20、新たなダンジョン
乗り合いの馬車に乗って、セイジは一路辺境の街へ向かっていた。
砂漠都市を素通りし、さらに先、セッテの街も泊まるだけで素通り、する予定が狂ったのは、街を抜けた先の街道から少しそれたところに、シークレットダンジョンを見つけてしまったから。
セイジは、自分の目だけに見える靄のようなものを視界に入れると、溜め息を吐いて乗合馬車を降りた。
そして出てきたばかりのセッテの街にあるギルドに足を向ける。
ここまで来ると、異邦人はかなりの手練れが多いのが救いだった。
あとはひととなりがよければいうことなし、とセイジはギルドの扉を開けた。
「……参ったな」
何組か、酒場に陣取っていたり、掲示板前で雑談していたりする者たちはいるが、どれもこれもセイジの目には頼りなく見える。
時間帯も悪かったのかもしれない。朝早く、もしくは夕方付近ならば、依頼を受ける者たちがここに集まるのだが、今はあいにくの昼前だ。ここまでのんびりしている奴は、やる気のない者か、それ程腕を上げようとしない者たちくらいだ。カウンターでは、半裸に近い鎧を着こんでこれ見よがしに胸を強調している女性異邦人ががたいのいい異邦人を誘惑していたりもする。
平和だな、と溜め息を吐き、セイジはギルドを出た。
先日クラッシュたちが襲われたばかりだというのに、すでにここはあの事件は終わったものと処理されたらしい。
黒幕が誰かも何も確認が取れないままで。いまいちすっきりしないまま、セイジは店先を歩いた。
強いパーティーの収穫がないままに、街を歩ききってしまう。
「こういう時に限って誰も捕まらねえんだよな」
さっきから溜め息の嵐だ。
異邦人たちが普段使う店付近にも足を延ばしたが、なかなかこれといったパーティーはおらず、諦めて門の方に足を進めた。
すぐに門前に着いてしまい、門番の苦笑を苦々しく受けつつ街から足を踏み出す。
「あれ、セイジ?」
いきなり声が掛けられて、セイジは声のした方を向く。そこは詰所の入り口で、中からは、過去に一度だけダンジョン攻略を手伝ってもらったパーティー『フラウリッター』が出てきた。
一緒に出てきた衛兵に手を上げると、『フラウリッター』リーダーの女性がセイジの方に向き直った。
『フラウリッター』とは女性だけがメンバーとなれるパーティーで、前衛後衛どちらもこなせる者が集まっていた。
そこまで育たないんじゃないか、なんて思っていたが、どうして彼女らはかなり強くなっていた。
前に一緒にダンジョンに入った時とは、二人ほどメンバーが変わっている。
「久しぶりだね、セイジ。その後どう? クリアオーブは集まった?」
親し気に声を掛けてきた女性「ナイト」は、セイジの苦笑を目にして、悟ったように微笑んだ。
「苦労してるね。ここで会ったのも何かの縁だ。私に何か手伝えることあるかい?」
「まさに天の助けだ」
セイジの言葉に、ナイトは笑顔で親指を立てた。
『フラウリッター』メンバーとともに、ダンジョンのあった場所に向かう。
街道から少しそれただけで、ガクッと人影がなくなって丁度良かったのだ。
「新しい二人はセイジのこと初めてだったね。セイジはダンジョンサーチャーだ。一度一緒にダンジョンに挑戦したことがあるんだ。すごく大変だったよ。今までにない敵の強さでね」
と新顔二人にセイジを紹介するナイト。
一番最初にクリアオーブを手に入れた時手伝ってくれていたのが『フラウリッター』だったのだ。
「セイジ、私と、クロスとダブルは覚えてるよね。こっちの二人は今育ててる子たちで、髪の長い方が「ゆうぐれ」、こっちの髪がオレンジの子が「コガネ」だ。まあ、よろしくな」
「お願いします」
「……よろしく」
紹介された二人は、セイジがダンジョンサーチャーと聞いた瞬間、固まっていた。その態度にセイジは苦笑しかできなかった。
どこまで名を知られてるのやら、と肩を竦める。
「セイジだ。しがないダンジョンサーチャーだ。ナイトにはかなり助けられたんだ」
「こっちこそだよ。すごくたくさんの収穫があった」
「でもなあ」
