21、『NPCと言ってはいけない』わけ
先に進んだところには、大きな獣型の魔物がいた。
口から出ている煙が紫色だったので、すぐに毒ブレスを吐く獣だとわかったセイジは、全員に状態異常軽減の魔法を掛けた。
そして、身体強化もさせて、自身は後ろに下がった。
一番に飛び出していったのは、コガネだった。
大ぶりの剣を両手で持ち、気合とともに駆け出す。
速さも強さもなかなかの物だった。
コガネの初手で足を刻まれた魔物は、咆哮を放ちながら、長めの尻尾を振り回した。
足を刻まれてなお、魔物は速かった。しかし、『フラウリッター』はそれ以上に速く、各々が個々に強く、回復から攻撃までオールマイティでこなせたため、大型の魔物はあまり苦労せずに倒すことが出来た。
魔物が倒れ、光となって宙に消えていく。ほぼ無傷だった面々は、回復もせずに先に進んだ。
進むにつれて、魔物は大きく強くなっていく。魔力も上がっていっているためか、魔法を多用してくる魔物が次々と現れてきた。
前衛で、まず一番に飛び出していくコガネが傷つく頻度が、だんだんと増えてくる。
ゆうぐれが攻撃の合間に回復するが、それでも追いつかなくなってきていて、セイジも回復に回るほどだった。
明らかに、コガネにとってこのダンジョンは格上だった。
「はぁっ、はぁっ」
目の前の魔物が光となって消えていく。
ナイトもざっくりと大きな傷を負うほどの強さだった。他の面々も、手持ちの回復薬の減りに少しの不安を覚える。
セイジも攻撃に回る暇なく、ひたすら回復の魔法陣を描き続けるほどだった。
肩で息をしていたコガネが、座り込んだまま立ち上がらない。
セイジが先ほど体力を回復したから、気力が問題なんだろう。
「何なのこのダンジョン……強すぎる。ほんとにここクリアできるの……?」
「コガネちゃん、大丈夫?」
ダブルに声を掛けられて、コガネがゆるゆると顔を上げる。
その表情は、泣きそうに歪んでいた。
「ポーションも切れちゃったし、ねえ、一回外に出て、もう一度入り直さない……?」
後ろ向きな発言は、気力が切れた証拠だった。
セイジは溜め息を吐いて、コガネに向きなおった。
「いいか、このダンジョンは、一度外に出たら二度と入れないんだ。同じ場所に同じダンジョンは二度と現れない。でもって、いつどこでダンジョンが見つかるのか、それもわからない」
「そんな、だって、セイジはシークレットダンジョンにあたしたちプレイヤーを連れてくるのが役目でしょ」
一向に立ちあがれないコガネを、セイジは腕を組んだまま見下ろした。
少しだけ、セイジの目が細くなる。心なしか、声も低くなる。
雰囲気が変わった。
「俺は、そんな役目になったことはねえし、なるつもりもねえ。お前ら異邦人を連れてくるのが役目なんじゃなくて、このダンジョンのレベルに見合った奴なら、この世界の奴らでも十分なんだよ。ただこの世界のそういう腕の立つ奴らは大抵そばにいないから、仕方ねえから異邦人に声を掛けてるだけだ。お前らが特別なわけじゃねえ。認識を改めろ」
冷たい声だった。
そこにいた誰もが、セイジの言葉に息を呑んだ。
「セイジ……すまない、私のパーティーメンバーが心無いことを言った」
すぐにナイトが頭を下げてくる。
そのことに、セイジの雰囲気が少しだけ柔らかくなった。
「あんたのことは信用してるよ。俺はこんな命がけの洞窟潜りで、ただ間近に敵を置きたくないだけなんだ。魔物ならまだわかりやすくて可愛いもんだけどな、異邦人は仲間だったのにすぐ寝返って敵になっちまうから」
「そんな、そんなこと」
「こんな背中も覚束ない安全の一切ないところで、仲間だと思ってたやつに殺されるのだけは勘弁願いたいからな」
「私は」
「ああ、あんたがしないのはわかってる。でもな、そこの座り込んでるやつ。あいつは、俺を全く対等に見てねえから、信用なんて出来ねえよ」
セイジがコガネの方を顎でしゃくると、ナイトがギュッと目を閉じた。
「プレイヤーをダンジョンに連れてくるのが役目」のNPCという認識が、コガネの中にあるということを、知ってしまったからだ。
ダンジョンサーチャーにしてはいけない禁止事項は、色々と先人に伝え聞いていた。ネットなどには全然載らない、裏の伝聞。
『NPCと言ってはいけない』
その言葉の真意を、図らずも知ってしまった。
確かに、こんな強敵のわんさかいるダンジョン内で、自分を軽く見ている者がいたら、命の危険を感じる。しかも、自分たちと違って、セイジは死に戻りも出来ないのだ。
もしかしたら、自分たち『フラウリッター』は、二度とセイジに誘ってもらえない。いや、もしかしたらじゃなく、絶対。
ナイトは零れそうになる溜め息を飲み込み、コガネに手を差し出した。
「まだ、このダンジョンは終わってない。最後まであがくのが、私たちパーティーの心得だ。嫌なら一人ここで死に戻るか?」
「ナイトさん……」
差し出された手を、コガネはただ見ていた。
セイジはすでに、進む方向に顔を向けている。
「せめて最後まで頑張ろう」
「……はい」
ようやくつかんだ手を引き、強引にコガネを立たせると、ナイトは「行こう」と皆を促した。
その後、三度ほど大物の魔物と対峙し、『フラウリッター』とセイジはようやくボスの間のようなところにたどり着いた。
「ようやくか。今までさんざんプレイしてきたが、ここまで早く終わらせたいと思ったのは初めてだ」
纏った鎧も大分ぼろぼろになったナイトが、冗談めかして本音を零した。
それに、クロスが笑って口を開く。
「まるでボスラッシュの様だね」
「ほんとにそうねえ。でもちょっと楽しいわ。最近こういう刺激がなかったから。クロスちゃん、レベル見た? 面白いわよ。今まで延び悩んでたのが嘘みたい」
「見た。来たかいがあった。これは、もしかして、二度目の当たりオーブなんじゃないか……?」
ねえ、とクロスがセイジを振り返る。
岩の合間から、大きな魔物がうろついているのが見える。しかし特殊な結界があるのか何なのか、岩の隙間を抜けないと、魔物には気付かれないようだ。
だからこその和やかな雰囲気に、セイジが口元を緩めた。
「かもなあ。手ごたえはばっちりだ」
「最後にちゃんとセイジの手助けを出来るのはとても嬉しいな」
「俺はあんたのそういう潔いところ、嫌いじゃねえぜ」
すでにセイジはコガネには一瞥もくれなかった。
コガネは膝を抱えて、ゆうぐれとともに座り込んでいる。
「大分HP回復したわ。そろそろ私は行けるわよ」
「私もだ。防具の耐久が心もとないから、早めにケリを付けたいところだな。セイジ、MPの方は大丈夫なのか?」
「余裕に決まってんだろ」
4人が立ちあがり、尻の砂埃を落とす。そして、まだ座り込んでる二人をナイトが振り返った。
「さあ、ここで最後だ。気合い入れていこう」
「……はい」
「コガネちゃん……」
疲れ切った顔のコガネと、それを心配そうに見ているゆうぐれが、ゆっくりと立ちあがった。
ナイトの「行くぞ」の声を合図に、一人ひとり、岩の合間をくぐった。




