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餌の印

少女が目を覚ますと、二人は自己紹介を済ませた。少女の名は紫苑(しおん)男の名は天地丸(てんちまる)。今は山の麓にある紫苑の村へ向かっていた。


この世界は村や街がすぐ近くに集中して点在している。人が多ければそれだけ鬼に喰われる心配が減るからだ。そして、鬼の恐怖から旅人は少ない。


現に紫苑は山に山菜や薬草を採りに行く以外で外に出たことはない。

(この鬼気、それに微かに香る血の匂いと死臭。まさか紫苑の村!!)

「どうしたの?天地丸さん、きゃっ、ちょっ天地丸さん?」

紫苑をいきなり担ぐ様に抱き上げると天地丸すごい勢いで駆け出した。

「ねぇ、天地丸さん」

答えない、ただその表情が余計に紫苑を心配させる。

(なに、胸が痛い。何なのこれ、嫌な感じが・・・お父さん、お母さん・・・皆)


村が見え初めると強くなる鬼気と血の匂い。村に着きすぐに目についたのは赤、美しく鮮やかな鬼を()き付ける血の色。

「ぃ、いやぁぁぁぁぁぁ、お父さん、お母さん。ねぇ、誰か返事してよ、誰か・・・・・・お願い、独りにしないで、お父さん、お母さん」

紫苑は天地丸の腕を振りほどき走る。制止の声も聞かず家へ、自分の家へ。

「大丈夫、きっと帰ったら『お帰り』って言ってくれる」

ただ家だけを目指し走る。そのお陰で気づかずに済んだ。周りの赤黒い血に壊れた家に、何より鬼共の食べ残した肉片に。

壁の板が壊された小さな家、イヤな音が紫苑の耳に届く。何かを噛み砕く音、啜る音。

「お父さん、お母さん」

「グ、グブブブ、まだ餌が残っていたか」

その声は人間ではなく鬼。

「そんな」

家の内から出てくる異形の鬼。

「紫苑、見るな!!」

天地丸の声も届かず紫苑は見てしまった。太く長い腕に抱かれた引き裂かれた女の身体、そして顔を喰っている口。母親の顔が歪み眼球が飛び出す。脳漿(のうしょう)が鬼の口から流れ出る。

その背後から左腕を失った男が出てくる。

「お父、さん」

「に、逃げ、ろ。ゴブっガっ・・・しおん、にげろ!」

「人間の分際で、まだ生きていたか。そうだ、娘の前で喰ってやろうか、それとも父親の前で娘を犯して子を孕ますか。父娘に選らばせてやろう」

風が鳴った。風が刃と化し鬼の腕を切り落とす。

「誰」

最後まで言うより先に鬼の首をはねた。

天地丸と男の視線が交わる。

「し、紫苑を、おねが、いしま・・・す」

そのまま動かなくなる。

紫苑は言葉もなくただ声をあげて泣いた。

その声と餌の匂いに6匹の雑鬼が現れた。天地丸は一度紫苑と父親に視線を向けた。

(その願いと想い確かにきいた)


