13、山小屋にて
飛んだ先には、先客がいた。
小屋から少しだけ距離を開けて転移したセイジは、そのまま草陰に身を隠した。
小屋の周りにはかなりの人数が立っており、始終人が行き来していた。
セイジは自身の気配を消し、様子を伺う。
見張りで立っている者は、せわしなく首を動かしたり、その後欠伸をしたりと、見た限り素人か下っ端の類だった。
荒くれた者たちが手に錆びかけた武器を持ち、ひっきりなしに森から小屋へ、小屋から森へと動き回っている。
やはりか、とセイジは口角を上げた。
中にクラッシュたちはいるのだろうか。でも、いるとしたら、この出入りはおかしい。
じっと聞き耳を立てていると、中からガラスの割れる音と、怒鳴り声が聞こえた。
「ふざけんな! 逃がしちまったら後金が貰えねえだろうが! さっさと探しやがれ!」
「しかし親分! だんだん森の中に忌々しい冒険者たちが増えてきちまって、ここが見つかるのも時間の問題っすよ!」
「うるせえ! ごちゃごちゃぬかしてねえで、早くあのエルフの小僧を探せ!」
そうか、クラッシュは捕まらないでしっかり逃げたのか。とセイジは目元を緩めた。そして、手に短剣を握る。
そっと山小屋に向かって魔法陣を描き、いつもよりも多くの魔力を込めた。
魔法陣を小屋に向かって放つ。飛んで行った魔法陣は、小屋の壁に張り付き、そこに焼き痕が付いた。
回りに立っているのは、雑魚ばかり。
セイジは、もう一度魔法陣を描き、今度は見張りのほうに向けた。
「な、何だ?! ぎゃぁあああぁぁぁぁ!」
火球が飛び出し、一人が火だるまになる。
周りに立っていた者たちが、一斉に集まってきた。
もう一度火球を放ちながら、セイジはそこを飛び出した。
「てめえ! 誰だ!」
「やっちまえ!」
次々切りかかってくる雑魚の首を、片っ端から短剣で切り裂いていく。
吹き出す血を浴びる前に、次の雑魚をまた切り裂き、10数人ほどいた見張りは、ほんの数分で物言わぬ骸となった。
「誰だと訊かれて答えるバカがいるかよ」
全員が倒れたのを確認しつつ、セイジはそう投げかけた。
中からの助っ人は一人もいなかった。
セイジは鞄から縄を取り出し、悠々と山小屋のドアを開けた。
小屋の中では、人が折り重なったように倒れていた。
静かな中に、何人もの寝息が聞こえてくる。
セイジの放った魔法陣はその小屋全体を眠りに包ませる魔法陣だった。
転がってる者を一人ひとり縄で縛りあげ、とりあえず転がしていく。
偉そうに椅子に座って腕を組んだまま寝ていた大男のこともしっかりと縛ると、セイジは男を覚醒させるべく鳩尾に拳を叩きこんだ。
「ぅぐぅっ!」
鳩尾に受けた衝撃で、呻き声とともに、男が目覚めた。そして、身動きが取れないことに眉をしかめ、周りの異常な状況に驚いた。
小屋の中にいた部下たち全員が、縛られ転がされている。そして、自身の身体にも縄がかかっていることに気付き、男は「何だこりゃ!」と大きな声を出した。
「お目覚めか?」
声を掛けられ、そっちを見ると、ローブを目深に被り顔が半分しか見えない男が、口元を緩めて見下ろしていた。
「誰だてめえ!」
「さて、誰だろうな?」
とぼけた声で答えられ、瞬時に頭に血が上る。
「さっさとこれを解きやがれ!」
怒鳴った瞬間、ローブの男がふっと吹き出した。
「そんなこと言われてはいそうですかって解くやつはいねえだろ。そんなことより訊きたいことがある。お前は、ある店の店主を狙ってるんだろう? なんのためにそいつを捕まえようとしてるんだ?」
穏やかな声のはずなのに、男の背中に汗が滲む。
ものすごい圧が、ローブの奥から感じる。
「そ、そんなことなんでてめえに言わねえといけねえんだ」
「そうか。お前は自分の今置かれた状況ってものをわかってねえようだな」
言い終わると同時に、テーブルの上にダン! と短剣が刺さる。
その短剣は血でべったりと濡れていた。
