12、捜索と念話
「道中に荷馬車はあったって言うんだな」
ちょうど目の前にいたセッテのギルドの代表者に、セイジは詳しく話を聞いていた。
すでに有志を募り、冒険者たちを繰り出して、クラッシュの行方は追っているとのこと。
街にほど近いポロフォンド森林の道端に、荷台だけが置き去りにされていたという。
一緒にいた薬師の姿もなく、荷台は空っぽ。トレの冒険者ギルド所有のクイックホースも見当たらなかったという。
「本人たちはとっ掴まったか自分で逃げたか……」
セイジが呟く。
見た目は儚げな少年だが、あれでいてクラッシュはかなり腕が立つ。父親が生きていた頃はクラッシュに剣技の基礎を叩きこんだらしいし、母親が魔王討伐で不在だった時、小さいクラッシュを連れ歩いて傭兵家業をしていたらしいから、度胸もあるはずだ。可能性としては、襲われたときに逃げて、街中で見つかると厄介だからと森に身を隠しているか、連れの薬師を盾に取られて囚われたか。
エミリに送られた脅迫を見る限り、エミリに対する悪意の様だが、何をしたいのかは、いまいちわからない。
「クイックホースもまだ確保していないんだな?」
「本当に空の荷台だけがあったんだ。今全力で行方は探しているが……」
セッテのギルドマスターが難しい顔をして、唸る。
「昨夜荷が着く予定だったってことは、何かが起きてからすでに一晩ってところだな。……ちっ、やべえな。ポロフォンド森林っと……」
セイジは自身が森林を通った時の記憶を掘り起こしながら、指を動かした。
「とりあえず行ってみてくるから、引き続き捜索頼む」
「了解した。健闘を祈る」
「そっちもな」
言い終わると同時に、転移の魔法陣が発動する。
一瞬後には深い森の中に立っていた。
セイジはあたりを見回し、自分の位置を確認してみた。
少し歩くと街道が木々の間からちらりと見える。
街道は、数人の旅人と、馬車がゆっくりと進んでいた。
セイジは踵を返すと、森の奥の方に向かった。
街にほど近いところに荷台だけがあったということは、クラッシュたちは森の出口付近までは逃げれたということだろう。そうでもなければ森の中で消息を絶ち、発見も遅れたはずだ。
街道から敵の手を搔い潜って逃げるにしろ、攫われて連れていかれるにしろ、森林のどこかにいるはずだろうとセイジは踏んでいた。
街のすぐ近くにあるとは言っても、森林の奥深くはなわばりをもつ大型の魔物も跋扈するかなり危険なところだ。入り口ですら群れる雑魚魔物が出てくるので、単独で踏破するとなると、かなりの腕が必要になる。
クラッシュはここを抜けれるほどの腕はあるのだろうか。最近はなかなか剣の相手もしてないからな、とセイジは足を止めて溜め息を吐いた。
「一緒にいるっていうのは薬師だっていうし……クラッシュが一人を守りながら森を抜けるのは、難しいぞ……」
セイジ一人だったらどうということもないが、小さいころ剣をかじったことのある雑貨屋の店主と薬師。ダメだろヤバいだろ、と溜め息しか出なくなる。
やみくもに探すには森は広いし、と考えを巡らせたところで、がさっと草を踏みしめる音がした。
ハッと木の陰に身を隠し、様子をうかがうと、その音の主の会話が聞こえてきた。
「こっちにマーカーがあったけど、でも一人だからまさかな」
「無事だといいけど」
「だな」
現れてきたのは、鎧を身にまとった大きな体躯の男と双剣の女だった。その顔は、セイジが知っている顔で……。
「『高橋と愉快な仲間達』?」
敵側の人間か、と一瞬は思ったものの、悪い奴ではなかったはずだと思い直し、じゃあギルドのクラッシュ捜索依頼を受けてくれたのか、と納得する。
セイジは隠れていた木の陰から、すっと姿を現した。
そして、あたかも今高橋たちに気付いたというように驚いた顔を作って手を上げた。
「よう、『高橋と愉快な仲間達』の半分じゃねえか。どうしたんだこんなところで」
