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1、また外れだよ


「あああくそ! ここも外れだ……」


 ダンジョン最奥、キラキラと消えてゆく魔物を前に、男は両手をついてがっくりと項垂れた。目の前には丸いオーブ。ヒカリゴケの仄かな明かりに照らされ、ほの暗いダンジョンの中で、ぼんやりと光るそれは、魔力を帯びた他では手に入れることのできない宝である。

 

「なあ、セイジ。ボス倒したんだからさ、元気出せよ……」

「……」


 後ろに控えていた大柄の男が、困ったような顔で、セイジと呼ばれた項垂れる男の肩に手を置いた。そして、セイジの横に落ちていたオーブをそっと拾い、目を見開いた。


「は、外れじゃねえ……なあこれ、飛翔が入ってる!」

「マジかよ!」


 頽れたままのセイジをよそに、後ろでは一緒に魔物を倒したパーティーが興奮している。


 この世界では、魔法は初めから身についているもの以外は、魔導書を買って読み解き、それを鍛錬することで覚えていく。

 しかしそれでもその人の魔力値を上回るものを覚えることはできずその場合は魔導書を読み解くことすら出来ない。

 それを覆すことができるのが、このオーブと呼ばれる宝玉である。

 これを使用すると、鍛錬することなく魔法を覚えることが出来、魔力値が低くとも、その上限に合わせて規模を縮小したものが身につくと言われている。

 しかし、オーブは存在そのものが神話とされており、それを手に入れたものは一生生きるに困らないほどの富を手に入れることが出来る、と言われている。現在世に存在するオーブは、王家の持ち物として、国宝級の扱いを受けていた。

 それを、この男は。


「グリーンオーブかよ……そうだよな、最初からわかってた。ここのダンジョンはそれほど強いのいなかったし……はぁ~……」


 喜ぶ他の面々とは対照的に、セイジは溜め息を吐きながら立ち上がった。


「もうここも用済みだ。ほら、皆俺に掴まれよ。帰るぞ」


 そう言って腕を差し出すセイジに、勝鬨を上げていた4人が掴まる。

 

