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14、魔物を取るか、シークレットダンジョンを取るか

 

 少し歩くと、だんだんと森が騒がしくなってきた。

 音がうるさい、という感覚ではない、肌に何かが突き刺さるような胸がざわめくような感じの騒がしさをセイジは感じていた。

 もしや、と足のスピードを速める。


 逃げている間に、魔物の縄張りに足を踏み入れたりしたのかもしれない。

 そんな空気のざわめきが、森を包んでいる。


 この広大なポロフォンド森林の中には、セイジが知っているだけでも3匹の大物の縄張りがある。お互い縄張りが重なることもなく、干渉することもないから今は森の形を保っていられるが、少し縄張りをずらし、重なりでもして、どれか二匹が争おうものなら、この森の半分は消し飛ぶんじゃないかと言われる大型の魔物が。あまり森のことを知らずに足を踏み入れると、そんな危険地帯に知らず立っているということも珍しくなかった。


 このざわめきの元は、どこだ。セイジは足を止めることなく、耳を澄ました。

 途端、ズン、と地面が振動した。


「ヤバいところに向かったんじゃねえかクラッシュ……!」


 どう考えても、でかい魔物が動き始めている。

 下っ端の誰かが入ったか、クラッシュたちが入ったか。

 

「ったくほんと一番って時に使えねえんだよな……! 転移の魔法陣なんてよ!」


 舌打ちし、セイジはほぼ全速力で騒ぎのほうに向かって行った。



 

 突然開けた視界の先には、ほぼ想像通りの展開が待っていた。

 大きな魔物の目の前に、クラッシュと連れが肩で息をして立っている。ぱっと見大きな怪我はなそうだったが、動きがぎこちなく見えた。

 セイジ自身も走り通しでスタミナが心配だったが、かまわず急ぐ。

 いきなり飛び出してきたセイジに、クラッシュたちの視線が集まった。

 ただ、予想外だったのは、『高橋と愉快な仲間達』もクラッシュたちと一緒に魔物に対峙していたことだ。

 

「クラッシュ!」

「……っ、セイジさん! どうしてここに?!」


 剣を構えながらも、現れたセイジに意識を取られるクラッシュの元に、魔物の爪が迫る。


「クラッシュ危ない!」

「わっ! ……っ、サンキュ……っ」


 隣にいたローブ姿の薬師が、腰の剣で魔物の攻撃を跳ね返す。しかし見たところ力技は苦手なようで、跳ね返すのがやっとのようだった。


「バカ、集中しろ! おい薬師! 『高橋と愉快な仲間たち』に一度任せてクラッシュ下がらせろ! スタミナ切れかけてんだろ!」


 セイジは無理やり戦闘の中に入っていった。『高橋と愉快な仲間達』とクラッシュたちの間に陣取り、すぐに指を動かし始める。

 

 目の前で荒ぶり咆えている魔物は、頭は獅子、背中に猛禽類の羽根、鉤爪を持ち、尾は蛇の頭部をもつという、デスマンティーコラという魔物だった。

 尾には毒を持ち、空もある程度飛び、口からは火球を吐くというこの魔物は、かなり厄介な代物だ。

 

『グオォォォォォォォ!』


 咆哮を上げるたび、身体の芯が痺れる気がするのは、咆哮による威嚇が効いているからだ。

 その都度皆の動きが鈍っていく。

 薬師に支えられて後ろに下がったクラッシュは、薬師に手渡された薬を煽っている。

 セイジは滅音の魔法陣を一瞬で描き、飛ばした。しかし魔物の身体に触れた瞬間魔法陣が霧散する。


「やっぱ強い魔物は効きが悪いな。改良の余地ありか……」


 ったく先は長いぜ、とぼやきつつ、魔法陣を描く手は止まらない。立て続けに風魔法火魔法を飛ばし、『高橋と愉快な仲間達』を援護する。

 尻尾がセイジのほうに向かってくる中、大剣使いが爪を弾き、ローブの女が魔法を飛ばし、双剣の女がもう片方の爪をけん制、細身の男が補佐をしている。

 セイジは時折突風を起こしてくる羽根に向かって風系の魔法陣で対抗した。

 決定打がないのか、なかなか魔物は弱りもせず、こっちのスタミナばかりが削がれていく。

 

