22、ボス戦
岩間から見えていた魔物は、獣型の知能の高い魔物だった。
素早くて、魔法も使う厄介な魔物は、侵入者を見つけた瞬間、威圧の籠った咆哮を轟かせた。
『グオォォォォォァァァァァ! 』
ナイトはくっと顔を顰めて、ビリビリする身体を無理やり動かす。
咆哮が終わった瞬間、硬直している獲物を狙うのが、こういう魔物の定番だからだ。
「咆哮レベルが半端ないな! 結構耐性を上げているのに少し効いてしまった!」
転がって魔物の突進を避けながらナイトが叫ぶと、防御の魔法陣でガードしていたセイジも、苦笑しながら横にそれるように走った。
「このレベルの咆哮を少し効いた程度ってのが、化け物じみてるぜ! 気合い入れときゃ無効にも出来るんじゃねえの?!」
「ふは、はは! ありがとうセイジ! 無効に出来るとも! セイジのおかげでね!」
「そりゃあ心強いね!」
セイジの一言で、ナイトは威嚇無効スキルを手に入れていた。先ほどまでのビリビリとした感覚も、もう感じることはなくなり、ナイトは最後に素晴らしい土産を貰ってしまった、と口元を緩ませた。
威嚇後の追撃をかわしたパーティーメンバーの面々は、それぞれのベストな位置まで辿り着くと、早速攻撃を開始した。
ナイトとコガネは剣を構え、接近戦を。ダブルとゆうぐれは少し離れたところで、魔法攻撃を。クロスは背後のほうまで回り込み、やはり接近戦を。
セイジは距離のある真正面に立ち、魔法陣を紡いだ。
迫りくる爪を躱し、その足を切り付け、離れる。
バフは各自すでにかけているので、セイジは攻撃の魔法陣に集中した。
セイジの目の前に展開される魔法陣から巨大な炎が飛び、水柱が貫く。まったく一貫性のない魔法攻撃は、相手の弱点を探るため。
セイジの魔法陣から氷の矢が飛び出し魔物に刺さると、魔物が小さく鋭い鳴き声を上げた。
「氷属性の魔法を覚えてるやついるか!」
「アイスブリザード!」
セイジの声に応えるように、後方からクロスの魔法が飛ぶ。効果はてきめんで、魔物が威嚇ではない咆哮を上げた。
「うわあ、氷削れるわねえ。HPバー一気に減ったわ」
ダブルが魔物の頭上を見ながら感心したように呟く。その間にも、魔物が放つ魔法を杖で殴り打ち消している。
「じゃあ私も。『誇り高き氷の聖霊よ、わが手に集い、彼のものを貫け! アイスジャベリン!』」
おっとりとしたいつもの口調とはかけ離れた気合いの籠った声で大きな氷の槍を生成し、それを振りかぶって、投げる。
氷の槍はまっすぐ飛んでいき、魔物の胸に突き刺さった。
『グアアアアォォォォォォ!』
「痛かった? ごめんなさいね。すぐ楽にしてあげるわ」
それからは、魔物の攻撃を躱し、魔法をはじき返し、氷の槍を飛ばし、ダブルの快進撃が始まる。
ゆうぐれはもっぱら回復にあたった。
一番力を入れてあげていたのが、回復魔法だったのは、本人の気質によるところが大きい。
ゆうぐれは優し気な見た目そのままの性格をしていた。このゲームを始めた当初から一緒に行動しているコガネが突っ込んでいく性格のせいか、余計に回復に特化するようなスキル構成にしていった。
『フラウリッター』に最初にあこがれたのは、コガネだった。しかしゆうぐれも、ナイトの騎士然とした考えと行動に、いつしか憧れを抱くようになっていた。
運がめぐって来たのか、メンバーが少なくなったナイトに誘われて、二人は二つ返事で了承した。
しかし、少しずつ『フラウリッター』のメンバーだと調子に乗っていったコガネを、ゆうぐれはその気質があだとなり、とがめることが出来なかった。
ゆうぐれとコガネは、一度だけ『ダンジョンサーチャー』の話を聞いたことがあった。NPCと呼んではいけない、と。
ただ、『NPC』というワードをダンジョンサーチャーの前で言ってはいけないだけのかと思っていたが、そんなことではなかった。
すでにセイジは、コガネに見向きもしない。声も掛けない。
コガネが、口には出さずとも、セイジをNPCとみていたのがわかってしまったから。
NPCと呼んではいけない、なんて、そんな軽いモノじゃなかったことは、セイジの態度からわかる。
ナイトたちのことはいまだセイジも認めているのはわかる。しかし、ゆうぐれとコガネは、もう二度とセイジに誘ってもらうことは出来ない。
そのことを、ゆうぐれは感じていた。
ダンジョンサーチャーに誘われたら、オーブが手に入る。
しかし、その幸運に恵まれるのは、運がいい人、ではない。セイジを、しっかりとセイジという一個人として認めている人に廻ってくる幸運だったということを、ゆうぐれはしっかりと理解していた。
「『範囲回復 大』!」
まとめて3人を回復しながら、近くで綺麗な魔法陣を描き、次々とそこから魔法を紡ぎだすセイジをちらりと盗み見る。
銀色の髪を後ろで一つにまとめ、少しだけ煤けたローブが魔法を打つたびに靡く。少年とも青年とも取れない顔が、年齢をわからなくする。
本当に綺麗で強い人。
「『防御上昇 大』! 『攻撃上昇 大』!」」