 屈強そうな大剣を持った男、笑うと片頬にえくぼの出来るローブをまとった女、細身で器用そうな指の男、腰に二振りの剣を刺した女。

 セイジはぐるりと腕に掴まった面々を見回すと、空いている手の指で、宙に素早く何かを描き始めた。描き上げた瞬間、皆を淡い光が包み込む。魔法が発動したのだ。


 一瞬後には、暗い洞窟の奥ではなく、地上に降り立っていた。


「なあセイジ、このオーブ」

「もってけもってけ。手伝ってもらったお礼だ。ありがとな、『高橋と愉快な仲間たち』」


 惜しげもなく国宝級のオーブを大男に渡すと、セイジは力なく笑い、じゃあなとそのパーティーから離れた。

 一時的に組んでもらったパーティーだった。

 本来ならセイジは単独で行動している。

 しかし、なぜか見つけるダンジョンは単独では踏破するどころか入ることすら出来ず、誰かしらに助力を乞わなければいけなかった。

 そして、追い求める宝以外は手に入れようとせず、手伝ってくれたパーティーにすべてためらいなく渡すため、


「せめて今日の祝いに飯でも行こうぜ、奢るから」


 その声に、セイジが即座に踵を返し、元の位置に戻っていく。


 そう、彼は、いつでも金欠だった。




『高橋と愉快な仲間たち』の面々に奢ってもらった飯は美味かった。

 低空していた気分も浮上し、セイジは気分よく、根城にしている街の雑貨屋に帰っていった。


「よう、クラッシュ。今帰った」

「セイジさん、そんな仕事に行って帰ってきた旦那みたいな言葉で入ってこないでくださいよ」


 いやな顔をして出迎えたのは、金髪碧眼、そして耳が少しだけとがっている、ハーフエルフのクラッシュだ。

 住処も金もなくいつもふらふらしているセイジを見かねて自分の家に誘ったことが始まりで、それからセイジはこの雑貨屋に居ついていた。

 クラッシュの小言をスルーしながら、セイジが店の奥の住居部分に入っていく。


「土産はあるからさ」

「まったく……」


 クラッシュは一度溜め息を吐くと、店の外に出ていった。

 もう店じまいの時間である。

 扉に『CLOSE』の札を立てると、そっと閉め、カギを掛けた。

 そして、指先で小さな魔法陣を描き、誰かが侵入してきたら撃退する魔法を掛ける。


 クラッシュが部屋に入ると、セイジはすでにテーブルの上に荷物をひっくり返しているところだった。

 魔物の核ともいえる、魔石。

 ダンジョン奥で手に入る鉱石類。

 魔物の素材。

 すべてがごちゃごちゃに積み上げられていく。


「あー! だからいっつも俺が来るまで荷物を解かないでくださいって言ってるじゃないですか! ご飯食べるテーブルが、魔物臭くなる……」


 半泣きで訴えるクラッシュを尻目に、セイジは持っていたバッグをひっくり返して中を確認している。


「今日はあんまり実りがなかったなあ。しかもグリーンオーブだったし。わり、少なかったな」

「少ないとかそんなんじゃなくて……はぁ、もういいです。セイジさんには何回言っても聞いてもらえないのはわかってますから」


 クラッシュは力なくそう呟くと、テーブルの上を片付け始めた。


「それにいつも言ってるじゃないですか。全部入れたらあなたのお金が無くなるでしょ。どれか少しをお土産にくれればそれでいいんですよ。半分は返却します」

「遠慮すんなって。クラッシュは大事なエミリの息子だ。今、エミリはこっちをかまってられないんだろ? 俺が責任もってクラッシュの保護者してやるからさ。これくらいあれば生活出来るだろ。余ったらちゃんと小遣いにしとけよ」

「小遣いって……セイジさん、俺、すでに去年成人してるんですから。それに母もちゃんと連絡をくれますし。お店だって軌道に乗ってますし。だからそこまで気にすることないんですよ」


 返却と言って抱えたものを受け取ってもらえず、両手に山を作りながら、クラッシュは苦笑した。

 セイジはクラッシュの母が冒険者として活動していた時のパーティーメンバーだったと噂を耳にしたことがあるが、セイジと母からははっきりとした答えを聞いたことがなかった。

 クラッシュの母は昔魔王討伐最前線のパーティーメンバーとして活躍していたという。それも15年も前の話だった。それにしてはセイジの見かけはいまだ青年に差し掛かった少年、という見た目だったし、セイジのジョブはダンジョン捜索者サーチャーだったはずだ。

 魔王討伐パーティーの中に、そんなジョブの冒険者はいなかったはずだ。


 15年前、この世界には、魔王という脅威が存在した。

 魔族を配下に、この世界の大陸の半分を占めるという陰の土地を根城にして、魔族以外の者たちを排除しようと動いていた。

 当時頭角を現していた勇者、賢者、魔導士、魔剣士の4人のパーティーが、激闘の末、魔王を屠り、世を平和に導いた。

 勇者は第3王女を娶り、どこかで幸せに暮らしており、賢者と魔導士はともにその戦いで命を落とし、魔剣士であるクラッシュの母は、いまだ消えない魔物にそれぞれの種族が命を脅かされないようにと、冒険者ギルドを創設した。そしてそれ以後は本格的なパーティーを組んでの討伐はしてないはずだ。

 

 そして数年前にいきなりどこかから現れた異邦人がたくさん登録をしたらしく、創立当初は閑散としていたギルドは、今は人手を雇わないとやっていけないほど賑わっていて、さらに母は忙しくてパーティーなど組める状態じゃなかったはずだ。

 

 セイジがどこで母と知り合ったのかはわからない。

 しかし、クラッシュのことをわが子のように気にかけてくれるセイジは、いつ来るかわからない上にフラッと寄ってはまたどこかへ行ってしまうのに、クラッシュにとって、煩わしいという感情は全く浮かばなかった。ともすれば、自分がセイジの保護者な気分でいるクラッシュだった。


「あ、俺今日一緒に潜ったやつらに飯奢ってもらったから、夜飯は大丈夫」

「ハイハイ。わかりました。じゃあ、身体を洗って休んでくださいね」

「おう。デキる子で嬉しいねえ。んじゃ、お休み」

「お休みなさい」


 自分の部屋に消えていくセイジの背中を見送りながら、今回も目に見える傷はなかったと、クラッシュはほっとしながら台所に向かうのだった。



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