「外の奴らの血をたっぷり吸った短剣に、お前の血も吸わせてやろうか」
男は息を呑み、ローブの男を凝視した。視線を外した瞬間、殺られる気がしてならなかった。
しかし、ローブの男の質問に答えることはできなかった。
身なりのいい、顔を隠した男に依頼されただけだからだ。
裏ルートから街に入り、酒場で酒を飲んでいたら、身なりのいい男が近付いてきて、そっと金を見せられて「あの店の店主を攫ってこい。報酬はこれと、成功したらさらにこれの倍だそう」と雑貨屋を指さされたのだ。
もうすぐあの雑貨屋は遠出する。その時に実行すれば簡単に成功するから、やらないか、と。
詳しい日程を教えられ、半信半疑で準備をし、様子を伺っていたら、本当にその日に雑貨屋が荷馬車を用意し始めたのだ。
嬉々として雑貨屋店主の拉致を実行し、しかし思ったよりもその店主ともう一人の雑魚の腕が立ち、まんまと逃げられたのだ。
なぜあの男がこんな話を持ち掛けてきたのかは、男は知らなかった。
その様子を見ていたローブの男が、ふん、と鼻で嗤った。
「じゃあ質問を変えるか。誰に、頼まれたんだ?」
「知らねえよ。何も知らねえんだから早くこれを解けよ!」
本当に知らなかったのだ。身分が高そうなのは一目見てわかったが、顔を隠して、声音を変えていたので、見当もつかなかった。とはいえ、男が知っている身分の高い者などほぼいないのだが。
「じゃあどうして、店主がセッテまで来るとわかっていたんだ。自分で調べたのか?」
「うるせえ早く解け!」
男が縛られた足を持ち上げ、テーブルをガン! と蹴った瞬間、短剣が抜かれ、それが首筋にあてられた。
「ひっ!」
冷たい感触が、身を縮こまらせる。
「ちょっとでも動くと、皮が切れるぜ。すぐ下が、太い血管だ。そこが切れたら血が吹き出すのは知ってるよなあ。まだしゃべりたくならねえの?」
あくまで穏やかな口調が、いっそ恐ろしい。
す……と少しだけ短剣が動き、首にピリリとした痛みが走る。
「ほ、ほんとに俺は何も知らねえよ! 金をくれた偉そうなやつが全部知ってたんだ! そいつに頼まれたんだよ! 雑貨屋の店主を攫えば金をくれるって!」
「そうか。その偉そうなやつも、お前は知らないと」
「顔を隠してたから知らね……ぎゃぁ!」
言い終わる前に、短剣が首を滑り、熱気がそこから洩れていく。身体の力が抜けていき、首から熱い何かが吹き出しているのがわかる。それでも、薄れる視界の中、何の感情も浮かんでいないローブの男への恐怖が、心の中に焼き付いていた。
「単なる雑魚か」
真っ赤に染まった体の男を見下ろし、セイジは溜め息を吐いた。
結局は裏に誰かがいることしかわからなかった。
「いっそ掴まってここに監禁されてた方が簡単だったんだけどなあ」
クラッシュたちは相変わらず、残った雑魚共とこの広い森の中を追いかけっこしているということだ。
周りに転がっている者は、いまだ魔法陣が効いていてぐっすり眠っている。
セイジはその小屋から出ると、外から小屋に火を放った。外に転がっている骸にも火を放つ。
ここにいる雑魚を全滅させても、また次の手を使われるだけだ。
「ギルドが邪魔だと思うやつ、ねえ」
男が偉そう、と言っていたのは、たぶんどこぞの貴族か何かだろう。ギルドがあると不都合な者など、色々な方面から考えてもたくさんありそうだ。
「ったくエミリも契約の仕方が甘すぎるよな。不利な契約結ばされやがって。最後に泣いてりゃ意味ねえぞ……」
クラッシュを思ってうつむくエミリを思い出し、セイジは盛大に舌打ちした。
しかし、それを今更セイジがどうこうすることも出来ないというジレンマが、胸にわだかまる。
「ほんと、いっそのことアレを蘇らせて世界を滅ぼしてもいいんじゃねえの、とか思うぜ」
しばらくそこですべてが燃え尽きるのを見ていたセイジは、炭になったのを確認すると、今度は水を降らせてからその場を離れた。




