17、エミリとクラッシュ
「あー、その、な」
さて街に転移しよう、という段階になって、セイジはクラッシュを見つめ、珍しく言い淀んだ。
「物取り、なんだけどな」
「何ですか? 今もう使っちゃって手元になくなったから、物取りは大丈夫ですよ? それに物取りが来たら今の魔法をぶっぱなしてやりますし」
微笑むクラッシュに、セイジの笑みが引き攣る。
「いや、店の中でその魔法を使うのはやめとけ。クラッシュの魔力だったら、店の中が大惨事になる。大惨事、そう、大惨事……」
「セイジさん?」
セイジの不審な態度に、クラッシュが首を傾げる。
そのきょとんとした表情に、セイジは吐きかけた溜め息を飲み込んだ。
「まあ、とりあえずセッテのギルマスのところに行くか。掴まれよ」
差し出した左腕に皆が触れたのを確認し、セイジは転移した。
そのころ、セッテのギルドマスターは、森で捕まえた盗賊の下っ端を尋問し、クラッシュたちは捕まったのではなく、逃げ出したということを聞き出していた。
そして聞き出した盗賊の根城にしていた山小屋まで部下をやらせていたが、山小屋自体がすでになくなっており、盗賊の頭も消えているという事実は、まだ掴んでいなかった。そしてクラッシュの行方も。
「早く見つけないと、マスターに殺されるんじゃなかろうか……」
昔見た、エミリが激怒する姿を思い出し、身体を震わす。あの頃から姿は変わっていないけれど、中身は落ち着いたと思っていたが、連絡を取った際のエミリの低い声が、この上ない恐怖をセッテのギルマスに与えた。
顔を両手で覆い、深い深いため息を吐く。
緊急依頼を出し、かなりの人数をつぎ込んだが、盗賊の下っ端を連れてくるものばかりで、肝心のマスターの息子の無事を確認する者は一人もいない。
髪の毛の全くない頭を手でわしわしと擦り、歯をギリリと噛みしめた瞬間。
目の前に大人数がいきなり現れた。
「え、ここどこだよ」
「セッテのギルマスのところだ」
「そんなところ俺ら入っていいのかよ?!」
シーンとしていた室内が、一気に騒がしくなる。
驚いてギルマスが顔を上げると、そこには、数人の男たちが立っていた。
目に入る、クラッシュの姿。
思わずギルマスは椅子を蹴倒して立ち上がってしまった。
「無事だったのか!!」
感極まって大声で叫ぶギルマスに、今度は注目が集まった。
そんなことはお構いなしに、ギルマスは通信の魔道具を取り出し、さっそくトレの街のギルドに連絡を入れていた。
「へえ、ここのギルマスって初めて見たけど、厳ついなあ」
「っていうかギルマス自体初めて見たよ」
高橋とユイがこそこそと会話している中、安堵したギルマスの張りのある堂々とした声が、部屋に響き渡る。
「無事クラッシュを確保しました!」
『よかった……でもなんであなたがそんなに誇らしげに言ってるの? 見つけてきたのはセイジでしょ』
「はい! 一緒にいた薬師も無事です!」
『あとは後始末よろしくね。背後もちゃんと調べるのよ。あと、クラッシュに、すぐにお母さんに顔を見せてって伝えといて』
会話はすべて聞こえていたので、セイジとクラッシュが顔を見合わせて苦笑する。
まだ盗賊を雇った背後は全くと言っていいほど見えてはこないが、とりあえずエミリに早くクラッシュの顔を見せないと二次災害が起きそうだったので、セイジは転移でエミリのところに行くことをクラッシュに提案した。
頼まれた品物を納品する仕事があるというマックと、ここらへんで今は活動しているという『高橋と愉快な仲間達』に軽く別れを告げ、セイジはクラッシュだけ連れて、転移の魔法陣を描いた。
一瞬にして変わる視界。
その目の前には、エミリの超ドアップがあった。
「きゃっ!」
「うおっ!」
ともすればぶつかりそうな場所で、セイジとエミリが同時に仰け反る。
「ちょっとセイジ! 私にはライアスという相手がいるのよ!」
「俺だってエミリとどうこうするってのは考えたこともねえよ! 勘弁しろよ。俺がいつもここに出てくるの知ってんだろ……」
「だってクラッシュの無事な顔を早く見たかったんだもの」
二人の言い合いを制するように、クラッシュがエミリの袖をそっと掴んだ。
