19、ちょっとした保険
ウノの街は、人で賑わっていた。
異邦人が来るのは、この街から、と言われている街だ。
ギルドもそれなりに大きく、街周辺の魔物はそこまで強くない。ここで腕を上げた異邦人が次の街に行くと、また新しい異邦人がやってくる。
街の規模自体はそこまで大きくはないが、鍛冶師や薬師が腕を磨くのにもまたもってこいの街ということで、ひよっこたちがいつでも街の広場で自分の作った防具や薬を売っている。
防具も、薬も、強くなっていくとほぼ使えないような物だが、新しい異邦人には値段的にも効能的にもちょうどいいようだった。
セイジはそんな露店の中を進み、冒険者ギルドの中に併設されている酒場に足を向けた。
人がごった返す中をすいすい進み、一番奥の丸いテーブルに座ってニヤニヤしながら周りに視線を配る、一人の男の前に立った。
片目に傷があり、頭部に白い髪の混じったその男は、昼間から酒を飲んでいる割には、締まった体つきをしている。
そしてセイジを見上げると、「よう」と片手を上げた。
「まあ座れや」
その言葉に頷くと、セイジは男の前の席に腰を下ろした。
「お姉さん、俺にもエールくれ。この男のおごりで!」
「おいおいおいおい」
「ちょっと待ってね! すぐ持ってく!」
笑顔で客の間を縫って料理を運んでいる店員に声を掛けると、目の前の男が苦笑した。
「相変わらずだな、セイジ」
「そっちこそな、シグルド。どうだ、使えそうな異邦人はぞくぞく来てんのか」
「いやあ、最近はマナーが悪い奴らばっかりだ。最初のころに来てたやつらが拠点を移してしばらくしてからは、降下の一途だな」
「そうか」
早速持ってきてもらったエールを受け取り、セイジは一人シグルドに向かって杯を掲げた。
シグルドも苦笑してそれに自分のジョッキをぶつける。
「どうしたんだ、セイジが顔を出すなんて、珍しいじゃねえか」
「ああ、伝えておきたいことがあってな」
「何だ」
「クラッシュのことだ」
セイジの言葉を聞いた瞬間、シグルドの視線が鋭くなった。
シグルドは、昔はエミリの夫でクラッシュの父親であるライアスと組んで、街を魔物の脅威から守っていた人物だった。
故に、クラッシュは息子のような存在、とまで豪語している男である。
本人はウノの街から動く気はないし、クラッシュはトレの街に店を持っているから、ほぼ会うことはないので、シグルドが勝手に思っているようなものなのだが。
シグルドはダン、とジョッキを置いて、頬杖を突いた。彼流の話を聞こう、という態度である。
それをわかっているセイジは、自分はエールを飲みながら、クラッシュの身に起きた事柄を口に乗せた。
「どこかにここから出る武器とか粗悪品の薬とか流れてねえか」
「異邦人じゃないやつが露店で買い物をすると、逆に目立つからなあ」
とシグルドが窓の外を見る。
ちょうどウノの冒険者ギルド前が広場になっていて、そこで露店が開かれているのだ。
可愛らしい布装備の冒険者ひよっこたちが、露店で楽しそうに値切っているのが目に入る。
「確かにな。じゃあ、ひよっこに『防具が欲しい』『薬が欲しい』っていう依頼を出してるやつは」
「そんなのはここの依頼じゃ腐るほどあるが」
「見といてくれよ。変に報酬が高い奴とか。なんかどこかが冒険者ギルドに喧嘩売ろうとしてやがる。たぶん、ことが明るみになってもあのクソ国王は見て見ぬふりだろうからよ」
「わかった。そんな依頼はここ以外じゃかえって目立つからなあ。注意しとく。俺の息子に手を出すやつぁ、潰さねえとなあ」
「全くだな。まあ、エミリもハラワタ煮えくり返ってるから、裏が取れた後が見ものだな」
「違いねえ」
ごちそうさん、と空になったジョッキをその場に置き、セイジは腰を上げた。
ちらりと依頼板を見ながら外に出たが、一瞬だけで『ポーション求』『剣求』系の依頼は数えるのも嫌になるほどあった。
次はどこに行こうかね、とセイジはひとりごち、街の出口に向けて足を進めた。
セイジは一度トレの街に戻った。クラッシュの店に入ると、いつも通りクラッシュはカウンターの奥で商品を整理していた。
