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10、思わぬ再会


 目が覚めたのは昼過ぎ。

 十分に休まったとは言えない身体を無理やり起こし、セイジはベッドの上でう~んと伸びをした。

 旅装束のまま、砂だらけの姿で寝てしまったことが悔やまれる。

 せっかくの久しぶりのベッドも、今はとてももう一度転がりたいとは思えないくらいざらざらした手触りをしていた。

 砂を風で飛ばそうと指を動かし、途中で止める。


「ええと、詠唱魔法のほうは何だっけな」


 前に本で読んだ魔法を思い出しながら、声に魔力が乗るよう喉に魔力を集める。


「細やかなる風の聖霊よ、そよぎ舞い吹き上がれ。ウィンドストーム」


 唱えた瞬間、ベッドの上に小さな竜巻がいくつも出来、砂をその身に巻いて去っていく。

 小さな嵐が過ぎ去ったベッドの上には、砂一つなくなっていた。その代り、シーツも毛布も相応に見る影もないことになっており、制御の甘さに肩が落ちた。


「魔法陣ならもっと無意識に使えるから言葉がまだるっこしいな。これじゃ戦闘で使うのは無理だな」


 壁に掛けていたローブを手に取り、セイジは砂だらけの床をあえて見ないようにして、部屋を後にした。

 朝にしっかり食べたせいか、腹は減っていない。

 セイジはそのまま宿屋を出て、門まで向かった。


「さてっと。今日はどこに向かうかね……」


 門前で砂漠を見渡しながら、腕を組んで立ち止まっているセイジに、門番が「よう」と声を掛けた。


「今度はカワイ子ちゃんは連れてないのか?」

「あれはたまたまだ。つうか仕事しろよ」


 腕を組んで突っ立ったままのセイジの横に、門番も同じように立ちながら、はっはっはと軽快に笑う。


「してるさ。怪しい奴を見張っている」

「怪しい奴って」

「セイジに決まってるだろ」

「俺かよ」


 漫才のような門番との会話にちっと舌打ちすると、セイジは風に靡いて頭からズレたローブのフードを手で直した。

 

「んじゃ、まあしっかり見張りしろよ」

「ちょっと待ちやがれ!」


 セイジが門番に手を上げて砂漠に足を踏み出した瞬間、門の中のほうから声が飛んできた。

 なんだ、と後ろを振り返ると、そこには昨日の夜に砂漠で会った男の二人組が立っていた。


「てめえ調子に乗ってんじゃねえぞ!」

「NPCの分際で俺たちに逆らいやがって! てめえは黙ってシークレットダンジョンに俺らを連れて行けばいいんだよ!」


 怒鳴りながら、どんどんとセイジに近づいてくる人族と獣人の二人組の異邦人に、セイジと門番は冷めた目を向けた。


「なあ門番、これって侮辱罪であいつら殺ってもいいんだよな……?」

「門の外のことは俺の専門外なんだ。報告の義務もない」


 目を光らせるセイジに、門番が片目を瞑る。セイジもそれに口元だけで答えて、砂漠のほうに向かって足を進めた。

 足を進めながら、ローブの中に隠した指で、小さく風の魔法陣を紡ぐ。


 向かってきた獣人の男が門を抜けてセイジのほうに向かってきた瞬間、セイジが指をそっちに向けた。


「ぐはぁっ!」


 獣人の巨体が宙を飛ぶ。

 鳩尾に、セイジの放った空気の塊が撃ち込まれたのだ。

 いまだ門のところにいた人族の男の前に獣人の身体が吹き飛んで来るまで、人族の男には何が起きたのか理解できなかった。

 

 獣人の男が倒れたのは、ギリギリ門の外。

 門番は注意もせずただ見ているだけだった。


 辺りには結構な人通りがある。

 こんなところでこんな風にからんでくる男に、セイジはうんざりしていた。よくあることだからだ。


「これか、この見た目のせいか……」


 自身の容姿が未成年にも近い若造の姿なのは自覚している。

 しかも見た目、全然強そうじゃないのもまた、自覚している。

 

「こればっかりはどうにもならないしな……」


 溜め息を吐いて、睨みつけながら立ち上がる獣人に冷めた視線を向けていると、ようやく人族の男が「てめぇ……!」と動き出した。

 砂の上だということを感じさせない動きに、セイジは少しだけ「案外鍛えてるのな」と感心する。

 そして魔法陣を描きながら人族と人狼の両方を視界に収めた。

 でも少しは戦略とか立てろよ、と呆れながら、直線で迫る男に指を向けた。

 指先に小さな魔法陣が現れ、そこから火球が飛び出す。

 まっすぐこっちに向かってくる敵に攻撃を加えるなど、目を瞑っていても出来る。

「うわっ!」という大げさな声を出して、ギリギリで火球避けた男に、もう一発火球を飛ばした。その火球は見事に男にぶつかり、体全体に火の手が回る。


「ぎゃあぁあああ!」


 男が絶叫する中、セイジは冷めた目でそれを見つめ、もう一度指を動かした。

 手元の魔法陣が光った瞬間、今度は火だるまの男の上から大量に水が降ってくる。

 水の重さで地面に縫い付けられた男は、体の火は消えたものの、水たまりの中、立ち上がることが出来なかった。

 慌てて人狼が男にポーションを掛けて、ようやく男が立ち上がった。

 

