戦を行っていたのだ。とはいえ、一撃で全員が倒れて終わり、ということがざらだったので、稽古かどうかははなはだ疑問である。


「いつでも『ルーチェリオ』と呼ぼうとしてたんじゃないですか? あなたにとって、セイジという名前はあの人の名前じゃないようだし」

「いやいやいや、セイジは、セイジだろ?」


 ドレインの突っ込みにそうやってごまかすも、アルフォードの目は泳いでいた。

 嘘のつけないアルフォードの人柄に、皆の心が和む。


「ただ、疑問なのは、セイジは見た目が35歳には全く見えないってことなんだよな」

「ああ、どう見ても、成人したてって感じだよな。下手したら、10代でも通る見た目をしてるんだよ」


 ひそひそと話していると、アルフォードが「それな」と口を開いた。


「エミリっていう仲間も、そんな感じだ。今40くらいだろうと俺は思ってるんだけどな。ユーリナくらいの見た目だぞ。息子ももう一人立ちしてるってのに。ああいうのを究極の若作りっていうんだよな」

「へえ。じゃあエミリに会ったとき、アルがそう言ってたって伝えとくよ。なんなら今から伝えてやろうか?」


 うんうん、と頷いているアルフォードに、後ろから声がかかった。瞬間、アルの締まった体躯がビクンと大げさなほどに震えた。

 真後ろのドアから、セイジがにこやかにアルを見ていた。


「セ、セイジくん。それは、俺に死ねと言ってるってことかな?」

「たまにはぶち殺されるのも楽しいんじゃないかな、アルフォード君。最近お相手がいなくて拗ねてるって副団長から訊いたしな。エミリならアルと互角でやりあえるだろ。俺の好意だよ、喜べ」

「無理だろ。ブチ切れた時のあいつは、俺の腕をもってしても止められねえ……」


 ぶるぶる震えるアルに、ニヤリと意地悪そうな笑顔を向けると、セイジはアルの隣の席に座った。

 

「ここって飯ただなのか?」


 青くなっているアルを覗き込みながらそう訊くセイジに、思わずガンツが吹き出した。


「セイジはまた金欠なのか?」

「またじゃねえ。いつも、だ。貧乏人には労りの心をってな。ってかどうだ、アルの教え方」

「素晴らしく短時間で経験値が入るな。こういうパワーレベリングもあったのかと驚いている」

「そか。アルは戦うのと嫁を過剰に愛でるのしか能のない男だからちょっと心配してたんだ」


 横でセイジの言葉に「嫁を愛でるのは任せろ! 負けねえ!」とドヤ顔をするアルフォードを放置して、月都は宙を睨んだ。

 

「実際に、すごく腕は上がってるんだよな。なんであんな一方的な戦闘で上がるのか全く分からねえんだけど」

「俺も俺も。後衛で、剣の風圧一回で力尽きるのに、なぜかレベル上がるんだよな――。不思議」


 一方的なはずなのに嬉しそうな『白金の獅子』の面々に、セイジは呆れたような視線を向けた。

 

 セイジが最終的に欲している力は、アルフォードと互角以上で戦える者たちだった。

 いかに自分の求めるものが無謀なのかは、自分でもわかっていた。 

 それでも、一人の力では、絶対に、求めるものは手に入らない。

 いつも密かに抱えるジレンマが、セイジの口から溜め息となって出てきた。


「でもセイジ。もっと強い者ならいくらでもいると思うぞ。会ったことあるかはわからないが、『夕凪』というパーティーなんかは、俺達よりよほど強いと思う」


 ガンツが特定のパーティー名を上げた瞬間、セイジの眉間に皺が寄った。


「あんなの、最悪だろ。あいつらと戦場に行ったりしたら、命が何個あっても足りねえっての」

「そうか……」


 吐き捨てるように言ったセイジに、ガンツがすまなそうに眼を伏せる。

 そんなガンツを見て、セイジはふっと表情を緩めた。


「まあ、中にはお前らみたいに気のいい奴らもいるからいいけどな。実際に助かってるんだし」

「そう言ってもらえるとありがたい」

「ってわけで、よろしくな、アル」


 セイジは隣のアルフォードの肩をポンと叩くと、席を立って食事を注文するところに向かっていった。

 「料金はアルフォードに付けてくれ」という声が聞こえたが、アルフォードは怒りもせずに口元をニヤリと緩めた。


「じゃ、午後からの稽古、そろそろ始めるか」


 『白金の獅子』からのいい返事を聞きながら、アルフォードは闘技場に足を向けた。



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