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23、辺境派遣第七隊王宮騎士団団長


 見つけてしまったシークレットダンジョンのために中断していた旅を、セイジは再開した。

 人の手によってできた道の少し横をひたすら歩く。途中乗合馬車や、騎士の乗った巡回の馬が通り過ぎていくが、セイジは無関心でひたすら足を進めた。

 街を通り、時に野宿し、横目で森や谷を観察しながら進む。

 順調な旅路で、セイジはさしてかからず辺境の街まで辿り着いた。


 辺境の街は、正式名をディエテ国境街という。

 海と山を挟んだ向こう側に、人間の住めない魔物の地が広がっていることから、この街に居を構える者は、腕に自信のあるものか、辺境警備の者が多い。

 純粋な街の住人は少なく、娯楽などは一切置かれていない。

 そのせいか、冒険者ギルドがここでは大変重要になっており、海や山からやってくる魔物の討伐は、冒険者たちと衛兵たちが力を合わせて行っている。

 魔物の土地が近いせいか、魔物の強さも、温い冒険者では手に余るものがあり、自然集まるのは強い者だけになる。

 

 衛兵たちだけではなく、王都から派遣されている騎士団も、街を守ることに力を注いでいる。

 基本冒険者ギルドと騎士団の仲は悪く、対立しがちなのだが、この街でそんな悠長なことをやっていると少しの油断で街が消える、ということを知っている双方は、互いに手を取り、協力体制を敷いている。




「副団長! 団長がいません!」


 派遣されている第七隊王宮騎士団の執務室。

 書類仕事をやっつけていた副団長の元に、一般騎士が飛び込んできた。

 先程、団長を探しにやった者だった。

 騎士団長が署名しないといけない書類が、山のように溜まっており、その他の雑務で手の回らない副団長が騎士団長を探しに行かせたのだ。


「……またか」


 辺境派遣の王宮騎士団。その団長は、ちょくちょく姿を消しては、団員に溜め息を吐かれていた。

 騎士団長の歳は35歳。癖は、逃亡。

 

「行先はわかってる。団長の自宅に、迎えに行ってくれ」


 溜め息を吐きながら、副団長は動かしていた手を止めて、額に手を当てた。

 騎士団長の逃亡先は、自分の自宅。

 なぜなら、そこには愛する妻がいるから。

 彼は、とんでもない愛妻家だった。



 セイジが第七隊王宮騎士団の砦に向かうと、目の前を馬に乗った若手騎士が飛び出していった。

 向かう先は、セイジも向かおうとしていた方向で、その慌てっぷりから、探している人物がここにはいないということを知る。

 騎士の向かった方向に足を向け、ゆっくりと歩きだしたセイジは、思わずくくくと笑った。


「アルは全く変わりないみたいだな」


 今急いで目的地に向かっても、迎えに行った騎士にごねてごねて嫁にくっついて離れない騎士団長が見れるだけだ。そんなのはもう見飽きた。と、セイジは辺りを見回しながらゆっくりと足を進めた。

 

 前に辺境に来たのは、1年ほど前。そのころはここまで異邦人も多くなかった。そう思うくらいには、異邦人が街を歩いている。

 そんな中、見知った異邦人たちが目の前から歩いてきた。


「『白金の獅子』じゃねえか。なんでお前らはこんなに神出鬼没なんだよ」


 笑いながらそう声を掛けると、『白金の獅子』のリーダー、ガンツが驚いたように足を止めた。


「それはこっちのセリフだと思うんだが。レベルを上げようと思って、活動拠点を探していたんだ。セイジはどうしたんだ?」

「ちょっと面白い物を見に行こうと思ってな。来るか?」


 駄々を捏ねて嫁に引っ付く辺境派遣第七隊王宮騎士団長をこいつらにも見せてやろうとひひひと笑うと、ガンツはすぐに乗ってきた。他のメンバーも興味津々でセイジの後をついてくる。

 

「クリアオーブは集まったか?」

「ぼちぼちな。こっち方面はまだこれから探すからなあ。お前らはしばらくこっちにいるのか?」

「ああ。ここの王宮騎士団の団長がとてつもなく強いという話を聞いて、騎士団関連の手伝いで魔物を狩っているところだ」


 団長、のところで、セイジは思わず吹いてしまった。

 幻滅しないといいな、と心の中だけで思いながら、ゆっくりだった足を少しだけ早める。

 目的地はそこまで遠くはない。

 近況を聞きながら足を進めていると、大きめの家の前に馬が繋がれているのが目に入ってきた。

 何やら喧騒が聞こえてくる。


「やってるやってる」

「? なにがだ?」


 怪訝な顔をするガンツたちを急かし、セイジはワクワクとその喧騒の元へ向かった。

 ドアの前に立つと、セイジはノックもせずにそのドアをあけ放つ。

 