「てめえ……っ!」

「懲りねえなあ」


 遠吠えをしてまたしても向かってきた男に、セイジがため息を吐く。

 もう一度、と指を動かし始めたところで、セイジは動きを止めた。


「どうした、揉め事か?」


 門を出てきた一つのパーティが、濡れた地面と男二人とセイジの上へ視線を巡らせ、眉間に皺を刻んだ。


「セイジ、どうしたんだ一体」

「よう、ガンツ。いや、そいつが絡んで来たから教育的指導をちょっとしただけだぜ」


 そうか、と真顔で返すガンツ率いる『白金の獅子』一同は、へえ、ふーん、とぼろぼろになった二人の異邦人を面白そうに眺めた。

 足を進めて近寄ってこようとする『白金の獅子』に、セイジは「あのさ」と少し離れた場所から動くこともせず、声を掛けた。


「そこ、早く逃げたほうがいいと思うけど」

「は? なんでだ?」

「俺がそこに盛大に水魔法を放ったから」


 セイジがそう言い終わるか終わらないかのうちに、ゴゴゴゴと地響きがしてきた。

 門番は門の中に一歩だけ踏み込み、ただやり取りを見ている。

 

「あああヤバいこれ……!」


 ドレインが慌ててユーリナの手を引いて門をくぐり、避難する。月都も一人門の中に戻り、ガンツだけは砂漠に立ったまま、何が起きたかわかっていない男二人を睥睨していた。

 

 だんだんと地鳴りが激しくなり、何かの気配が濃厚になった瞬間、ガンツが身動き取れないでいた二人を槍で門の中に弾き飛ばし、自身もそのまま後ろに飛んだ。

 次の瞬間、バガァッ! と地面が割れ、大きな穴がそこに開いた。

 門の中に避難した人々が、息を呑む。

 

 

 穴の中には細かい尖った歯が並び、もし落ちたら確実に命が消えることだけはわかる。

 濡れた砂はもちろん、周りの砂まで吸い尽くす勢いで、砂がその穴に取り込まれていく。

 しばらく砂の吸引は続き、たくさんの砂を一飲みにし満足したらしいそれは、地鳴りとともにもごもごと口を閉じると、またも砂の中に消えていった。


「相変わらずすっげえ迫力だなあ」


 セイジが呑気に消えた地面を見ながらそんなことを言う。

 門番も、ただ何も言わずただ見守っている。

 ガンツは、驚いた表情を改めると、もう一度セイジに近付いた。


「どうしてこんなことになっているんだ?」


 震えている二人の男の方を顎でしゃくりながら責めるような口調でもなく訊いてくるガンツに、セイジは口元をニヤリとさせたまま、何も言わない。


「ふ……っ、ふざけんな! てめえ、アレに俺を喰わせるつもりだったのかよ?!」


 ぼろぼろの男が、怒り心頭といった口調で怒鳴るのにもまた、ニヤリと口元を歪めたまま何も言わなかった。

 怒鳴り散らす男の横で、「くそこのNPC風情が……!」と人狼が呟くのを聞いたドレインは、なるほどと思ってガンツに手を振った。


「ガンツ――。こいつらNGワードを言ってセイジを怒らせただけだから、セイジたぶん何も悪いことしてないよ――」

「あんなのに俺を喰わそうとした奴が悪くないって、てめえ何言ってやがんだよ⁉」


 ドレインの言葉に目を見開いた男が、今度はドレインに突っかかっていく。


「えーだって、君あの人を馬鹿にしたんでしょ。人としてみてなかったんでしょ。じゃあやられて当たり前だよ。同じことされただけだから。セイジに君たち人として扱われてないだけだよ。ね、同じでしょ。この先ずっと人として扱われることはないからさ、もう諦めなよ」

「このくそ野郎が……!」


 ドレインの言葉に激高した男が、剣を抜きドレインに切りかかろうとしたまさにその瞬間、いきなり力強い手が男の動きを止めた。


「この都市の中で剣を抜いて私闘をすることは禁じられている。速やかにしまえ」


 とても冷ややかな声で、今までは見ているだけだった門番が男を捕まえていた。


「は?! 今まで見てただけだったのに何今更出てきてるんだよ! 仕事しろよNPCがぁっ?!」


 言い終わる前に、門番によって地面に縫い付けられた男は、門番の警笛によって出てきた衛兵に即座に引き渡されていった。人狼も一緒になって連行されていく。

 あまりにもあっけないその様子を見て、ガンツは感心したように頷いた。


「さすがセイジだ。綺麗に終わったな」

「なんだよそれ。俺が悪者みてえじゃねえか」


 しきりに感心するガンツに、セイジは思わず笑いがこみ上げてきた。普通だったら責められてもおかしくないような状況で、こんな返しをしてくるガンツを、セイジが改めてしげしげと見る。

 すでに水たまりだったどろどろの砂は、砂漠の魔物の腹の中に入ってしまって、乾いた砂が風に舞っているのみの景色に、元の立ち位置に戻った門番が、今までの騒ぎが収まったことを物語っていた。

 門の中では、ドレインとユーリナが手を振って、月都が腕を組んでいる。


「なんか、前より頼もしくなったんじゃねえの、おたくの仲間」


 楽しそうに笑いながら、セイジが呟く。

 それが耳に入ったガンツも、微笑した。


「そう言ってもらえると、頑張ってレベルを上げたかいがあるってものだな。またすごいダンジョンがあったら是非誘ってくれ。クリアオーブを集めるのを手伝いたい」

「そりゃ嬉しいねえ。まあ、近くにあんたらがいたらな」


 ガンツの言葉をまぜっかえしたセイジは、そうだ、と思い出したように手を打った。


「あのさ、前に約束したよな。ちょっと飯、奢ってくれねえ?」


 さっきのくだらないやり取りで、腹減ったんだよ、と顔の前で手を合わせたセイジに、ガンツは耐えられなくなったように声を出して笑った。



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