 セイジは今日何度目かの舌打ちをし、弱点を探そうとして視線を動かし、ふと魔物のすぐ後ろからあの慣れ親しんだ気配を感じた。



 こんな時に、シークレットダンジョンの入り口が、まさに魔物のすぐ後ろにあった。




「お前らちょっと聞きたいことがある」

 

 ひっきりなしに魔法陣から魔法を飛ばしながら、セイジが『高橋と愉快な仲間達』、そしてクラッシュたちに声を掛けた。


「ここでこの魔物と戦うのと、俺と一緒にダンジョンに入るの、どっちがいい?」


 ダンジョンに入ったからと言って、危険がなくなるわけではなく、ともすれば非戦闘員たちがいることで余計な窮地に陥る場合もある。この魔物並の強さのダンジョンのボスがいる場合だってかなりの確率である。ただ、この魔物は縄張りから気配がなくなればまた落ち着くし、何よりこの魔物を倒したことによってポロフォンド森林の均衡が崩れ、セッテやセィの街が脅かされるという可能性もある。一概にどっちがいいとは言えない究極の選択肢だった。

 

「そんなのもちろん!」


 大剣で魔物の足を切り刻みながら、男が叫んだ。


「シークレットダンジョンのほうがいいに決まってんだろ!」


 切羽詰まった叫びに、皆が一斉に動く。困惑しているのは、クラッシュたちだけだった。

 じゃあ決まりだな、とセイジは口元を上げた。

 ゴアァァァァァ! という叫びと火球の着弾する轟音の中、セイジの声は不思議とよく通った。


「隙を見て俺に捕まれ! クラッシュたちも来い!」


 魔法陣で防御壁を展開しつつ、全員が腕に掴まった瞬間、セイジたちはそこから転移した。




 一瞬にして辺りは静寂に包まれた。

 皆があたりを見回し、自分の立っている場所を確認している。

 深い森が濃厚な緑の匂いを纏わせ、セイジたちを迎え入れていた。


「とりあえず、他に獲物がいなければさっきの奴は落ち着くはずだ。皆怪我ねえか」


 座り込んで息を吐いている皆をセイジが見回すと、すでに薬師がポーションを配っているところだった。


「セイジさんも、どうぞ」


 そう言って渡され、礼を言って一気に煽る。

 液体が胃に流れ落ちた瞬間、気力が腹の底からみなぎるような感覚が身体を襲った。


「やっぱマックのハイポいいな。個人的に作ってくれ」

「ごめんそれはクラッシュに止められてるんだ」

「うちの専属薬師だからうちを通して買ってくれ」


 大剣の男が薬師に気軽に声を掛けていることで、さっき言っていたように知り合いだとわかる。

 人心地着いたのか、それぞれの顔に安堵の表情が伺える。

 セイジはふぅ、と息を吐くと、クラッシュに近づいた。

 頭から足の先までじっと見て、クラッシュに怪我がないことをしっかりと確認すると、ぽん、と頭に手を置いた。


「エミリがすげえ心配してたぞ。もしクラッシュに何かあったら俺まで半殺しだから、安心した」

「それって俺のこと心配してたってより母さんに半殺しにされることを心配してたみたいですよねセイジさん」

「くくく、どっちもどっちだ。どっちにしろ、ここを抜けねえと帰れねえからな。それは『高橋と愉快な仲間たち』に頑張ってもらうことにして、俺たちは後ろで高みの見物でもしてようぜ」

「そんなこと出来ないですよ」

「そうか?」

「ええ。主にセイジさんが。世話焼きなのはわかってますから」


 クラッシュの顔に、ようやく笑顔が戻る。

 薬師が『高橋と愉快な仲間達』の方に行ってしまったので、セイジはクラッシュの髪を無造作に掻き混ぜた。


「エミリに早いところ顔見せてやらねえと心配で老けちまうから、さっさと出るか」

「その言葉を母さんに知らせた方が半殺しになりそうですよねセイジさん」

「もちろん黙ってるよな、クラッシュは」

「さあ?」


 口元を緩め、行くぞ、とセイジは皆に声を掛けた。


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