現れた人物が知った顔だと気付いた高橋が、驚き半分の顔で「よう」と返してくる。
「どうしたんだよはこっちのセリフ。俺はちょっと人探しを頼まれてっていうかヘルプ要請。セイジは、ここらへんでシークレットダンジョンでも見つけたのか?」
「まあそんなところだ」
どうやらセイジがクラッシュ捜索にかかわったことは、ギルド上層部以外は知らないようだった。
セイジのあいまいな返答に、高橋は「そっか」と幅の広い肩を竦めた。
「一緒に入るやつ探してたのか? 行きてえところだけど、俺らはちょっと手が離せなくて」
悪いな、と目の前で手のひらを合わせる高橋に「気にすんな」と返し、今度はセイジが口を開いた。
「ところで、人探しってギルドから出された緊急依頼か?」
「ああ。セイジも掲示板見てきたのか? この森の入り口でいなくなった奴の捜索。俺、その人の店の常連なんだよな。あそこの薬ってすげえ効果あるし。それに、もしかしたら一緒に拉致られた奴が俺の親友かもしれないんだ。まあ盗賊とかそこら辺の奴らには負けねえくらいには強いと思うけど、ちょっと心配でさ。フレンドリストはちゃんと光ってるから無事ではいるんだろうけどな」
「そのフレンドリストってやつでは場所までは特定できないのか?」
「さすがにそれは無理だ。でもって、いくらチャットを飛ばしても返事が来ないんだ」
「チャット?」
「ああ、そうか。わからないか。ええと、どういえばいいんだ?」
「念話みたいなものだよ。フレンドリストに載ってる人とは、遠くにいてもその念話みたいなもので話が出来るの。普通は。ただ、向こうも特殊クエスト中な感じだから、連絡が取れなくて」
「念話なあ」
便利だな、とセイジは感心したように頷いた。
これからもっと奥の方まで探してみるんだ、という高橋に、セイジはまたな、と手を振って見送った。
「念話なぁ……遠距離、空間短縮、魔力探知、魔力特定、後はなんだ、声を届けるのは……思考、送達? 思考伝達の方か。魔力変換……」
高橋が見えなくなったところで、セイジはぶつぶつと何やら呟き、指で宙に魔法陣を描き始めた。
「魔力探知、魔力特定、空間短縮、思考魔力変換、魔力伝達、『クラッシュ』」
丁寧に描いた魔法陣が、淡く青い光を発する。
途端に、脳内に雑音のかかったような声が微かに聞こえてきた。
『……っては……だ……』
——クラッシュ! 聞こえるか! 俺だ、聞こえたら声に出さずに返事しろ!——
『……れ、……魔力が……った』
「クソ、半分成功で半分失敗か」
クラッシュの声は辛うじて拾えるものの、セイジの声は全く届いていないような声だった。
しかも雑音に紛れてとぎれとぎれの言葉しかわからない。
「地道に探せってことか?」
セイジは溜め息を吐いて、高橋が消えていった方に足を進めた。
そしてふと、思い出す。
「前に散策したときに、すっげえ好条件の山小屋を見つけたんだよなあ。確かそこに目印のために魔石をこっそり仕込んだはず……」
磁場が乱れていて、なかなかたどり着けない森林の奥の奥。背の高い樹に覆われていて、よほど近づかないと建物自体を視認できない。そして何より、目印の大木が近くにあるので、そこを覚えてしまえば今度はたどり着くのは簡単。ただしその大木のふもとには縄張りを持つ大型の魔物がいるので誰も近づかない。が、その魔物は縄張りさえ侵さなければ攻撃をしてこない。しかし、街道側から何も知らずに山小屋のほうに向かうと、確実にその魔物のテリトリーを侵してしまう、という好条件。
何者かが後ろ暗いことをするときに根城にするにはうってつけの、山小屋。
あまりにもその山小屋の存在が面白くて、印をつけてきたのだった。
誰が、何の目的で作ったのか、全くの不明。
しかし中にはしっかりと薪と毛布が備蓄されていたので、誰かしらが使う予定ではいたらしい。
「まさか、な……」
セイジは一度目を瞑り、そして、転移の魔法陣を描き始めた。




