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24、愛妻家の勇者ってのは手に負えねえ


 さっきまで美人の奥さんの腰を掴んで離さなかった男は、セイジが『白金の獅子』を紹介した瞬間、瞳をキラリと光らせた。


「ル、セイジが連れてきたってことは、見込みがあるってことか」

「アルから見ればまだまだひよっこだろうがな」

「ひよっこでもなんでもいいじゃねえか。ル、セイジが連れてきたってのが重要なんだからよ。でももし……」


 アルフォードは、『白金の獅子』を一瞥すると、獰猛な肉食獣のような表情を浮かべ、口を開いた。

 アルフォードの身体からは、誰もが畏怖するような覇気がたちのぼっていた。

 『白金の獅子』の面々が、ごくりと唾を飲み込む。


「俺の奥さんに手を出そうものなら、その身を引き裂いて魔物の餌にしてやるからな!」


 意気揚々と宣言した瞬間、後ろから当の奥さんに頭をぺしんと叩かれ、アルフォードの覇気が一瞬にして霧散する。

 アルフォードの覇気に呑まれかけていた『白金の獅子』の面々も、そのやり取りには毒気を抜かれ、思わず吹き出した。


「アル、お前、本っ気で頭悪い所は変わらないなあ。つうか毎回俺の名前どもるんじゃねえよ。鬱陶しい」

「だって俺にとってのお前はセイジなんて名前じゃねえから。頭悪いんじゃなくて、ジャスミンをただただ愛してるだけだって」

「あなた……」


 ジャスミンは、喜ぶでもなく呆れたような声を出して、またも腰を捕まえてきたアルフォードに諦めのため息を吐いた。


「だって一目惚れだったんだぜ? あの、目が合った瞬間の体中に走り抜けた衝撃、ジャスミンは感じなかったってのか?」

「あなたそれはいきなりお尻を触ってきたあなたにわたくしが雷の魔法を打ったからです」

「でもジャスミンも俺を好きだろ?」

「それは……まあ、その、剣を持った姿は、とても素敵で……」


 アルフォードが戦っている姿を思い出したのか、ジャスミンの頬が薄っすら赤く染まる。その姿は恋する乙女そのもので、とても可憐だった。

 アルフォードの一方通行な想いじゃなくて両想いだったことになぜか安堵したガンツは、誰もが感動したあのオープニングを思い出しながら、「あの」と口を開いた。


「あなたの奥方に手を出す気は全くないので、そこは信用してもらいたい。そして、俺たちは今強くなるため、あなたの下で腕を上げようと思っていたところです。ぜひ、剣の稽古をつけてくれませんか」

「あ、ガンツずるいぜ。お前は槍だろ。俺が剣だから、俺が勇者に剣をまず習うのが順番ってもんだろ!」


 手合わせの順番を主張し始めた二人に、アルフォードはあっけらかんと「俺槍も得意だけど」と口を開いた。


「手合わせとか稽古とかまだるっこしいな。全員で俺にかかってくればいいんじゃねえ?」

「アル、有望株殺すなよ」

「殺さねえよ。ル、セイジが見込んだやつなんだろ。つうかぜひセイジの手伝いして欲しいくらいだね。……俺は無理だから」

「気にするな」

「気にするっつの」


 ジャスミンに出されたグラスを、セイジとアルフォードがチンと軽くぶつける。年齢はもしかすると親子ほども違うのに、なぜか、纏う雰囲気は同じだった。

 そんな二人を見て、ジャスミンが少しだけ表情をほころばせる。

 そして、アルフォードの手を抓った。


「アル、あなた。わたくしは夕飯の用意をしてきますので、積もる話もあるでしょうし、どうぞこのままお話していて下さい」

「でも、ジャスミン、離れがたい……」

「あなた」

「はい……」


 一日に何度もこのやり取りをしているのか、とセイジは思わず空笑いをしていた。



 明日から稽古をつけてやる、とアルフォードと約束を交わした『白金の獅子』は、ジャスミンの手作りの夕食に舌鼓を打ち、泊って行けという申し出を辞退して契約しているという宿に戻っていった。

 残されたセイジは、ありがたくアルフォードの家に泊ることにし、さっそく勝手にアルフォードの秘蔵の酒の封を開けた。


「おいおいルーチェ。それ、エミリに頼み込んで冒険者ギルドに依頼まで出して手に入れてもらった秘蔵の酒だぞ?」

「飲まねえ酒は単なる飾り。飲んでこその酒だろ」

「く……、違いねえ。ジャスミン、一緒に飲もう。ほら、俺の膝の上に座れよ」

「あなた……いいえ、男同士話が積もるでしょうから、わたくしは先に休ませてもらいます」

「えー。俺の膝の上がすげえ寂しいんだけど」

「じゃあ、セイジさん、アルのお膝が寂しいそうなので、乗ってあげてくださいませんか? きっとアルも喜びます」


 にこやかにそんなことを言うジャスミンに、セイジはぶっと吹き出した。


「俺もあいつに浮気だなんだと怒られちまうっての。それに俺がジャスミンを乗せるなら浮気と言われても享受するけどな。アル相手ってのは勘弁願いたいね」

「ふふ」


 ジャスミンも可愛らしく笑い、それでは、と優雅に頭を下げて部屋を辞した。

 それを名残惜し気に見送ったアルフォードは、ドアが閉まった瞬間顔つきが変わった。


「で、あいつらを鍛えればいいのか?」

「ああ。っていうか憧れてた人物がこんなちゃらんぽらんなやつだったって失望しなければ、だけどな。あの場面で「ジャスミンに手を出すな」ってのは、ねえな。ねえわ」

「一番の問題だ文句あるか」

「ありまくりだっつうの」


 遠慮なくグラスを空け、さらにつぎ足すセイジに、アルフォードも負けじと秘蔵の酒を喉に流し込む。

 蠟燭の火が揺れ、石造りの壁に映った二人の影も揺れる。


「それにしてもな。ほんとルーチェは変わりねえな。俺なんかこんなに渋くていい男になったってのにな。ざまあみろ」

「仕方ねえだろ。それに、あいつだって冷たいあの中で、変わりない姿をしてるんだ。これでつり合いが取れるってもんだ」

「そんな、成長を犠牲にしてまで得る価値がある力なのか疑問だけどな」


 カラン、と氷がグラスを鳴らす。

 アルフォードの言葉に、セイジが目を細めた。

 

「さてなあ。そこは何とも言えねえが。じゃあ、アルはジャスミンが閉じ込められて、それを助けるためにお前の未来をくれ、と言われたら、ためらいなく渡すだろ」

「ああ……そうだな。悪い」

「そもそもあいつがここにいないってだけで、俺にとっては未来なんぞねえのと一緒なんだよ」


 セイジの言葉には、少しだけ苦渋が滲んでいた。

 グラスを覗きつつ、明らかに意識はそこではない何かを探している。

 セイジの過去を知るアルフォードには、セイジの苦渋の正体が何なのか、正確にわかっていた。わかっていて、その手助けを出来ない自分を不甲斐なく思う。

 グラスを回し、カランと氷を鳴らしながら、琥珀色の飲み物を口に含む。

 自分の横には、最愛のジャスミンがいてくれる。アルフォードにとっては、それは何よりの最重要事項だった。セイジにもそれが当てはまるはずなのに。セイジの隣には、今は誰もいない。

 知らず、アルフォードの口からも、重い溜め息が洩れた。

 さしあたって自分が出来ることは、セイジが見込んだ者たちを鍛え上げることだけだ。

 明日から楽しくなりそうだな、とひそかにアルフォードは気合いを入れるのだった。

 

  

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