「ウマソウナ餌だ」

「柔らかそうな肉だ」

「ギャッギャッギャ」


「黙れ!」

その威圧に鬼が静かになる。

「風刃」


天地丸の手刀が横に振るわれると、風の刃が全ての雑鬼の首をはねた。


「紫苑」

「どうして、お父さんとお母さんが・・・」

そして、何かが周囲を包む、否、つながっているはずの道が切られた。

「道切りの法か、あと何匹いやがる」


道切りの法ー現世(うつしよ)に続く道を切り、人間を閉じ込め、ゆっくりと喰う鬼の術式。


「紫苑、紫苑」

反応はない。精神(こころ)が死ぬ寸前、一歩間違えば鬼に捕まる状態。

「紫苑、哀しいのは分かる。が、両親が何を望むか考えろ。鬼に喰われる事か、逃げる事か、それともいつか幸せになって笑顔で過ごすことか」

「・・・もういい。どうしたって鬼からは逃げられないもの、なら私も」

ついに鬼が現れた。雑鬼とは違う、力を持つ鬼の種としての名を持つ鬼。

牛頭鬼(こずき)馬頭鬼(めずき)か」

総数23匹の鬼。

「天地丸さんは逃げて、こんなに沢山いるもの無理よ。・・・私もそばに逝くから、お父さん、お母さん」

「いい加減にしろ!自分を残して逝ってしまった人達の願いを想いを無駄にするな。」


『そうよ紫苑、私達はあなたに生きて欲しいの』

『そうだ紫苑、生きてくれ。そしていつの日か幸せな笑顔と共に会いに来ておくれ。紫苑を支え愛してくれる人と』

はっきりと聴こえる両親の声。死してなお全てを越えて伝わる想い。

「お父さん、お母さん」

『守ってくれ』『守ってあげて』

「承知した。だからどうか安らかに」

「天地丸さん、私、私」

「泣いてもいい。哀しくて当たり前なんだ、でも聴こえたなら決して諦めるな」

「うん、でも」

心配するなと微笑むと天地丸は太刀を鞘走らせる。

「無双乱舞」


光、銀の光の筋が幾重にも連なる。


天地丸の動きが止まると同時に鬼が全て塵と消える。

「・・・・・・う・・・そ」

紫苑も聞いたことはある。符術を使い鬼を討つ人達の話しを、だがこれ程の鬼を切る者の話しは聞いた事がない。

「天地丸さんって何もの?!」

突然、天地丸が紫苑の足元に太刀を突き立てる。

「よくも邪魔を」

現れたのは巨大な蜘蛛の身体に異常に小さい顔には八つの目を持つ鬼。

「土蜘蛛か」

腕が伸び鞭の様にあらゆる方向から襲う。がそれを切ろうとした瞬間曲がるはずのない方向に曲がり、紫苑の身体に巻き付き縛り付けた。

「動けばこの娘の命はないぞ」

天地丸は無言のまま、左足を前に右足を下げやや半身になると、腰を沈め突きの構えを取る。が動かない。

「いいぞ。グギャギャギャギャ」

「その笑いを止めろ」

「クク、威勢があるのはいいが気をつけろ。たかが人間(エサ)の分際で」

が、ふいに土蜘蛛の動きが止まる。

「な、んだ、この感じは」


自然と後退しそうになる。天地丸から感じるそれは鬼が感じるべきものではない感情。本来、鬼が喰う感情。そう、土蜘蛛は恐怖していた。


「きさ、ま。動くと殺すぞ」

「試してみろよ。お前が速いか俺が速いか」

「な、何者だ」

「知っているはずだ。お前の内に流れる血がな」

「まさか、貴様は」

閃突(せんとつ)


土蜘蛛より(はや)く天地丸の太刀は眉間を貫いていた。


「・・・・・・終わった、の?」

道切りの法は消えていたが、まだ終わっていない。これ程までに鬼気が充満していながら、はっきり伝わる存在感。だからこそ、天地丸は気づかなかった。細身の美しい少年が、見る者を惹き付ける美貌の少年が紫苑の側に現れたのを、そして気づいた時には遅かった。少年の手の甲にある角が紫苑の背中をそっと撫でる。

誘鬼(いざおに)が」

「動くな」

天地丸の行動を見透かした様な言葉。

そのまま、回転肘打も避けられる。が、予想していたのか天地丸が駆ける。

「もう遅い。印はつばはつけられた」

鬼の餌の印はつけられたが、つけた鬼を殺せば印は消える。

しかし、いつの間にか誘鬼は男に抱えられ移動していた。人の姿の男。角は見あたらないがその身に纏いしは鬼気。

「誘鬼、今は退け」

「わかり申した。娘、貴様は儂のものだ。覚えておけ、そして恐怖し、たのしませてくれ」

そして、何処かえへ消える。

追うことすら出来ない。

「どうした?来ないのか」

「何者だ」

紫苑は男と目が合った。鬼の瞳。絶対的な恐怖。

これこそが、鬼そのもの。


鬼ー遥か古より人間の天敵たるもの。人間の血肉ばかりか、精神を心を想いを喰うものー


「気づかぬか、三十年ぶりに出れたというに、俺を知らぬとは。人間の、いや生あるもの全ての天敵の俺を」

「!!封が、封が解け鬼界の門が鬼門が開いたのか」

今より三十年前、現世に蠢く全ての鬼は、鬼界へと追いやり封じられた。

「紫苑、下がってろ」

「本気を出さないか小僧。そのままで俺に勝つ気か?」

天地丸の斬撃は簡単に避けられた。

「・・・なるほど、今日は気分が良い、見逃してやろう。せいぜい鬼に喰われぬ様にすることだな、そして守ってみせろ鬼に印をつばをつけられた娘を」

悠然と去ろうとするも、鬼は立ち止まり天地丸を見つめる。

「・・・名を訊いておこう小僧。三十年ぶりに会った『黙れ』」

鬼の言葉の最後は天地丸の叫びにかき消された。

「なるほど。まあいい、もう一度訊くぞ名は」

「・・・天地丸」

「くく、天地丸か。天地の名を冠するとはな。なら俺の名も覚えておけ、この夜鬼(やき)の名も」

「な、夜・・・鬼だと」

(純血の鬼の片腕と同じ名、まさかこんな場所で双鬼士に会うとは)

「生きていればいずれ会うだろう。俺は鬼なのだからな」

そのまま消えていく。いや、いつの間にか陽が落ち、夜になった暗闇と同化した。

「天地丸、東にある村に行ってみるがいい。面白いものが見られるぞ」

その言葉を最後に完全に鬼気すら消えた。

ようやく天地丸の緊張が解け、再び紫苑は気を失った。


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