15、逃げた先のダンジョンは
「前方魔物4体、右の道魔物2体、左斜め道は今のところいないけど、先はわからない」
薬師が別れた道の先にいる魔物を索敵で教えてくれる。
「後ろにもポップしたみたいだから戻るのはやめた方がいいし、こっちに向かってきてるみたいだから、下手すると鉢合わせる」
なかなか優秀な索敵能力に、単なる薬師ではない、とセイジはクラッシュの連れを見直した。
何度か店では見たことがあるし、会話も交わしたことがある。自分が作る薬の効果を自覚しているセイジは、それに近い性能の薬を作り出す薬師がいることに結構驚いていた。
まるでクラッシュの友人であるかのようにふるまう薬師に、セイジは思わず一言声を掛けた。
「魔力的な流れも読めれば、もっと先まで見通せるかもな」
左の道の先に、セイジは大きな魔力の波動を感じていた。それに気付いていない薬師が勿体ないと思っただけだったのだが。
薬師は驚いたように「索敵が上位のスキルになった……」と呟いた。
「もしかして」
と、先を進む『高橋と愉快な仲間達』から少し遅れる様に歩くセイジの横に並んだ薬師が、声を潜める。
「俺が錬金術師になれたの、セイジさんのおかげですか……?」
隣を歩くクラッシュにも聞こえるか聞こえないかくらいのひそやかな声に、セイジとクラッシュは驚いたように薬師を見た。
錬金術を使える者など、最近は全く聞かなかったからだ。
「マック錬金術師だったの?」
クラッシュも声を潜め、口元を隠して問いを発する。密林のような少し開けたダンジョンなのが幸いし、声は反響しない。
「え、錬金釜を売ってくれたの、クラッシュじゃん」
「え、あれ使えたの?!」
「使えないと思って売ったの?!」
お互いに驚いたように目を見開いている。そういえば昔持ってた錬金釜、クラッシュにやったな、とセイジは苦笑した。巡り巡ってその錬金釜が目の前の薬師マックの手に渡ったらしい。セイジも、その錬金釜は人からもらったものだった。結局自分では使えなくて、クラッシュの元に渡ったのだ。
今はその錬金釜もしっかりと使われているようで、セイジの表情が知らず柔らかくなった。
「そうか、使ってくれてるのか……」
そっと呟いたセイジの声は細く、二人に届くことはなかった。
「虫系が多いな……」
先頭を歩く高橋が険しい顔で呟く。
じめっとした暑さも、スタミナに地味にダメージを与えてくる。
高橋の斜め後ろを歩くローブの女、ユイは、虫が苦手なのか、がさっと音がするたびにびくっとおびえている。
その後ろをマックとクラッシュが歩き、セイジ、細身の男ブレイブ、双剣の女海里が続いて進んでいく。
索敵はマックが担当し、的確に魔物の居場所を高橋に伝えていた。
『高橋と愉快な仲間たち』のレベルが高いせいか、セイジが手を出すような危険な場面はほぼないまま、一行は順調に進んだ。若干一名涙目だったが。
「この先、絶対ボスだよな……」
魔物を蹴散らしつつ、たどり着いたところは、ツタと樹で先の全く見えなくなったところだった。人が二人ほど入れるところが木の間にある。ここを抜ければ、強力な魔物が待ち構えているのは誰もがわかっていた。
体力や魔力を回復しながら、少しだけそこに腰を下ろす。
青い顔をしたユイが「大きな虫だったら無理。もう無理」と一人呟いていたが、誰もがそれを否定できなかった。
ここにたどり着くまでに出会った魔物の実に8割が虫だったからだ。残り2割が鳥と獣型。恐慌をきたしたユイがひたすら上位の魔法をぶっぱなし続けていたので、案外進むのは難しくなかった。そしてユイにマジックハイポーションを大盤振る舞いするマックがいるから、魔力切れになることもなかった。
「さてっと。そろそろ行くか。ここで時間を食ってるわけにもいかねえし。あんまり遅いとギルドの依頼失敗になっちまうかもしれないしな。『高橋と愉快な仲間達』は」
「でも店主が無事だったから、半分はクエストクリアだ」
「む、虫だったら私ちょっと後ろにいるね。あとよろしくね」
「ユイは後ろでいいわよ。でも魔法はちゃんと打ってよね」
「なんかいいもの持ってる魔物だといいなあ」
次々と口を開いて、緊張を解こうとする『高橋と愉快な仲間達』パーティーとは裏腹に、クラッシュたちは静かに座っていた。
クラッシュは、セイジに付いてシークレットダンジョンに入るのは、実はこれが初めてだった。
中に出てくる魔物の、通常よりも高い戦闘能力に驚き、魔力の枯渇を考えもしないセイジの魔法陣連発にさらに驚いた。
クラッシュも何度か魔物に剣を向け、自身の力ではあまり力になれないことは身をもって知った。隣で黙っているマックも、たぶん同じことを考えているはずだ。
足手まといな自分に落ち込むクラッシュの目の前に、コロンと飴玉が差し出された。
「怖いよね。戦闘職じゃないもんね。セイジさんが強いのは私たちもう知ってるからいいけど、雑貨屋さんは慣れてないよね。もう少しだから。私がちゃんと守るから。これでも舐めてリラックスしてね」
海里だった。ついでマックの手元にも飴玉を落としていく。
じゃあいこっか、と笑顔で目の前を去っていく海里を見ながら、クラッシュは飴を口に放り込んだ。
「女性に心配かけたんじゃ、男が廃る」
と気合を入れた瞬間、セイジの手が肩に乗った。
「それな。女に庇われるとほんと辛いよな」
実感の籠った声だった。
「セイジさんも?」
「まあ、な。現在進行形でな」
「え?」
詳しく訊く前に、セイジはさっさと木の間に身体を滑らせて行ってしまった。
現在進行形、という言葉に、クラッシュには誰一人思い浮かべることが出来ず、首を傾げた。
そしてマックに呼ばれてハッと我に返り、遅れないようにと木の間の隙間に向かった。
出た先にいたのは、大きな鳥だった。
セイジの倍以上の大きさの猛禽類が、ぎろりと一同を一睨みする。
『クァアアアァァァァ!』
鋭い嘴を開けて、威嚇するようにひと鳴きすると、大きな翼をバッと開いた。
洞窟型のダンジョンと違い、このダンジョンには天井というものがない。空を飛ばれたらなかなか厄介だな、とセイジは溜め息を吐いた。
動きを止める魔法陣を描いて飛ばすも、大鷲は一顧だにせず、魔法陣も弾かれて消えていく。
「うわあ今日も来たああ! 白HPバーじゃねえか! しかも空を飛ぶとか、笑いしかとれねえよな」
「笑えねえよ!」
あはははと空を見上げながら大笑いする高橋に、ブレイブが突っ込む。
そんな中、虫じゃないとわかって俄然元気が出たユイが目を輝かせて「任せて」と杖を構えた。
「飛翔!」
呪文とともに、ユイの身体が宙に浮く。
空に浮いたユイが、大鷲目がけて飛んで行った。




