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18、アミュレット


 それだけはわかっているのだが、それをどうクラッシュに説明したらいいのか、とエミリはひそかに溜め息を吐いた。

 店は一応状況を確認して、手飼いの者を向かわせて整えはした。盗られた商品だけはいかんともしがたいが。

 そこも、説明しないといけない。

 今更、セイジが逃げたことが悔やまれる。

 と思ったが後の祭り。

 エミリは諦めて、クラッシュに向きなおった。





「……というわけなのよ」


 エミリはクラッシュに店の状況を告げ、壊れた物は直してあるとだけ告げた。

 クラッシュは無言でエミリの話を聞いていたが、エミリが言葉をしめた後も、しばらくは口を開かなかった。


「どこかで、きな臭いことでも起こってる?」


 ようやく開いたと思ったら、クラッシュの口からそんな言葉が飛び出した。

 エミリの眉間に皺が寄る。


「どういうこと?」

「しばらく前、店の商品、薬類を大量に買い込もうとした人がいたんだ。でもうちは規制を敷いているからと断ったら、規定分買って、明日もくるって、本当に毎日規定分だけ買って帰っていくんだよ。もしどこかで何かがあれば、薬類も必要になるんじゃないかと。個人で必要になるのならあれだけの量はいらないと思う。でも、もしその人が買い付けだけで、どこかに持ち込んでいたりしたら」

「……クーデターでも起こす気かしら。なんであれ、不穏ね。それはこっちでも調べてみるから、クラッシュはその人物がまた来たら、世間話でもして何か仕入れてもらえないかしら」


 頭を抑えながらエミリがそう言うと、クラッシュは目を伏せて首を振った。


「色々あったから、たぶんもう来ないと思う。あ、でも持って行った荷物は全部一緒に行った人のバッグに入っていたので難を逃れたけど」

「ああ、そうよね……ごめんねクラッシュ。こんなこと、あなたを巻き込みたくないのに。危なくなったら迷わず逃げるのよ」

「……うん。自分の弱さはわかってるつもりだから、大丈夫」


 笑顔で返すクラッシュだが、エミリには、今の言葉が表面上の言葉だとわかっていた。わかっていて、とがめることが出来なかった。




 

「さてと。後はエミリに任せておけばいいとして」


 と伸びをしながら、セイジは大通りを歩いていた。

 カバンの中の素材はまだクラッシュに渡していないので、珍しく鞄の中はかなりいっぱいになっている。

 さすがに店の中はエミリが何とかしただろうし、クラッシュがギルドから帰ってくる前にドアの魔法陣を強化くらいはしとくか、とセイジはクラッシュの店に向かった。


 入った店の中は、商品が並んでいない以外は、今までと同じような状態になっていた。

 クラッシュにもしっかりと店の結界用の魔法陣は教えているし、きちんと毎日使っていたはず。

 と改めてドアを見てみると、鍵が壊されていて、一部魔法陣が焼けた様な後だけが残っていた。

 誰かが無理やり入ったという証拠だった。


「ここの薬は特殊だから、出回ってりゃすぐわかるんだけどな」


 セイジが作る薬はしっかりと魔法陣の入った瓶で補強されているし、薬師、いや、錬金術師の作った薬は通常でもギルドで売ってるものなんかより断然効能が高い。

 しかも瓶をクラッシュが卸しており、そこには何かしらのマークがわからないように入っているはずだから、戦場でその薬が飛び交った瞬間、誰がこんなことをしたのかわかる。

 ましてや今回の荷物とともにクラッシュの身柄まで盗もうとしたくらいだ。

 どこかに必ず裏に情報を流せる者が紛れ込んでいるはずだ。

 そこまで探すのはセイジの仕事ではないにしても。

 これがエミリに直接攻撃ということでギルド販売の薬類が盗まれていたんだったら、裏で流れようと全く分からなかったはずだ。

 それが救いと言ったらいいのか、災難と言ったらいいのか。

 セイジは店のがらんとした棚を見つめながら、頭を掻いた。

 勝手知ったる店の奥に入り、テーブルの上に戦利品を山にする。

 鉱石類が多いのは、砂漠のダンジョンの敵がゴーレムだらけだったせいか。

 

「しっかしまあ、当たりを引かないもんだな……」


 クラッシュを連れていたから当たりじゃない方がよかったんだろうけれど、遅々として進まないクリアオーブ集めに、セイジは遠い目をしながら頬杖をついた。

 


 セイジが奥の部屋に引っ込んで寝てしまってから、クラッシュは店のドアを開けた。

 がらんとした棚を見て、エミリの言っていたことが本当だったと溜め息を吐く。

 薬類しか盗られなかったことを喜んだ方がいいのか何なのか。

 少しだけ肩を落としながら奥の住居区に行くと、今度はテーブルに鉱石類の山が出来ていた。


「ここには置くなって、いつも言ってるのに……」


 今度こそ体の力が抜けて、クラッシュはソファに座り込んだ。

 すでに、飯を食べる気力もなかった。




 次の日、セイジが起きて店の方に顔を出すと、いつものようにクラッシュが店の棚の埃を取っていた。


「セイジさんおはようございます」

「おはよう」


 挨拶を返しつつ、棚をちらりと見ると、薬類がいつものようにずらっと並んでいた。

 まるで、店を荒らされた事実などなかったような平穏な店の様子に、セイジは口元をニヤリとあげた。


「少しくらい薬を納品しとこうかと思ったけど、いらなそうだな」

「何言ってるんですか。在庫はあるに越したことはないですよ。下さい。災害特約で3割引きで」

「うっわ値切りやがった。仕方ねえ、売ってやるよ」


 笑いながら、セイジはカウンター上に薬品類を重ねていった。

 もちろん、見た目は普通だが、そこの形が魔法陣になった、特殊な瓶製だった。

 クラッシュはやった! と喜びながら、それを次々保管箱にしまっていった。


「とりあえず、なんかあればエミリのところに逃げろよ。転移魔法陣の書き方は教えたよな」

「覚えました。でも、俺の魔力だと、せいぜい冒険者ギルドの近場くらいまでしか逃げれないんですけどね」

「それでもいい。袋小路に追い詰められるよりは全然マシだ」

「そうですね。ところでこれ」


 とクラッシュがいきなりカウンター下から何かを取り出し、セイジに向かって放り投げた。

 反射で受け取ってしまったセイジに、クラッシュがいい笑顔を向けた。


「アミュレットです。友達に頼んで作ってもらったんですけど、よかったらどこかに付けてもらえると嬉しいです」

「アミュレット?」


 物が入った手のひらを開くと、そこには、小さな水晶のかけらにひもが通された首飾りがあった。

 ほのかに魔力が込められているのが感じられる。

 セイジは、そっとそれをしまって、クラッシュに礼を言った。


「ダメです。ちゃんと首から掛けておかないと効果ないじゃないですか。アミュレットなんですから」

「あ、ああ」


 言われるままに、首からかけてみる。すると、ふっと体の周りに薄い膜が張ったのがわかった。

 なるほどアミュレットな、とセイジが感心する。


「また、あのダンジョンに何度も入るんでしょう。いくらセイジさんが強いと言っても、気を付けるに越したことはないんです。微々たる守りですが、使ってください」


 クラッシュなりに今回のことがいろいろと積み重なって心が疲れているんだ、ということが、ふとした表情でわかったセイジは、そっとクラッシュの頭に手を伸ばした。




 


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