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23 「??????の歌」


愁「いやあすごかったね」


シュルツ「すごかったっていうか、あれただのナンパじゃない?」


愁「僕は悪い気がしなかったよ。たぶん会場のみんなもだろうね」


シュルツ「そうかなあ……。そうかなあ……?」


愁「実にたくさんの人を巻き込んで、光へと進んでゆくことのできる力。それがまさしく藤井ヒナさんのスター性であり、みんなが彼女のことを好きな理由なんだろうね」


シュルツ「怖いもの見たさじゃないの?」


愁「君は彼女に近すぎて、その本質を見誤っているのかもしれないよ」


シュルツ「ええ~~~? ないわ~~~~」


愁「ま、そう思うのも君の自由ということだろう。それよりも白組のトリをそろそろ発表したいと思うんだけど」


シュルツ「あ、そうだね。老婆心で言うけれど、この期に及んでショボいゲストだと、このまま紅組の優勝は間違いなしだと思うよ」


愁「ショボくはないけれど、受け入れてもらえるかどうかはまた別の話かな」


シュルツ「じゃあVTRにいくよ?」


愁「どうぞ」




 ** **




Q:あなたは誰のためにこの曲を作りましたか?


??????『……、そうだな、俺は愛する妻と娘のために、この曲を捧げよう』



Q:曲作りは難しかったですか?


??????『……難しかった。なにかを作るというのは、こんなにも難しいことなんだな。思い出せた気がするよ。ありがとう』



Q:……。


??????『……ん、どうかしたか?』



Q:いえ、それでは最後の曲に参りましょう。


??????『ああ、そうだな。征くとしよう』



Q:ありがとうございました。


??????『こちらこそ、また人の心を思い出させてくれて、ありがとう』




 ** **




 ひとりの男がステージにあがる。

 彼は赤黒い肌を持つ、普通の平凡な青年だった。


 浴衣にも似た白い衣を身にまとい、マイクを手にしている。

 空から落ちるスポットライトを浴びて、眩しそうに目を細めながら。


 彼はゆっくりと口を開いた。




 その口から紡がれる言葉は、感謝であった。


 妻への感謝。娘への感謝。部下たちへの感謝。

 彼はその想いを歌詞に載せて、歌を歌っていた。


 歌うことがいかに素晴らしいことであるかを、その身で示すかのように。

 ただ己に優しくあれと言い聞かせるように。



 ステージ前には多くの人々が立っていた。


 イサギ、プレハ、廉造、それに慶喜などなど。

 彼らは男が現れるとともに、慌てて控え室から飛び出してきたのだ。

 まさか。そんなバカな。嫌な予感が全身を貫く。


 だが、男は歌を歌っていた。


 一心不乱に、歌を歌っている。

 そこにもう邪気は、なにもない。無垢なる魂だ。


 白組のトリとして、ふさわしくあるように。

 男は音程を外しながらも、体を折り、熱唱する。


 まるでそれは生まれた意味を叫ぶ赤子のようだった。


 歌う男のそばに、ふわりと浅黒い肌をした銀髪の少女が舞い降りる。

 彼女もまたマイクを手に、歌を歌っていた。


 男に微笑む彼女は、嬉しそうに声を弾ませて、歌う。

 そこにはもう罪もなにもない。

 男と少女は手を取り合いながら歌った。



 花の鮮やかさを。風の爽やかさを。

 草の香りを。月の美しさを。


 星の輝きを。雪の白さを。

 土の温かさを。笑顔で歌った。



 それは特に意味などなにもない、特別さもなにもない歌だった。

 ただ当たり前のことを、当たり前に感受した歌。


 だがそれこそが尊いのだと、ステージを見つめる人々は知っていた。



 ひらひらと白い花びらが舞った。それはステージ上の演出だが、歌うふたりを美しく彩った。 


 ひたむきに歌う男は、その最後まで集中を切らさずに、マイクに想いを込めた。

 そこには間違いなく、愛があったのだろう。


 やがて最後のメロディが途切れ、歌が終わる。

 余韻だけがホールを包み込む中、さざ波のように拍手が生まれた。


 波は重なり合い、共鳴し合い、次々と大きさを増す。


 歌い終わった男は息を切らしながら、呆けた顔で正面を見つめていた。

 もうそこに少女の姿はない。最初から誰もいなかったかのように、男はひとりきりでステージに立っていた。


 だが彼だけはわかっていた。今の少女が決して幻ではなかったのだと。


 万感の拍手に包まれながら、男はゆっくりと目を閉じた。

 マイクを床に置くと、背を向けて歩き出す。


 彼は一度だけ振り返った。そして小さく頭を下げると、舞台裏へと消えていった。

 その後の彼を見た者はいない。


 あるいは男もまた、幻だったのだろうか。


 その真実はわからない。それでも――、今確かに会場を包み込んだあの歌は、人々の記憶に残ったのであった。





 TRN歌謡祭は、ただいまを持って、すべてのプログラムを終了した。



 ――最終結果の発表だ。



 

 愁より一言:いい歌だったね。


 シュルツより一言:え、なに? 怪奇現象?

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