「母さん、すいません。心配をかけて」
そっと声を掛けた瞬間、エミリの腕がクラッシュをぎゅうぎゅうと抱きしめた。
そこまで大きくないとはいえ、クラッシュもしっかりと体は出来ている。エミリがクラッシュを抱きしめるその様は、セイジから見ればエミリがクラッシュに抱き着いてるようにしか映らなかった。
周りには幸い誰もいない。
セイジはクラッシュの無事な姿に嬉しそうな顔をするエミリを見て、口元を緩めた。
「時にエミリ、ちょっといいか?」
「何よ。親子の感動的再会を邪魔しないで」
まだまだ歳を感じさせないエミリとクラッシュは、今では親子というより姉弟のほうがしっくりくる外見をしている。口を尖らすエミリは特に幼く見えるな、なんて失礼なことを考えながら、セイジはエミリにそっと囁いた。
「俺、見つけて連れてきただけだから、何の説明もしてねえから。あとよろしくな。報酬はおいおいってことで。じゃあ俺は本職に戻るわ」
とりあえずは、ことのあらましや店の現状その他諸々の説明を全部エミリに押し付けると、セイジはさっさとその場を後にした。
エミリは、セイジが出て行った後も、クラッシュに怪我がないか確認に余念がなかった。
「大丈夫だって。マックにポーション類たくさんもらったし、なんかおかしな名前の常連さんもいてくれたし、セイジさんも来てくれたし。逆に俺、何も出来なくて心苦しかったよ」
「大丈夫よ。戦闘は戦闘職に任せるものよ。クラッシュは戦闘職じゃないでしょ」
「皆それを言うけど、でもやっぱり俺は、守られてるだけってのは、いやだなあ」
エミリからようやく解放されたクラッシュは、皆に言われた言葉をエミリからも言われて、しょんぼりと下を向いた。
そんなクラッシュの様子にエミリはくすっと小さく笑った。
「ほんと、あなたはライアスそっくりの気性ね。さすがあの人に育てられただけはあるわ。あなたは私の自慢の息子よ。もちろん、ライアスだってそう思ってる」
自分より背の高くなったクラッシュの頭を、エミリが優しくなでる。
その感触に、クラッシュは唇を噛んだ。
「でも、父さんが死んだのは、俺が誘拐されたせいで」
「そもそもの発端は私のせいなのよ。あなたが何かを気に病むことはないの。それにね、あの人、ちゃんとあなたが生きていて、とても満足そうだったから」
「でも父さんが死んだら元も子もないよ」
「大丈夫。あなたと私の、胸のなかに、ちゃんとライアスはいるから。それとも、お父さんがいなくて寂しい?」
「もうそんな歳じゃないよ母さん……」
くすくすと笑う母親の顔を見て、ようやくクラッシュが笑みを見せた。
クラッシュが生まれて間もないころ、エミリは魔王討伐のメンバーに選ばれてしまって、徴兵されて出ていった。
その間、クラッシュは父親である人族のライアスに育てられ、一緒にいつも行動していた。
ある日、クラッシュとライアスは、エミリが魔王を討伐して帰ってきたと王城から伝えられた。
喜んで二人母親の帰宅を待っていると、エミリが泣きはらした目で帰ってきた。
魔王を討伐したにしては様子のおかしいエミリは、家に着くなり涙をこぼした。
「もう戦いたくない。もう嫌なの」
そう言って泣いたエミリは、次の日からはケロッとして、王から奪った権利を施行し、街のど真ん中に冒険者ギルドを立ち上げていた。
だってここに職場を置いたらクラッシュとライアスと一緒に暮らせるでしょ、と笑顔とともに言われた言葉は、エミリの会心の名言だったと、生前のライアスは言っていた。
数年前から異邦人もやってきて、閑散としていた冒険者ギルドも今ではかなりにぎわっているし、何より、その地の領主を通さない運営なので、税金が無駄にかからないのが、よかったのか悪かったのか。
魔王を討伐した勇者の一人だというのに、ギルドの統括となったエミリには敵もなかなかに多かった。
当時幼かったクラッシュを誘拐したのも、そうしたギルドの立ち位置に反発する者の一人だった。
エミリとライアスの尽力により、クラッシュは無事戻ってきたが、その時に毒の塗られた矢を受けたライアスは、帰らぬ人となった。
今回の襲撃と店荒らしも、同じような攻撃だろうと、エミリは踏んでいた。




