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11、エミリのお願い


 セイジは、何事もなくトレの街に戻ってきていた。

 あまりにも一杯になったカバンの中を整理したかったのもあるし、しばらく離れていたから少しだけクラッシュのことも気になったという理由だ。

 この気になる、というが厄介で、行ってみるとなんてことないことがあるだけだったりするのだが、それを無視すると取り返しのつかないことになったりということがしばしば起こり得る。

 エミリはこの第六感というべき感覚をかなり重要視していて、何かがありそうなときは必ずどんな些細なことでも人手を割いて、物事を最小限に抑えていた。

 セイジはその手腕を見ていたが、自分にはそんなことは出来ないと自覚している。しかし、やはりこの些細な胸騒ぎというかざわざわする感覚があるときは、何かがあると構えて行動していた。


 クラッシュの店の前に着くと、珍しく店には「閉店」の札がかかっていた。

 あれ、と首を捻る。

 ここは年中無休だったはずだ。

 ドアに手を掛けると、施錠されていたので、眉を寄せながらカバンから前に貰っていた鍵を取り出す。

 鍵を開け、ドアを開けると、店の中では商品が散乱し、まるで物取りが入ったような惨状になっていた。


「何だ……こりゃ……」


 店内はシーンとしていて、クラッシュがどこかにいる様子はない。

 一通り奥まで入ってクラッシュを探したが、どこにも姿はなく、店に戻ってきたセイジは、盛大に舌打ちした。


 店を出て、鍵で施錠し、施錠の魔法陣で上書きして、足早に大通りに出る。

 セイジはそのまま冒険者ギルドを目指した。

 こんなことになっているのに、エミリが気付いてないはずがないからだ。


 大勢の人々が行き交う大通りを人波を縫って進み、ほどなく冒険者ギルドの建物の前に着く。

 そのまま開け放たれた入り口を入り、まっすぐ奥の受付まで進んだ。


「よう、今日はエミリはいるか?」


 勝手知ったる受付嬢にそう声を掛けると、受付嬢は「そちらからどうぞ」と階段に続く扉を指示した。


「サンキュ。入らせてもらうぜ」


 早速そこからエミリの部屋に行くと、適当にゴンゴンとノックした。


「どうぞ」


 中からエミリの冷静な声が聞こえてきて、あれ、と思いながら部屋に入ると、おとなしく机に座ったエミリが顔も上げず書類と格闘していた。

 セイジとしては、半狂乱になったエミリを想像していたのだが。

 まだあの店の惨状に、気付いていないとしたら。

 そう思ってセイジはごくりと唾を飲み込んだ。


「いいところに来てくれたわ」


 そんなセイジの思いとは裏腹に、ちらりと上げたエミリの眼光は、戦闘中であるかのように鋭かった。その視線で、クラッシュの店の惨状をエミリが知っていることがわかる。


「こんなことあなたに頼むのは間違ってるのはわかってるの」

 

 手をひたすら動かし、何かの書類を次々書いては重ねていくエミリの声は、真剣そのものだった。


「あなたにはやらなきゃいけないことがあるのはわかってる。でも」


 エミリにこんな風に言われたことを、セイジは今まで一度もなかった。

 

「わかった。言えよ。やってやる」


 内容も訊かずに、セイジは了承した。その言葉にエミリはハッと顔を上げた。

 一度ぎゅっと歯を食いしばり、眉を寄せる。その表情はまるで、泣くのをこらえているかのようだった。事実、そうなのだろう。


「あの子を、探して」




 

 クラッシュは数日前、ギルドから指名依頼を受け、纏まった納品のために取引のある薬師とともにセッテの街に向かった。

 セッテの街とは、セイジがいた砂漠都市よりさらに先にある街だ。砂漠を越えると道が二手に分かれ、片方がセィの街、もう片方がセッテの街に通じている。

 荷馬車には普通の荷引き馬ではなく、クイックホースと言われるとても足の速い大型の馬をギルドが貸し出すということで、片道数日の日程でセッテに着く予定だった。

 