「だから、副団長がお呼びですから! もうお願いですから砦に戻ってください!」

「いやだって言ってんだろ! なんで俺が書類とかしねえといけねえんだよ! ほら人には向き不向きがあるだろ! どう考えたって俺に書類仕事が向いてるとは思えねえだろ!」

「そのセリフは聞き飽きました! それでもです! 俺が怒られちゃいますから!」

「いやいや、ミント君一人が怒られて、俺の仕事がなくなるなら、それはそれでミント君は騎士団に貢献しているということでだな」

「屁理屈って言葉を知ってますか?!」


 まさに思った通りの展開が目の前で起こっていた。

 先ほど馬で掛けていった若手騎士が泣きそうになりながら怒鳴り、その目の前には、とてつもなく美人な女性の腰を抱いたまま椅子に座って屁理屈をこねる屈強な身体つきの、赤髪の青年。

 腰を抱かれたまま呆れたように目の前の男を見つめる女性は、深くため息をついて赤髪の男から視線をずらし、そこで、セイジの姿に気付いた。


「ほらアル。いつまでも子供みたいなことをおっしゃっていないで。セイジさんがいらっしゃいましたよ。ミントさんもいつも苦労を掛けてしまって、本当に申し訳ありません」


 赤髪をパシパシと綺麗な手で叩きながら、ドアの方を小さく指さす女性は、細い綺麗なプラチナブロンドの髪をさらりと靡かせながら目の前の騎士に頭を下げた。


「いいえ! こちらこそ勤務時間内に奥様の御手を煩わせてしまい、本当に申し訳ありません!」


 先程まで団長に取っていた態度とは打って変わった綺麗な敬礼に、赤髪がオイ! と声を荒げる。


「てめえ人の奥さんに「奥様」とか呼ぶんじゃねえ!」

「アル、あなた。そろそろおやめになって」

「ジャスミンがそう言うなら。でもジャスミンが日中ここに一人でいるんだと思うと、俺心配で心配で」

「あなた」


 呆れた溜め息をも愛しているというように、赤髪がさらに女性、ジャスミンの腰を引き寄せる。

 そろそろ止めた方がいいかどうするか、とセイジがニヤニヤと考えていると、当の赤髪が若手騎士に「わるい」と一言謝った。


「でも今日はダメだな。来客だ。わりい残りは明日、見る。だから今日はおとなしく引いてくれねえか?」


 赤髪が顎をしゃくると、若手騎士もドアの方に視線を向けた。そしてセイジが目に入り、慌てて身を引く。


「わ、わかりました。副団長にはそのように伝えておきます。明日ですね! 明日絶対ですね!」

「ああ」

「約束ですよ! では、失礼します!」


 綺麗に敬礼して、入り口を通った若手騎士ミント君は、通りすがりざまセイジと『白金の獅子』の面々にも頭を下げて、外につないでいた馬の元に向かった。




「今日はずいぶん大所帯だなあ、ル、いや、セイジ」

「ああ。さっきばったり会ってな。騎士団長にあこがれているそうだから、連れてきてみた」


 セイジの言葉に、赤髪がふうん、と面白そうに口元を歪めた。


「玄関を開けっぱなしってのもなんだし、入ってもらえよ」

「じゃあその前にジャスミン嬢の腰の腕を外せよ。見ててウゼエ」

「ジャスミンがここにいる限り、それは無理な話だ」

「おまえ、何年新婚やってるつもりだよ……」

「ジャスミンと俺の命ある限り!」


 壮大なセリフを言った瞬間、当のジャスミンに頭をスパンと叩かれる。それすら愛しそうに、赤髪はジャスミンを見上げた。


「わたくしは奥でおもてなしの準備をしてきますので、手を離してくださいませんか?」

「名残惜しい」

「あなた」

「はい……」


 ジャスミンに窘められ、赤髪はしゅんとしながらようやく腕を離した。そして、奥に消えていくジャスミンを名残惜し気に見送ると、ようやくセイジたちを応接間に案内し始めた。

 彼の名はアルフォード。通称アル。

 辺境派遣第七隊王宮騎士団の団長であり、元第三王女であるジャスミンを妻に持つ。


 彼は、15年前魔王を討伐した、勇者と呼ばれた男だった。

 

 

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