金銭的に謝礼を出すこともできなかったし、オーブもあたりだったせいか渡すことも出来なかった。
「俺手伝ってもらうだけでほんと何も出来てねえしな。今回もそうなるかもしれねえのに。ほんとにいいのか?」
「もちろん。素晴らしいレベリングになるし、セイジがいるととても面白い戦闘が出来る。また、あの綺麗な魔法陣をたくさん見せて欲しい」
まるで裏のない言葉に、セイジは「まあそれくらいならいくらでも」と眉を下げた。
「ということで、これからの予定はセイジとともにシークレットダンジョン攻略だ。いいかい?」
「もちろん!」
メンバー全員が勢いよく返事したのを確認して、セイジは左腕を差し出した。
心得たように触れる三人と、わけがわからず顔を合わせる二人。セイジはその二人に「触っててもらわねえとダンジョンに連れていけないんだよ」と説明した。
魔法陣により、6人は瞬時にダンジョン内に移動した。
ごつごつとしていて、暗い洞窟型ダンジョンだった。最初の場所からすでに目の前の道が二手に分かれている。
前方を見て、ナイトが「ふむ」と頷いた。
「ここは迷路型ダンジョンだな。マッピング機能が全く作動しない。これは骨が折れそうだ」
言葉の割には嬉しそうな表情をしていた。
まだ魔物の影はなかったが、左側の道からは大きめの魔力的な何かを感じるセイジは、どちらに進もうか、と思案しているナイトにそのことを示唆した。
「左に魔力。では左だな」
「普通逆じゃねえのか?」
「いや、魔力があるということは、それだけ知能があり強い魔物がいるということだろう。私にとっては願ってもないことだ。最近はなかなかレベルが上がらずくすぶっていたからな。さすがに高レベルの壁は高いな」
ニヤリと笑うナイトの顔は、そこら辺の男顔負けの男前ぶりだった。
天井からは、水滴がたまにピチョン、と落ちて洞窟内に響く。薄暗い内部が、かなり視界を遮る。
足音が洞窟内に響き、策敵能力がかなり封じられているのがわかる。
「ライトは使わないの?」
あたりをきょろきょろと見回しながら、コガネが聞いてくる。その質問に答えたのは、セイジではなくダブルだった。
「あのねコガネちゃん。ここはヒカリゴケが生えていて、薄明るいでしょ。暗視スキルを持ってるとここなんか昼間と変わりないのよ。でもライトでここだけ照らしてしまうと、影になった部分が全く見えなくなってしまうの。暗視は基準以上の暗闇で利くようになるから、私がいるときはあまりライトは使わないのよ」
「へえ、ダブルさん暗視あるんですか。あたしも取ろうかなあ」
「スキル構成を考えて取りましょうね。無駄になる場合もあるから」
「そんなことはわかってますってダブルさん。あたしもうかなり熟練の粋に入ってると思うんですけど」
初心者向けのような説明に、コガネが顔を顰めて反論する。しかし、コガネのセリフに、セイジやナイトは苦笑しか出なかった。
大抵の熟練者はそんなにホイホイ無駄なものを覚えないのが普通だ。ここまで伸ばしてきた技能をさらに磨くことで、更なる高みに上ることが出来るのだから。浅く広く技能を覚えると、それだけ天井が低くなってしまうということだ。
ナイトも、魔法と剣両方を使える騎士として行動するために、考えに考えてスキルを構成し、それを伸ばしていた。
「あれだな。コガネはまだまだお子様なんだな」
肩を竦めたセイジに、クロスが吹き出しそうになり、慌てて口元を隠す。しかしそれをしっかりとコガネに見られてしまい、コガネの眉がつり上がった。
「セイジって言った? ダンジョンサーチャーだか何だか知らないけど、そういうことを口に出すのはここの和を乱すんじゃないの?」
食って掛かるコガネをスルーし、セイジがナイトに向いて「ほらな」と指を指した。
「コガネ、これから大物が出るかもしれないのに、和を乱してるのはどっちかな?」
さらに食って掛かろうとしたコガネを、ナイトが制す。
コガネは悔しそうに口を閉じ、セイジをじろりと睨みながら、渋々引いた。
これから先、一波乱ありそうだな、とセイジは密かに溜め息を吐いた。