味方全員に次々とバフを掛けていく。
スキルレベルを上げて、ようやく味方全員に一気に掛けれるようになったバフは、ゆうぐれのMPを次々削っていった。
「お前さ。ゆうぐれ、だっけ」
ふと、バフと回復を掛け続けていたゆうぐれに、セイジの声が届いた。
ハッとして横を向くと、「続けろよ」と視線を戻すことを促される。
「剣じゃなくて、魔法に特化したほうが絶対いい。剣捨てろよ。剣を振り回すのなんかよりもっと強くなるぞ」
言われた言葉に、目を見開く。
「でも、『フラウリッター』は剣も魔法も両方を使える騎士であるというナイトさんの方針が」
「ナイトはナイト、ゆうぐれはゆうぐれだろ。別に両方使いたいんならそれでいいんだけどよ、お前は誰かの手助けをするときが一番嬉しそうだから」
話をしながらも、セイジは次々強い魔法を放っていく。
ゆうぐれはその言葉に返事は返さず、しっかりと魔物に視線を向けた。
魔物のHPバーは、すでに黄色になっていた。
一度コガネが瀕死になるも、ゆうぐれによって即座に回復してもらい、前線に復帰していく。
魔物の抵抗が激しすぎて、ゆうぐれは回復とバフを掛けることで精いっぱいになり、剣を手に持って前線に向かうことが出来なかった。
いつもは、前衛後衛をある程度スタミナが消耗したら交代するはずの戦闘は、交換する隙もなく、本当に自分の得意分野でしかことを進めることが出来なかった。
MPハイポーションも底を尽き、回復アイテムもなくなってきたところで、ようやく魔物が光となって消えていく。
ナイトの特注の鎧もすでにぼろぼろ、剣に至っては、3本ほどを耐久値ゼロによって失っていた。
スタミナも切れかけていて、尻尾の先まで光となって消えた瞬間、全員がようやく終わった、と安堵を顔に浮かべた。
セイジはよろっとしながらも、魔物が消えた場所まで歩き、そして探る。
「当たりだ」
落ちていたオーブを拾い、かざす。
そのオーブに、色は着いていなかった。
「ナイト、当たりだ。悪いな今回もオーブをやることは出来ねえ」
「いや、そんなものはいい。二回ともセイジの役に立てて、私としてはこの上ない喜びだ」
「うそ!」
二人の会話に、割り込む声が突如入り、全員がその声の主に視線を向けた。
「どうしてこれだけ苦労しながらオーブを貰えないのよ!」
コガネがセイジに向かって叫ぶ。
セイジは顔を顰め、手に持った透明なオーブに視線を向けた。
「そりゃあ、お前らが引き当てたオーブが、お前らにとっては何の意味もなさないオーブだからだ」
「そうだ、そして、セイジにとってはまさに探し求めていたものだから、私たちが貰っていいはずがない。諦めろ、コガネ」
「でもナイトさん!」
ナイトがセイジの言葉を補足すると、今度はコガネはナイトに食って掛かった。
「ダンジョンサーチャーとダンジョンに入ると、オーブが貰えて、普段覚えられない魔法を覚えることが出来るって! なのにオーブが貰えないなんて! そんなのずるいです!」
「コガネ、君は何か勘違いしているようだが」
ナイトはしゃがみこんでいるコガネに近づき、目の前で膝をつく。
「セイジが、我々のためにダンジョンに来ているんじゃない。我々がセイジの手伝いのため、このダンジョンに入ったんだ。オーブがないからと駄々を捏ねるのは間違っているぞ」
「でも、そんなのない……」
たまりにたまったものが爆発したんだろうコガネの顔が、泣きそうに歪んでいる。
「我々が二度目だったから、契約内容を省略したのは悪かった。しかし、このクエストの報酬はレベルアップと魔物の素材のみなんだ。そこにオーブは含まれていない。コガネ、地上に帰ろう」
ナイトに手を差し出され、コガネは唇を噛みながらその手を取った。
「セイジ、頼む」
「ああ」
気まずい雰囲気のまま、全員がセイジの腕を取り、地上に戻った。
地上はすでに空が黒く染まっていた。
「セイジ、どこかでご飯でも」
「わりいな、今日は気分じゃねえんだ」
「そうか。では、またの機会にでも誘うとしよう」
「そん時はナイトのおごりでな。俺、いつでも金欠なんだ」
「もちろんだとも。ではな。今日はいい経験をした。ありがとう」
「こっちこそだ」
別れの言葉を交わし、セイジがパーティーを離れていく。
その背中を見ながら、ゆうぐれが「私」と呟いた。
「騎士をやめて、ヒーラーになりたいです」
「セイジに助言をもらったな」
くすっと笑ったナイトに、ゆうぐれが頷く。
「なれるジョブが、増えました」
「よかったな。それを伸ばすと、面白いほどに伸びるんだ。セイジは見る目があるからな。頑張れ」
「ハイ。でも、『フラウリッター』には」
ためらいつつもそう訊いたゆうぐれに、ナイトがおや、と目を見開く。
「心が騎士だったなら、職業は問わないんだが、もしかして今まで知らなかったのか。それはすまなかった」
「……ありがとう、ございます」
『フラウリッター』をやめることはない、と言外に言われ、ゆうぐれの表情が、泣き笑いのそれに変わった。