 到着予定の今日、荷物到着の連絡はセッテの街のギルドからはなく、代わりに、荒らされた店と一枚の紙がエミリのもとに届けられたという。


『ギルドを封鎖しろ』


 その一言だけが、殴り書きのようにされている紙には、血糊のような赤黒いシミが付いていた。


「その血はクラッシュのじゃないわ。確認したもの。でも、セッテには着いてないっていうのよ。今セッテとトレから捜索してもらうための書類を書いてるんだけどあの国王、どれだけ手間かけさせるのよ、この騎士団要請の手続き。こんなもの書いてる間に、クラッシュに何かあったら私この街更地にしちゃうかも」

「まあ確かに、あの国王は騎士団動かさないかもな。自分の身を守るのに必死だから」


 この件だけじゃなく、どんな騒ぎに関しても、エミリは自身で動くことは出来ない。そう誓約させられたからだ。

 

 エミリは、魔王討伐の旅から帰ってきたとき、城で従事することを是とせず、これからの世を立て直したいと冒険者ギルドを設立したいと王に申し出た。

 王はエミリの力を恐れていて、だからこそ城に置けば各所への牽制になると踏んでいたので、なかなか頭を縦に振らなかったのだが、いくつかの条件をエミリに出すことで、冒険者ギルドの資金を討伐褒賞とした。

 その条件の一つが、いかなる場合でも本来の力を使ってはならないというもの。

 エミリはエルフというだけあって、内包魔力が驚くほど高い。ゆえに高位魔法しか使えないので、一度その魔法を使ってしまうと、冗談ではなく街一つが更地になってしまうのだ。

 その条件は、契約の石というものを使って行われ、契約内容をたがえることをすると、即座にその石が黒ずみ、契約したものの身体を呪縛が蝕んでいくと言われている。

 そして、どのような理由があろうとも、契約の石が黒ずんだ場合、エミリの城内拘留とギルドの取り潰しが待っているだけだった。


 自分で動けないのなら国王を動かしてしまえ、とばかりに書類と格闘しているのだが、それが上に渡り許可が下り、軍が出てくるまでのタイムロスはとてつもなく痛かった。


「こうでもしないと、自分の可愛い息子すら助けられない母親なんて、ほんと母親失格よね」


 手の動きを止めず、エミリは溜め息を吐いた。


「世の中には自分の子供を売って生計を立てる親もいるんだ。エミリはいい母親だろ」

「でも、あの人に顔向けできないわ」

「あいつが生きてたら、即乗り込んでいきそうだからな」

「私が乗り込みたいわよ。でも、出来ない。だから、ルーチェ、お願い」


 下唇を噛むエミリに、セイジはふっと笑った。


「セイジ、だろ。お前の代わりに俺が乗り込んできてやるよ。街一つ消し炭がご所望か?」

「それはダメよ。ただ、騎士団が動かなかった場合は国王の消し炭一つ所望するわ」

「あはは、一応アルフォードの義理の父親だぜ。いいのかよ」

「アルフォードもジャスミンも手を叩いて喜ぶんじゃない」

「違いない」




 エミリのところを移動すると、セイジはもう一度クラッシュの店に向かった。

 そっと中に入り、惨状を見回して、顔を顰める。


「結構取られてんな。薬類はなし、か。素材とか道具は持ってかれなかったのか。……厄介だな」

 

 クラッシュの店に置いてある薬は、セイジが作った物も含め、ギルドや他の店に置いてあるものより数段威力が高いので、他には置くことの出来ない代物ばかりだ。

 かなり大量に入荷していたポーション類があらかたなくなったところを見ると、どこかの賊か何かの集団が本格的に動き出しているのかもしれない。

 

 セイジは転移の魔法陣を描き、とりあえずは話で聞いたセッテの街のギルド長の部屋に飛んだ。



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