入口の魔法陣を横目で確認しながら、クラッシュに声を掛ける。
「クラッシュ。ちょっとしばらくはここを空けるから。ちゃんと飯食えよ」
顔を上げたクラッシュは、言われた言葉にジト目を返した。
「どの口が言ってるんですか。セイジさんこそちゃんと布団で寝てご飯食べてくださいよ。ちゃんと路銀は持ちました? 全部奥のテーブルの上に置いたんじゃないでしょうね。ちゃんと自分が生きていける分くらいは持って行ってくださいよ。あと、無茶はしないでくださいね。ダンジョンが厳しい所ってのはわかりましたから。余計に心配です」
立て続けに飛び出してくるクラッシュの言葉に、セイジは耳を塞ぎたくなった。
クラッシュをダンジョンに連れて行ったのは失敗だったか、と溜め息を吐きながら、未だ注意を続けるクラッシュの言葉を聞き流す。
「ところでしばらくってかなり長くなるんですか?」
「んー、行くのは辺境だからなあ。行きと帰りの道中だけでかなりかかるんじゃねえ?」
「辺境?」
セイジの言う辺境とは、セッテの街をさらに越え、オットの街、ノヴェの街のさらに先のディエテ国境街のことだった。
「あんなに遠く。そういえば、母が言ってたんですが、ディエテ国境街のギルドもだいぶ異邦人で賑わってきたらしいですね」
「へえ、そうなのか。ま、行ってみて確認するわ。その前に、ちょっとだけクラッシュに実験に付き合って欲しくて」
この間作った通信の魔法陣のどこが悪かったのかを検証しようと、セイジはクラッシュにそう持ち掛けた。
この間は、セイジがクラッシュの声を受け取るだけの一方通行だった。
どの陣を治せば二人で意思疎通できるのか、やってみたかったのだ。
「実験? いいですよ」
軽く返事をしたクラッシュに、セイジは早速魔法陣を描き、口に出さずにクラッシュに呼びかける。
『クラッシュ、聞こえるか』
『実験って何するんだろう。セイジさんのことだからまた一風変わったことをしそうだな。店が壊れないといいけど』
クラッシュからの声は返ってきたけれど、全然こっちの声が通じてないことにがっくりする。
「どこを変えればいいのか……魔力探知、魔力特定、空間短縮、思考魔力変換、魔力伝達、っとああ、これじゃ確かに一方通行か。ここに、と。意志通達をここにねじ込ませて」
先ほどとはちょっとだけ違う魔法陣をもう一度描き始める。
魔法陣が青く光ったところで、もう一度声を出さずにクラッシュに呼びかけた。
『クラッシュ』
「はい?」
驚いたように返事をするクラッシュに、満足する。
何とか意思疎通できそうだなと頷いて、そのままセイジは念話状態で説明をした。
『これは念話系の魔法陣だ。これで、距離があってもクラッシュと話せるぞ』
「え、すごい。ギルドにあるような魔道具使わなくてもいいんですか? よければぜひ教えてください」
普通に声で返してくるクラッシュに苦笑し、思考を飛ばしてみてくれ、と伝える。
『思考……どうすればいいんだろう』
『今の聞こえたぜ』
「えっ! それじゃ俺が考えることダダ漏れって感じじゃないですか! うわあ、却下です!」
「慣れれば大丈夫だって。一応教えるから。緊急の時それで連絡しろよ。っても、念話出来る距離は魔力頼みなんだけどな」
「じゃあセイジさんが辺境にいたりしたら、これは全く使えないってことですね」
「あ、それ、俺とクラッシュ限定、とかじゃないから。エミリとも使えるからな。クラッシュが知っている魔力だったら探せるから、魔法陣を描いた後名前呼んでみろよ」
細部まで魔法陣をクラッシュに伝えると、クラッシュは早速それを描き、「母さん」と試していた。
何回目かでようやくエミリとつながったクラッシュは、笑顔で少しだけ話し、目の前の魔法陣を打ち消した。
「なんかいまいち聞き取り辛かったですけど、大丈夫でした」
よし、とセイジは立ち上がり、荷物を抱え直した。
まだまだ不安は多いけれど少しは保険になれば、と、覚えのいいクラッシュに満足する。
「なんかあれば、俺でもエミリでも誰でもいいから助けを求めろよ」
「はい。セイジさんも気を付けて」
クラッシュの笑顔に見送られて、今度こそセイジはトレの街を後にした。




